6.仕事先で1
如月製作所は、閑静な住宅街の中にひっそりと佇む小さな会社である。
二階建ての建物で、一階は作業場、二階は事務所になっている。
古い歴史を持つ会社であるが、建物は数年前に改修されたため、白い壁の塗装は、まだ真新しさを保っていた。
竜一は二階事務所に居た。事務所には社員分の机が揃えられているが、今現在、事務所には竜一含め二人しかいない。
他の者は、一階の作業場で仕事をしているためだ。
竜一は、自分のデスクでパソコンの画面と睨み合いを続けている。
手元の資料を眺めながら、カタカタとデータを打ち込んでいく。
地味で単調な作業であるが、これが竜一のメイン業務の一つだ。
必死にデータ入力を続ける竜一の右横から、声が掛かる。
「なあ、竜一、最近どうなのよ?」
にやけた顔で竜一に声を掛けた者の名は、如月 司。
この如月製作所社長の長男であり、後継者候補。
年齢は十七歳。竜一より一つ学年が上の高校二年生。
頭は金髪。整った顔立ち。背も高く、異性から大層モテているそうだ。
竜一は、司の質問の意図が分からず、質問に質問で返した。
「どうって? 何がですか?」
「何って、決まってるだろ? 茜ちゃんのことだよ。どこまで行ったんだ?」
「どこまでって……別に何もないですよ」
竜一の回答を聞いて、司は大きなリアクションを取った。
盛大に溜息を吐いて、背もたれに大きくもたれかかる。
「おいおい、お前、何もしてないってマジか? あんな可愛い子は、そうそうお目にかかれるもんじゃねえぞ。早いとこやっちまえよ。あの子の気が変わらない内によー」
サラッとクズ発言をする司。
これがプレイボーイとして名を馳せる、如月 司の成せる業か。
竜一は、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる司の言葉を受け流し、軽くジャブを放つ。
「司さん、お喋りしてないで、手を動かしてください。働かないのであれば、学校へどうぞ」
「かぁー、辛辣だなー、竜一。へいへい、分かりましたよ」
竜一が放ったジャブは、思いのほか急所に突き刺さったようだ。
司はパソコンのモニターに視線を戻し、大人しく作業を再開した。
竜一はその様子を見てクスッと笑うが、同時に疑問が湧いた。
司は竜一とは違い、普通のその他大勢の高校生と同じく、朝から授業が開始される高校に通っている。
今日は平日。当然、授業がある。それなのに、司が今ここにいる理由。
つまり、司は学校をさぼっているということ。
司曰く、気が乗らない、とのこと。
その気持ちは竜一にも分かる。気が乗らないことなど日常茶飯事だ。
雨が降っただけで気が乗らないし、嫌なニュースを見ただけで何となく気分が暗くなり、何かを始めることがおっくうになる。
それでも竜一は働くし、勉強する。それは何故か。
それは、自分にはそれしか選択肢がないからだ。
働かなければ食えずに死ぬし、勉強しなければテストで赤点を取ってしまう。
逃げ道はない。それしか道がないのだ。
自分は働くことも勉強することも嫌いではないが、これが嫌いなことだったのなら、それはとても苦しいことだと思う。
嫌なことでも、毎日ソレをして生きなければならない。他に選択肢がないからだ。
だから、それはとても苦しいことだ。
だけど、隣に居る司は違う。
気が乗らないというだけで、学校をさぼっている。
それは、不真面目でもあると同時に、自信の表れだと竜一は思う。
自分は勉強などせずとも生きていける。学校など行かずとも問題ない、と。
その自信は、選択肢が多い証拠。
司は、竜一とは比べるべくもなく、他人よりも出来ることが多い。
不真面目だが頭も良いし、なんでも器用にこなす。
見た目もいいから、もしかしたらモデルや俳優の道もあるのかもしれない。
司には沢山の未来が広がっている。
それは、平凡な竜一からすれば、眩しくて、とても羨ましいものだ。
そこで竜一の疑問。そんな前途有望な司と不思議と馬が合うのは、何故なのだろう。
竜一にとって司は、兄貴的な存在でもあるし、悪友でもあるし、親友でもある。
友達の少ない竜一にとっては、とても貴重でありがたい存在。
それに、口に出すことはしないが尊敬だってしている。
少し考えたが、結局答えは得られず、竜一は作業に集中することにした。
しばらくパソコンのキーを打ち込んでいると、画面左下で赤いライトが点灯を開始。
これは、一階の装置が何らかのエラーを吐いて停止してることを示すものだ。
装置は人間が四六時中張りついていなくても勝手に仕事をしてくれるが、こればっかりは人の手でどうにかしなければならない。
実機を確認し、何が起きているのか原因を突き止め、是正する必要がある。
竜一は作業を止め、腰を上げて司に声を掛けた。
「司さん、切削機がトラブってるみたいなんで、俺ちょっと見てきます」
「あー、そうなの? でももう少しで昼休憩だし、昼休憩後でいいんじゃね? 外に飯食いにいこうぜ」
壁に掲げられた時計を見ると、時刻は十一時五十八分を示していた。
昼休憩が始まるまであと二分。
中途半端な時間。確かに司の言う通り、昼休憩後でもいいかもしれない。
だが、今エラーを吐いている装置は、竜一が最近になってようやく任された装置だった。
期待に答えなければ。その熱意が、竜一を動かした。
「でも気になるんで、ちょっとだけ見てきます。すみません、先に飯、行っててください」
「まじかー、真面目だなー」
竜一は、司に軽く頭を下げて階段の方へ歩き出した。