5.ゴミ箱
竜一と茜が邂逅し、連絡先を交換したその日の夜、二人の男が苛立ちを露わにしていた。
「ちっ、まじで惜しいことしたな~」
「全くだ! ありゃあ上玉だった」
それは、茜をナンパしていた二人組。
片方は緑の髪で、もう片方は金色の髪。
両方とも肩幅が広く、分厚い筋肉を体に纏っている。
コンビニの駐車場で地べたに座り込み、片手には瓶の安酒。
赤い顔で熱い息を吐く。
緑髪の男が、酒臭い息と共に言葉を吐いた。
「あー、むかむかしてきた! どっかにいい女いねえか?」
そして駐車場をぐるっと見回し、前を横切る若い女が目に入った。
「おい! そこの姉ちゃん! 奢るから遊ばない!?」
女はちらっと男の方に目線をやるが、すぐさま目線を戻し、駆け足でこの場を離れる。
「ちっ! んだよ! つまんねえ!」
緑髪の男は更に苛立ち、酒瓶を口元に運ぶが、すでに中身が無いことに気付く。
「あー、もう無くなったのかよ。くそがっ!」
そう言って、瓶を放り投げた。
瓶はアスファルトの上を転がり続け、やがてある男の足元にぶつかる。
その男は足元に転がった酒瓶を拾い上げ、緑髪と金髪の男の方へ近づいた。
「君達、ここはゴミ捨て場ではない。ゴミはゴミ箱へ、ルールを守り給え」
緑髪と金髪の男は、ルールを守れと言う男を下から睨みつける。
緑髪の男は、目の前の男を睨みつけながら観察。
見たところ、三十代後半ぐらいの男で、黒いジャケットに黒いスーツパンツ。
サングラスで瞳の色は分からないが、髪は青。
体格は自分と同じぐらい良いが、こっちは二人、相手は一人。
そう考え、緑髪の男は立ち上がり、目の前の男の顔面に自分の顔面を近づける。
「おい、おっさん。殺されてえのか?」
ちょうどいい。むしゃくしゃしてたところだ。
緑髪の男は、内包していた怒りをぶつけられる相手を見つけたと内心喜んだ。
金髪の男も立ち上がり、拳をポキポキと鳴らし始めた。
二人の男の敵意を見て、サングラスの男は両手を上げる。
「気を悪くしたなら謝る。だが、ルールは大事だ」
脅されても平坦な声で言い放つ男に、緑髪の男は更に怒りのボルテージを上げる。
「ああ、分かったよ。死にてえらしいな。じゃあ、その希望を叶えてやるよ!」
そう言って緑髪の男は拳を振り上げる。
「待て!」
サングラスの男が急に大声を張り上げた。
緑髪の男は流石に面食らい、拳をピタッと止めた。
「ああん? なんだ? もう殴らなきゃ気が済まねえ。もうおせえんだよ、おっさん」
「事が始まる前に、一つ言っておかなければならん」
「ああ?」
「私はプロだ。プロは無暗に暴力は振るわん」
プロ? なんだプロって?
緑髪の男は怪訝に思いながらも、ふと、男の首の付け根辺りに刺青が入っているのを見つけた。
「なんだおっさん、プロって、あんたヤクザかよ。だがな、俺達がそんなんでビビると思ってんのか?」
緑髪の男は馬鹿にした笑い声を上げる。
ヤクザなんか怖くねえ。そんな奴ら、今まで何人もぶちのめしてきた。
緑髪の男は、自信を持っていた。自分に備わる圧倒的な暴力に。
子供の時から自分は強かった。特別鍛えてる訳じゃない。ただ強いのだ。
虎は自らを鍛えたりなどしない。生まれた時点で強者。
その自信が男を闘争に駆り立てる。
振り上げた拳を下ろさず、戦意を収めない緑髪の男に向かって、サングラスの男は言う。
「いや、私はヤクザではない」
その後、軽く息を吐き、また口を開いた。
「これは、正当防衛ということでいいな?」
「ああ? 知るかよ!」
緑髪の男は、サングラスの男の顎先へ拳を振り下ろした。
ボキッと骨が砕ける音がした。
間違いなく拳は顎先へヒットした。だが、サングラスの男は微動だにしない。
「へ?」
緑髪の男の口から情けない声が漏れた。
自分の右腕を見ると、手首があり得ない方向に曲がっている。
一瞬で酔いがさめ、血の気が失せる。
冷静になるが、現実を直視できない。
だが、激痛に襲われ、これが現実だと強制的に認識させられる。
「いっ、いてええええええッ!!」
右腕を抑え蹲る。目には涙が溢れる。
「おっ、おい! 大丈夫かよ!?」
金髪の男が心配しているが、そんなものは耳に入らない。
痛い、痛すぎる。これは耐えきれない。
完全に戦意を無くした緑髪の男に、絶望が告げられる。
「もう終わりか? だがな、私は、私に歯向かってきた者は徹底的に破壊することにしているんだ。そうでなければ後々が面倒でな。これは私なりのプロの心得ってやつだ」
「まっ―――」
待ってくれ、と言い終わる前に、緑髪の男が吹き飛んだ。
サングラスの男に顔面を蹴り抜かれたのだ。
緑髪の男は駐車場の壁にぶつかり、体がコンクリートに大きくめり込んだ。
そして、完全に動かなくなった。
金髪の男は一目散に逃げだした。
仲間を見捨てたことには微塵も罪悪感は感じない。
それよりも自分の命優先。
俺さえ無事なら、あとはどうだっていい。どうだっていいのだ。
「仲間を見捨てるか。仕方のないやつだな」
突然、左耳に飛び込んできた男の声。
その声の方へ向くと、街灯の光を反射して輝くサングラス。
「ひいっ」
情けない声が口から漏れた直後、左頬に砲弾をぶつけられたような衝撃。
金髪の男は膨大な運動エネルギーを受けて、ゴム毬のようにアスファルトの上を何度も弾み、終いには電信柱に激しく衝突し、ようやく体が止まった。
サングラスの男は、右手で意識のない緑髪の男を引きずりながら、地面に倒れている金髪の男に近付く。
「ふむ。この者達、さてどうするか。ああ……」
何かを思い出したかのように呟く。
「ゴミはゴミ箱に、だったな」