4.ギフト
「は?」
竜一は頭が真っ白になった。あまりの想定外の事態に体が固まる。
男達は当然それに反論。
竜一の様子を見て「ぜってえ嘘だろ!」と声を上げる。
だから男達は諦めない。
「なあ、そんなに嫌がることねえじゃん。ちょっと遊びに付き合ってくれるだけでいいんだって。いいだろ?」
にやけた顔で言うその男からは、下心が溢れて見えていた。
少女は頭を掻きながら溜息をついた。
「はぁ~、面倒くさいな」
「あん? 何か言ったか?」
語気を強める男に少女は言う。
「ハッキリ言わないと分からないかな~。タイプじゃないっつってんの、このゴリラ男共!」
ゴリラ男とは上手くいったものだ。
確かに、その体格、その顔は、人間寄りのゴリラと言ってもいいかもしれない。
現実逃避するようにボンヤリとそんなことを竜一が考えていると、男達は激怒。
「優しくしてたらいい気になりやがって!」
少女は男達の圧にまったく動じなかった。
べーと舌を出し、素早く身を翻した。
それから疾走を開始。
そして何故か、少女の右手はガッチリと竜一の左腕を掴んでいたのである。
竜一は声を上げる。
「えっ、ちょ、ちょっと! 何で!?」
「ごめん! ちょっと付き合って!」
付き合う意味は全くない。あの男達には、自分が彼氏ではないことは見抜かれている。
だから、自分のことは放っておいてくれ。
と抗議しようとするが、少女はスピードを上げる。
いっ、速い!?
あまりのスピードに竜一はたじろぐ。
喋る余裕は全くなかった。
殆ど引きずられるような形で、竜一は少女と共に疾走。
後ろで聞こえる男達の怒声は、すぐに聞こえなくなった。
それから十分ほど走り続けただろうか、人気のない住宅街に二人は辿り着いた。
竜一は限界を迎えていた。
「はぁ……はぁ……もう、無理……」
竜一は腰を屈め両膝に手を乗せて、息を整える。
「ほんと、ごめんね~」
上から降ってくる声の方に目を向けると、橙色の髪をした活発そうな少女。
少女は全く息を乱さず、余力を見せている。
嘘だろ……。
竜一は長距離走が得意な訳ではないが、特別苦手ということもない。
おそらく一般高校生男子の枠内には入っているだろう。
男である自分がこんなにも息が上がっているのに、目の前の少女は余裕の態度。
もしかして長距離走の選手だろうか。
そう思い、もっと他に訊くべきことがあるだろうに、竜一は質問をした。
「もしかして、長距離走をやっている人、ですか?」
少女はそれを聞いて破顔。楽しそうに笑い始めた。
「アハハッ、最初に訊くことがそれ?」
「あっ……そ、そうだね」
「君、面白いね。私は朽葉 茜。十五歳。ちなみに、長距離走はやってないよ」
それを聞いて、竜一は驚いた。
長距離走の選手じゃないのであれば、絶対にやったほうがいい。
素人目に見ても分かる。目の前の少女には才能がある。
オリンピックも夢じゃないかもしれない。
そう思い、それを少女に言おうとしたが、喉から声が出掛けたところで、自制。
それより先に、言うべきことを口にすることにした。
「俺は泉谷 竜一。君と同じ十五歳。……それで、何で俺を?」
何で俺をここまで連れて来た? と言おうとしたが、上手く言葉が出てこなかった。
少女がじっとこちらを見ていた。
綺麗なアンバーの瞳で。
彼女の髪色は明るい橙色。瞳はアンバー。
元の世界の感覚で言えば、それは珍しいことに思えたが、こちらの世界ではそうではなかった。
この世界は元の世界ととても似ているが、いくつかの差異も存在する。
その一つが、人の髪色と瞳の色だ。
元の世界ではありえなかった紫や緑の髪色の人もいるし、虹色の瞳や、金色の瞳も沢山いる。
瞳については、元の世界でも人種によっては様々なバリエーションがあったようだが、十歳でこっちに渡ってきた竜一には知る由もなかった。
そういう理由から、竜一のように黒髪、黒瞳の方が珍しいのだ。
少女は無言で竜一を見つめ続ける。
何も答えない少女に竜一は重ねて質問。
「あ、あの……。どうかした?」
そこで少女はようやく口を開いた。
「なんでだろ~。不思議だなー」
「えっ、何が?」
「うーん。出会ったばっかりなのに可笑しいね。私、君のこと好きかも」
「えっ?」
まったく予想していなかった少女の答え。
竜一はこの刹那に頭をフル回転。
竜一が今までの人生で告白された回数はゼロ。告白した回数も同じくである。
モテたこともないし、ひょっとしたら誰かを好きになったことすらないのかもしれない。
心のどこかで、諦めているのだろう。
お前のような人間は、恋愛など分不相応だと。
だから恋愛経験皆無な竜一は、こういった時なんと返せば良いか分からない。
と思う一方、自分の中の誰かが言う。
簡単な筈だ。YESかNOの二択。相手の好意を受け取るか、撥ねつけるか。
そして、目の前の娘は美少女。
正直、相手のことは殆ど知らないが、そんなことはどうだっていい。
男ならYES一択。好意を拒否する理由などない。
結論は出た。竜一は腐っても男子高校生。純粋な欲求には逆らえなかったのだ。
竜一は拳を握り、丹田に力を入れる。
強く息を吐き、目の前の少女と視線を合わせる。
そして、言葉を発しようとしたその時、竜一は悟った。
誰に教えられた訳でもない。突然、理解した。
それは、異世界に転移した時に竜一が授かった特典。
その特典―――神からの贈り物が、ここにきて開花した。
ギフトの権能は魅了。他者の心を強制的に惹きつける力。
目の前の少女は、ただ単にその影響を受けているだけ。
つまりこの好意は、純粋なものではない。
竜一自身には、何の魅力も感じていないのである。
それを理解した竜一は、急激に冷めた。
馬鹿らしくなり、少女への関心が薄れる。
そしてその感情もまた、ギフトによってもたらされる効果であった。
魅了した相手に対しての、関心の低下、好意の減退。
それもまた、ギフトによってもたらされるものだ。
ギフトは、魅了した相手に魅了されることを是としない。
魅了した相手に逆に魅了されていては、ままならぬということだろう。
すべてを理解した竜一は、冷静に目の前の少女に言った。
「俺はその気持ちに応えることは出来ない。ごめん」
少女は目を見開き絶句していた。
まるで、自分がフラれるなど想像もしていなかったかのような顔。
そして少女は言った。
「うっそ。えっ……でも、ますます好きになっちゃった」
男冥利に尽きる言葉。殺し文句といっても良いその言葉は、竜一には微塵も響かなかった。
少女の好意と反比例するように動く竜一の感情。
竜一は、道端の雑草を見るような目で少女を見ていた。
その視線を受け少女は言った。
「えっ、何その眼……」
これに竜一は不味いと思ったが、自分の感情を制御することが出来なかった。
竜一は焦り、謝罪を述べようとする。
「ご、ごめ―――」
「いいかも」
竜一の言葉を遮り少女が放った言葉は、竜一を驚かせた。
言葉を失う竜一に少女は尚も言う。
「その眼、なんか……なんか……あっ、やばっ」
頬を紅色に染め、モジモジとしだす少女。
竜一は「大丈夫?」と声を掛けようとしたが、少女はハッと我に返った。
「そ、そうだ! じゃあ友達から! 友達からでどうかな!」
友達が少ない竜一にはありがたい申し出。
それならば、竜一に断る理由はない。
竜一はそれに了承。
すると少女は「じゃあ、連絡先交換しよう!」と元気よく提案。
竜一は「分かった」と了承。
竜一がポケットから携帯を取り出すと、少女はガバッと竜一の携帯を奪った。
竜一は「ちょっと!」と抗議するが、少女は「ごめん、ちょっと急ぐから!」と言って、素早く竜一の携帯に自分の番号を打ち込む。
その後、竜一に携帯を返し「じゃあ今日はこれで!」と駆けだそうとする。
竜一は、少女の背中に声を掛けた。
「あれ? 朽葉さんは俺の番号登録しなくていいの?」
「覚えたから大丈夫! また連絡するね!」
と言って、この場から消え失せた。
「なんだか、すごい人だな……」
具体性のない竜一のその感想に全てが集約されていた。
言葉で表すのは難しいが、兎に角すごい少女。
語彙力に乏しい自分をなじるが、うまく少女を表せているような気がしていた。
そしてこれが、朽葉 茜という少女に振り回される日常の始まりであった。
読んで頂いた方、ブクマとポイントを入れて頂いた方、いいねをつけて頂いた方、
本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。