2.少女襲来
ヴォーン、ヴォーンと携帯電話が震えている。
竜一は、その音で目を覚ました。
覚醒しきらぬ頭で考える。
今日は、休日だったよな……。
数秒間考えたが、やっぱり間違いない。
昼間の仕事も定時制高校の授業も今日はない。
だから、携帯のアラームは消していた筈だ。
震え続ける携帯。
竜一は若干の苛立ちを覚えつつも、携帯を手に取る。
携帯の画面を見ずに、通話ボタンを押した。
擦れる声で竜一は応答。
「はい……もしもし」
すると返ってきた声は、目が覚めるほどのテンションの高さだった。
「あ! やっと繋がったよ! やっほー、元気ですかー?」
この声の主の名は、朽葉 茜。
竜一と同じ十五歳。星蘭学園に通う女子高生。
星蘭学園は学費の高さで有名な県内随一のセレブ高校。
本来なら、竜一とは関わることのない部類の人間。
そんな娘が何故、俺に電話を掛けてくるのだろう。
竜一は考えてみることにしたが、答えは分かっていた。
竜一は返事をする。
「う、うん。まあ、それなりに元気、かな。それで……何か用かな?」
「もう! テンション低いぞ! こんな美少女にモーニングコールされるなんて、竜一君は幸せ者だぞ! このこの~」
相変わらずテンションの高い少女。
竜一はそのテンションに顔を引きつらせるが、もう一度同じ質問をする。
「……そ、そうだね。それで、何か用かな?」
「何って決まってるよ! デートよデート! デートしましょう!」
「あー、そのー」
朽葉 茜は自称する通り美少女だ。
普通の高校生男子であれば、これを断る道理などない。
だが、竜一はある理由から、とっても気が乗らなかった。
自分でも不思議だし、心底残念に思うが、兎に角、茜の提案を喜べなかったのだ。
だから竜一は、こう返した。
「あー、ごめん。今日は休もうと思ってるから」
「え、そうなの? もしかして仕事で疲れてるとか?」
茜の声のトーンが少し下がる。
本心で俺を心配してくれている証拠だ。
竜一は、その心遣いに胸が痛むが、それでも言う。
「そ、そうなんだ、実はね。だから、悪いけど……」
「そっかー、なら仕方がないね」
竜一は胸を撫でおろす。
諦めてくれたか、と後ろめたい気持ちを無視し、声を抑えて溜息を吐く。
茜は「じゃあ、また今度ねー」と言って、通話を切った。
朽葉 茜とは、どういった娘か? そう訊かれたら、竜一はこう答える。
いつも元気で、相手を思いやれる優しい心も持ち合わせていて、さっぱりとした性格の娘だと。
欠点という欠点が見つからない。おまけに美少女とくれば、向かうところ敵なし。
そんな美少女が、俺みたいな平凡な人間を気に入っている。
そのことが竜一は不思議だったし、心底残念に思う。
そうこう考えている内に眠気が襲ってきた。
嵐を切り抜けたあとの安堵感。
瞼が重くなり、そのまま夢の世界に旅立とうとしたその時。
ドンドンドンとこの部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「何なんだよ、もう」
と苛立ち、竜一は立ちあがる。そして扉を開けた。
「え?」
竜一は言葉を失う。
「やっほー! 来ちゃった!」
そこに立っていたのは、外ハネしたショートカットの少女。
髪色は橙色で、瞳はアンバー。
ハッキリとした目鼻立ちに、少年のような笑顔。
朽葉 茜がそこに立っていたのだ。
え、俺、断ったよね。
と、自問する竜一。
茜は竜一が閉口する様に気付いているのか、あえて無視しているか分からないが、元気よく言い放つ。
「考えたんだけど、なにも外に出る必要はないよね! 今日は一日中、私が竜一君のお世話をしてあげる!」
そういって、茜は手に下げたビニール袋を掲げる。
ビニール袋には、野菜や肉などの食材が入っていた。
茜は竜一の返事を待たず、靴を脱ぎ部屋に踏み入る。
そして冷蔵庫を勝手に開け「うわー、やっぱ何もないじゃん。よかったー、色々買ってきて」と独り言を言う。
そこで竜一は、ようやく我に返った。
ああ、そういえばあったな、朽葉 茜の欠点。
それは、この行動力の高さだ。
竜一は欠点とは言えないような欠点を上げ、一人呟く。
「今日は、休めなさそうだな……」