1.日常
泉谷 竜一は、それなりに幸せだったといえるだろう。
家族構成は父、母、妹。
優しい両親に、少し生意気だが兄を慕う妹。
裕福ではないが、かといって貧乏でもない。
どこにでもあるような、平凡だが穏やかで平和な日常。
その日常を当たり前のように享受し、日々を慎ましく生きる。
だけど、その時の竜一には分からなかった。
その当たり前は、当たり前ではないことを。
当たり前が、ある日突然、消えてなくなってしまう可能性があることを。
竜一が異世界に転移したのは十歳の時だ。
何の前触れもなく、何の切っ掛けもなく、突然、異世界に放り出された。
気が付いたら、いつの間にか見知らぬ土地に立っていたのだ。
竜一は初め、そこが異世界だと認識できなかった。
何故ならそこは、元の世界そっくりだったから。
どこにでもあるような住宅街。道を走る車。
スーツを着たサラリーマン風の男。携帯電話を片手に道を歩く女子高生。
その土地に見覚えこそなかったが、どう見ても竜一が十年生きた世界そのものだった。
ただし、今、立っている場所がどこなのかが分からない。
住宅街の中にある小さな公園に竜一は立っているのだが、まったく見覚えがない。
竜一は子供と言えど十歳。
パニックに陥るも、冷静に思考。
歩き回り、交番を探し当てた。
そこからは、竜一は言われるがままだった。
大人達の慌てようと混乱。
泉谷 竜一という人間は、戸籍情報には載っていない。
データベースには存在しない人間。
それが泉谷 竜一。
結局、紆余曲折あり、竜一はとある施設に入れられた。
竜一は、その施設で馴染めなかった。
大人たちの奇異の視線のせいだ。
泉谷 竜一は、情報のない透明人間。
国家の力を使っても、身元を洗い出せない謎の子供。
大人達は表面を取り繕い竜一に接したが、子供の敏感な感覚はソレを感じ取る。
竜一は大人達の言う事を聞いて利口に振舞ったが、心の底から大人達を信頼することは出来なかった。
それに、竜一以外の施設の子供達も、大人達の竜一への態度を鋭く感じ取り、竜一と一定の距離を置いたのだ。
竜一にとっては、少し息苦しい生活が続いた。
そんなこんなで竜一は十五歳となり、高校生となった。
高校に入学すると同時に一人暮らしを始める。
五年が経過し、見知らぬ土地が見知った土地になる。
そうして、今日も竜一は、当たり前じゃない日常を当たり前のように生きるのだ。