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「私と相棒」

シャッフル

作者: XI

*****


 相棒んちのベッドにいた。ダブルだけれど私たちは身体が大きいのでかなり手狭。私は背もたれクッションに背を預け手探りで「それら」を探り当て、パーラメントの切っ先に火を灯した。のそのそと身体を起こした相棒はアメスピ――オーガニックミントライトの吸い口に唇をあてがう。ジバンシーのライターでもって火を貸してやった。削げた頬。鋭角の顎。横顔がオレンジ色の灯りに照らされる様子は凶悪なまでに魅力的だ。だから私はこいつとずっと一緒にいたいなって思う。こいつから離れたくないなって考える。そんな話を最近、大学時代の友人(女性)にした。黒いパンツスーツ姿――喪服みたいな恰好だったからだ。「あんたはそもそもなにをしているの?」と訊かれたのだけれど、私は私で苦笑するばかりで結局なあんにも答えなかった。秘密にしなくちゃならないことはある。それでもある程度は話せる。でも、しょうもないことを言う舌は持たないほうがいい気がした。



*****


 相変わらずベッドの上。私が煙草を金物の灰皿に押しつけると相棒が覆いかぶさってきた。首筋に強く強く唇を当てられ、さらには噛みつかれ、だから快感で、私は慎ましやかな喘ぎ声を漏らした。そのまま「それ」は続けられ、私は絶妙によがった。最後、私は相棒の頭を胸に抱き、「ふふ」と笑んだ。ほんとうにかわいい、なんてかわいいんだろう。相棒の潔白さと潔癖さは心の底から評価するに値する。果ては私のほうから首に両腕を巻きつけ、キスを求めた。相棒は快く応じてくれた。そこには熱があった。愛もあったように思う。あえて「好きだよ」と口に出すと相棒は顔をしかめ、「好きだよ」ともう一度言うといよいよ不機嫌そうな顔をした。


 相棒は私の身体を脇にどけ、ベッドから下り、キッチンへと向かった。キンキンに冷えた水が冷蔵庫に常備されていることくらいは知っている。


 なぜだろう、どうしようもなく不安に陥った。「ちょっとさ、○○」と相棒の名を呼んだ。相棒が五百ミリのミネラルウォーターを一気に空けたところで、その分厚い身体に私は後ろから抱きついた。


「愛してる愛してる愛してる。だからあんたはずっと私のそばにいること。いいね?」

「おまえはいつか絶対、俺を見限って俺の敵を認めやがるんだ」


 思いもしないセリフに、私は目を見開いた。

 ごつごつしている相棒の背に(ひたい)を密着させる。


「そんなふうに考えてたの?」

「俺の最大の役割ってのは、たぶん、おまえを殺すことなんだろ」


 鼻で笑うようにして、相棒は言った。


 腹が立った。そう言うってことは、それは「組織」の総意なのだろう。だからこそ許せない。どこまでナメられているんだ、私は。


「こっち見て」

「何様だよ、おまえ」

「いいから、こっち向きな」


 こちらを振り返ったところで、勢いに任せて、右の手で左の頬をぶってやった。返す刀で左手で右の頬をやっつけてやろうとする。でも、その手は阻まれた。手首を掴まれ「いてーよ」と笑われた。悔しい。私がどれだけ高圧的に、おねえさまぶった態度をとっても、ときに馬鹿にされたように振る舞われることがある。ねぇ、それはどうしてなの? どうしてあんたもボスも、私のことを軽んじるの?



*****


 相棒は私と一緒にいる時間を読書ばかりに費やすようになった。最近のお気に入りは「ライ麦畑でつかまえて」。何度も何度も読み返している。粗雑で粗野な相棒にはまるで似つかわしくないマイルドな文学だ。それでも読む。車を運転している最中に「たまにはこっちを見なよ」と言ったところでやっとこちらに流し目をくれた。


「最近のあんた、なんか素っ気なくない?」

「さあな。こんなもんじゃねーのか」

「そうかな。冷たいと思うけど」

「だったら、そうなんだろ」


 私以上に、相棒はマイペースなんだ……と思うし、そう思いたい。



*****


 難民を一手に収容している街、「新淡路」に入った折のことだ。「銃火器をそれなりに取り締まってこい」くらいしか指示されていない。黄色く乾いた土の通りを練り歩いていた。相棒はしつこくそれでいて丁寧に店の主人らに「危ねー橋は渡んなよ」と釘を刺して回る。主人らは相棒に心付けを渡そうとする。相棒は頑なにそれを拒否し、その代わり、憎たらしさたっぷりの邪な笑顔を連中に寄越す。べつに受け取ったっていいだろうに。もらった物はどうせ酒代と煙草銭に消えるだけだし、もらわなかったとしても彼らの商売はなくならないのだから。



*****


 暗く暗く、腐った水の臭いで湿りに湿った路地に入ったところで出会った、その人物に。男だ――彼は小さな灯りのもと、年端も行かぬ男のコに一眼レフの使い方を教えているようだった。私はその男を見て――真っ白な髪をしたその男を見て、問答無用、ただちにはっとなった。次の瞬間には、相棒は男に向けて拳銃を向けていた。


 私は、いの一番に叫んだ。


神崎(かんざき)さん!」


 白髪(はくはつ)の――四十なかばくらいの男は私を見ると、立ち上がり、ふっと笑った。


 男――神崎さん――そうだ神崎さんだ、間違いない――は、笑みを崩さない。銃を握っている相棒のほうを見て、あらためてにやりと微笑んだ。一方的に舐めくさっている様、それがよほど気に食わなかったのだろう、相棒は「くそっ」とうめくように漏らすと、いよいよトリガーに指をかけた。


「殺してやる。ここであったが何年目だっつんだ!」

「待ちな、お願い!」

「あぁっ?!」

「私が話をするから、ちょっと待って!」


 私の顔を見た相棒の黒い瞳がぐるんと一周した。信じられない。そんな顔をした。私自身、どうして制止を促したのかよくわからない。ただ、彼はどう見たって神崎さん、神崎さんだから、「死んでもらうわけにはいかない」だなんて思ったりして……。


「元気そうじゃないか、○○。それは新しい男ができたからだ。違うか?」

「違う。違うよ、神崎さん。私はあなたのことを忘れたことなんて――」

「そんな立派な体躯の男をそばに控えさせておきながらよく言う」

「あなた以外の男なんて関係ない、関係ないよ」

「俺はきみを迎え入れることについて好意的だ。来なさい。一緒に行こう」

「一緒に、なにをしようって言うの?」

「人類と遊ぶだけだ。どうだ? あるいはそれは、尊い試行だろう?」

「人類と遊ぶ? 試行……?」

「敵に回るのか?」

「わ、わかった。私は、あなたと一緒にいれさえすれば――」


 次の瞬間、発砲音。相棒が連射し、薄笑いを浮かべた神崎さんは路地裏に消える。相棒が追う。「待ちな!」と呼び止めても止まらない。とにかく追う。闇に満ちた場所で、まともに距離感も掴めないであろうに限界まで撃ち、するとマガジンを交換し、なおも撃つ。それほど走ったわけではない。でも、相棒に追いついたとき、私の息は切れていた。


 ほんと、腐りきった水の臭いがする暗がりにあって、私は相棒の背に、勢い良く抱きついた。


「待ちな、お願い、ちょっと待って」


 相棒は舌打ち交じりに拳銃を懐におさめた。


「いいよ、おまえのことくらいわかってる。あとは俺がうまくやるだけだ。いよいよその思いってのをたしかにしたよ。二度と俺のそばに近づくんじゃねーぞ。軽蔑はしねー。区別も差別もしねー。だけどオメーは味方じゃねー。ふざけんな、馬鹿野郎っ」


 なんて悲しいことを言うの?

 私の目の前も、さすがに涙でゆがむ。


「やめてよ、お願いだから。私、好きな男がいないと生きていけないの。そのくらい、わかってるでしょ?」

「おまえのことを悪戯に軽んじるつもりはねーよ。でももう、俺はおまえが嫌いだ。おまえの好きな男は神崎だ。俺じゃねー。死んじまえよ、クソ野郎」


 相棒は私より年下だし、必要以上に生意気なことなんて言わないと思っていた。それが、なに、このありさまは。嫌いだとか、そんなこと……。


「おまえはバディに信用されないことをした。それだけだ。じゃあな」


 相棒が去り行く。

 私はそれを追いかけ、あらためて抱きつく。


「わからない? ねぇ、わからないの? わかってもらえないの? 私の気持ちは、いっさい、わかってもらえないの?」

「女心ってのは難しすぎるんだよ。だから俺にはわかんねーな」

「わかろうとしてないだけじゃない」

「わかる必要がないんだよ」

「帰ったら、私を抱きな」

「ああん?」

「抱きな! 彼のこと、忘れさせたいんだったら、馬鹿みたいに抱きな!!」

「後ろ向きな答えだな、そりゃあ」


 相棒が帰路を行く。

 私は表通りに出ても、「抱いてよ! 抱いてよ!」と連呼した。



*****


 先日の旨、相棒はボスに報告したらしい。報告してもらいたくなかったとは言わない。……言えない。だけど、報告書を見たのだけれど、相棒はなにもかも包み隠すことなく、容赦なく事実を記していた。私が敵に回るかもしれないとまで書いていたことには驚かされた。


 そのうち、私と相棒はボスに本部へと呼び出された。本部。「ホワイトドラム」と呼ばれる文字どおり白い太鼓のようなかたちをした巨大な建物だ――その中の居室。ボスである八十ほどの老人は、「お二人さん、いまになって仲違いをするとは思わなかったなぁ」となかば呆れたように笑った。


「先達て、報告したとおりッス。俺はこの女とはもうやっていきたくない」


 相棒はそんなふうに言い、だから私はカッとなってその左の頬を右手でぶとうとした――簡単に止められた。そこには男性の腕力があった。


「○○くん、僕の命令だと言っても、聞いてもらえはしないかい?」

「命令だってんならやぶさかじゃあないッスよ。ただ、成果は期待して欲しくないッスね」

「おやおや。サラリーマンにふさわしくないセリフだね」

「サラリーマンだからこそ、上に噛みつく手段も覚えるんスよ」

「となると、そうだなぁ……。ま、いいか。きみと○○さんがいい仲であってくれればそれ以上の喜びはないけれど、しかたのないものはしかたがない」


 私は「ボス!」とがなった。


「○○さん、きみは○○くんを軽んじている。今回ばかりは○○くんのほうが正しい。バディは解消なさい。新しいニンゲンが必要なんだったら紹介しよう」

「ボス、それ、本気で言ってるの……?」


 相棒はアメスピに火をつけ、一つ煙を吸って吐くと、居室から出て行く。


「待ちな! 逃げるなんて許さないよ!!」


 するとボスは「逃げているのはきみのほうじゃないのかな」と怖い顔をした。「わかるまで何度だって説いてあげよう。きみは相棒を裏切ったんだ。ヒトによってはその場の感情に流されただけだとか言うのかもしれない。だけどね、考えてもみなよ。深く深く考えて考えて、それでもわからないというのであれば、救いようがない。放逐してもいいんだよ? そうなった折には、最低限、僕たちの邪魔をしないでもらえるかな」


 そのとき、私は自分がしでかした大きなミスに、本気で初めて気がついた。私はたった一人、その男の名を強く呼んでしまったことで、彼になびいたような様を見せてしまったことで、そう、失ってしまったんだ。私はほんとうに失ってしまったんだ。ボスの信頼も、なにより相棒からの愛情も……。


 私は頭を両手で抱え、その場にうずくまった。この期に及んでもまだ「名前を呼んだだけじゃない……?」なんていう弱い言葉が漏れた。案の定「違うね、それは」とボスは言った。「僕は部下のためならできうる限りの手を尽くす。だけど、今回はダメだ、今回ばかりはNGだ。きみには猛省を促したいし、しかしそれでも〇〇くんの信頼を得られないのであれば、諦めてもらうしかない」


「私が……私が死んだっていいって言うの?」

「おやまぁ、飛躍した物言いだね。だけどだったら、どうしてきみは彼を裏切るような真似をしたんだい?」

「だから、それは……っ」

「相対的な問題として、きみは彼より神崎のほうが好きなんだよ」


 どうしようもなく、また強がることもできず、私は「帰るっ」と言って立ち上がり、身を翻すことしかできなかった。



*****


 身も心も持て余した。男に抱かれたい。抱かれたいのだけれど、誰でもいいっていうわけじゃない。相棒……元相棒に抱かれたい。そうでなけりゃ、神崎さんに……。そんなふうに考えるから、元相棒に対してどうしようもなく申し訳のない気持ちに駆られた。神崎さんとの付き合いはたしかに短いものじゃなかった。よくよく考えてみればそれだけだ。……いや、ううん、もっといろいろとあるんだけれど、だからって、だからって……。


 電話をかける。元相棒には決して出てはもらえない。愛想を尽かされてしまったであろうことくらいはわかっている。ただ一通、私が眠っているあいだにメッセージが入っていた。「仕事の話なら聞くッスよ」。私が号泣したことは言うまでもない。



*****


 「仕事の話があるんだ」と嘘をついて飲みに誘おうとした。……飲みは嫌だと言うので昼間の喫茶店で我慢した。そのときその瞬間、口走ってしまった「神崎」という名が脳に巣食い、焼きつく。わかった。もうわかったのだ。でも、だからって、そこまで嫌わなくたって……。


 喫煙席がある喫茶店――でなければ、来てくれなかっただろう。元相棒は早速アメスピに火をつけた。すぐにそっぽを向いてしまう。それでも素敵な横顔。私はこの横顔だけでご飯を三杯食べられる。それは以前と変わらない。元相棒――自分からなにか言うつもりはまるっきりないらしい。なんだか凄く悔しくて、なにより自分が情けなくて……。


「私が悪かったから、許してよ。っていうか、許しな」


 するといきなりキレて、元相棒はテーブルを蹴り上げた。


「俺は短気で幼稚なんだよ。先輩殿、信用できねーもんは、もう逆立ちしたって信用できねーんだ。遠ざかるのもおたがいのためだ。俺は仕事がしたいからあんたなんかとは別れる」


 あんた、という呼称。

 それがえらく距離を感じさせるからキツい。


「ねぇ、私と離れてから、女、抱いた?」

「抱いたよ、抱きまくりだ。おまえより何倍もイケる女もいたよ」


 いよいよ、私はぽろぽろと泣いてしまう。


「私は……帰りたい」

「どこにだよ」

「あんたのところに」

「そいつはもう無理だ。諦めろ」

「あまりにも幼稚じゃない」

「それはあらかじめ断ったつもりなんだけどな」


 元相棒、こいつは変なところで頭がいい。

 言ったことをちゃんと覚えてる。


 諦めるしかないっていうの……? でも、私はそんなこと、望んでなくて、そうなったら悔やんでも悔やみきれないわけで……。


 ――と、そのときだった。


 私は窓を背にして席に座っていたのだけれど、左右の座席から一人ずつ、ヒトが立ち上がって、いきなり発砲した、元相棒を狙ってのものだ。敵? こんなところで? つけられた? ひょっとして、私……? でも、ウチの存在がどうしてバレたわけ……? なんにせよ元相棒の反射神経は異常だ。両腕で頭部をガードし、その腕に弾丸を受けながらもやりすごした。「しゃがんでろ、○○!!」と私の名を呼んだ。咄嗟に言われたとおりにする。ぱんぱんぱぁんっ! 軽快な銃声、九ミリだ、間違いない。――そのうち、静かになった。情けない。私はおっかなびっくり立ち上がった。元相棒がうつ伏せに倒れている。弾丸を放った連中はそれぞれ仰向けにひっくり返っていた。私はぴくりとも動かない元相棒の名をこれでもかというくらいに叫んだ。



*****


 元相棒は喉を撃たれたのに生還した。あと数ミリ食い込んでいたらヤバかったらしい。運がいいし、なによりタフすぎるなぁと感心させられた。いっぽうで泣かされもした。なんだよ、こいつ、結局、不義理な私のことをかばって、戦って、死にそうになってるんじゃない……。元相棒はとにかく瀕死だったから、ときどきうっすらと目を開けて、ひゅーひゅぅぅと細く息をする程度だったから、私の乱暴さには敵わず、ほっぺへのチュウを幾度もこうむる羽目になった。不本意極まりないのだろうけれど、私はそれをやめなかった。



*****


 入院から一月(ひとつき)ほどが経つと、元相棒は自分ですっくと立ち上がり、「退院する」と言い出した。私が慌てながら「まだダメだよ」と訴えると、「うるせーんだよ、あんたは、くそったれ」と憎まれ口を叩いてくれた。そう。憎まれ口だ。そうだとわかってはいてもとても悲しくなってしまったことは言うまでもない。退院が叶っても咳をすると血が混じることがあった。それでも、弱音なんて吐かない。「俺ならだいじょうぶなんだよ」としか言わない。



*****


 たった、もうたった一度でいいからと言って、アパート――部屋に上げてもらった。相変わらず、まるで生活感がない。らしいなぁと思った。小さな丸い座卓を挟んで座る。


「ねぇ、ほんとうに、ほかの女と寝たの……?」

「そんなのあんたになんの関係がある?」

「嘘だって言ってよ。っていうか、嘘だって言いな」

「あんたはずいぶんと弱くなった」

「えっ」

「キャリアは俺よりずっと上だ。戦闘の経験にも長けてる。なのに、なんで男の一人や二人に心を掻き乱されちまうくらい、情けなくなっちまったんだ?」


 それはもっともな物言いだ。たしかに私はこの元相棒よりもずっと死線をくぐってる――はずだ。そう。もう「はず」としか言えない。なんとなくだけれど、そうとしか言えない。なにを言うにも自信がない。


「でもね、聞いてよ」私は微笑んだ。「やっぱり私は、あんたよりタフなニンゲンを知らないよ」

「野郎なんざいくらでも死にゃあいいって思ってる。いっぽうで女が死ぬってのは、どんな場面でも嫌なもんだ」元相棒はアメスピをくわえた。「それは俺が刑事(デカ)だったときから変わってねー」


 私はうなずき、それはもう破顔した。


「あんたはほんとうにイカしてる」

「誰かに褒められたくて生きてるつもりはねーよ」


 オイルが切れかけているのか、カチッ、カチッ、カチッ……ジッポライターはいつまで経ってもつかない。元相棒はほんとうに忌ま忌ましげな顔をする。


「さあ帰れよ、先輩殿」

「新しい相棒は? もう見つかった?」

「俺はもう、一人でいい。けど、命令とあらば組むよ」


 私は涙ぐんでしまう。


「私がその居場所に立候補してあげる」

「無理だ」

「どうして?」

「無理なんだよ」

「わかってるよ、嫉妬でしょ? 私がアホだから、あんたに妬かせちゃったんだ」

「ああ、そうだ。まるっきり、そうだ」

「まるで無理問答」

「火」

「ん?」

「火、貸してくんねーか?」


 私は四つん這いで元相棒に近づいた。自分もパーラメントをくわえ、肩を並べて唇を寄せ合い、ジバンシーの火で一緒くたに先端に熱を灯した。そういえば神崎さん、彼は煙草を吸わなかったな。酒もろくに飲まなかったな。私、嫌われたくなかったから、当時はどちらも嗜まなかったな。私は相棒の左の肩にこてっと横顔を預けたまま煙を吹かす。また泣きたくなってきた。私が神崎さんに見ていたものはなんだろう。危なっかしさ? 色気? そのどちらも、好きになるにあたっては重要なファクターだ。でも、そのどちらをとっても、元相棒には敵わないと思う。なのにどうして私はあの夜、その名を叫んでしまったのか……わからない。わからないけれど、ひどい間違いだったことだけは認める。


「もうダメだな。くどくど言うのは性に合わねー」

「えっ」

「俺はあんたが好きだ。サイコーの女だって思ってる」

「えっ、えっ?」

「あんたは奴さんのことを見たら、またたまんなくなっちまうだろ」

「奴さんって、神崎さん?」

「ああ、そうだ。でも、俺はそれでもいい」

「えっ、だから……えっ?」

「俺はあんたを――おまえを守ってやるための盾だ。あるいは矛なのかもしんねーな。そうあるために生まれたんだ、たぶんな。だから、これからなにがあっても気にすんな。そいつは俺が好きでやらかしたことだからよ」


 いよいよ涙をこらえることができなくなった。


「裏切りたくない。でも、いざとなったら、私は、ほんとうに……」

「それもいいだろ、アリだろって、俺は思うよ。男と女のことだ。なにがあってもおかしくねーさ」

「裏切りたくない」

「俺はどうすればいい?」

「わからない」

「だったらこっちから命令だ。そばにいろ。俺がなんとでもしてやる」

「……ありがとう」

「いいんだよ」


 私たちは肩を寄せ合い、くわえ煙草のまま、気だるい時間を過ごした。たぶんだけど、たぶん、神崎さん――神崎を仕留めるのは私だ。


 心の中でささやいた。

 愛してるって、ささやいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)なるほど「シャッフル」していますね。いろんな事情と感情が☆ハードボイルドで濃い★そしてクールだぜ☆★☆★☆彡 [気になる点] ∀・)うん「ライ麦畑でつかまえて」を読んでそうな作家さん…
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