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芥もくたを求めたら

作者: ゆーく

※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。※




魔術が発展した国メイマリアヌス。

武に長けた国バティスラリア。


相反する国は互いに【根暗】【脳筋】と罵り合い昔から小競り合いが絶えない国同士であったが、両国の現国王がどちらも好奇心旺盛な者で、どちらも王子時代に他国を放浪する癖を持ち、どちらも海を渡った大国で冒険者などになってしまったため、互いの身分を知らぬままに出会ってしまった当時の王子達が苦難を共に冒険者生活を過ごしてしまい、結果、気の合う性格同士ということもあって、いつしか熱い友情が育まれてしまっていた。


その後、偶然のきっかけで互いの立場を知り、互いに苦悩に満ちるも、それなら自分達の代で手を取りあえば良いと考え、互いに国に戻った王子たちは王の座につくために秘密裏に協力し合いながら玉座に向けて奮闘した。

努力の末、王子たちはそれぞれ即位することが叶い、何年もの年数をかけて両国の和平を築いていった。


しかし、長年小競り合いが続いた国同士、例え和平を築いたところで自分達の代が終わってしまえばまた以前のような関係に戻ってしまうかもしれない。

そう考えた王たちは築き上げてきた和平を確固たるものとするために両国で婚姻関係を結び和平同盟を強化することに決めたのだった。





婚姻関係が公表されてから幾日。

武に長けた国バティスラリアの王城内の一室に1人の女がいた。


陽の光を遮断し、薄暗くした豪奢な部屋の中で分厚い魔導書を片手に室内を闊歩する女の名前はミラジェリア。

魔術が発展した国メイマリアヌスの王女である。


リラの花色の髪を揺らし、アメジスト色の瞳を伏せた見目麗しいその女は艶を纏った小さな唇から鈴を転がしたような軽やかな声を奏でていた。



「紫トカゲの血を滴らせ乙女の器に満たすとき月夜の雫と闇夜の悲鳴を掻き合わせれば…」



内容は些か物騒ではあるが。

可憐な声音で、呟いているとは言えないような声量で言葉を紡いでいると突然ミラジェリアの部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。



「おまえいい加減にしろよ!!」



突然開かれた扉から姿を現したのは1人の男であった。

長身で鍛え上げられた身体、褐色の肌に垂れた金の髪を揺らして長い足でドカドカと入室してくる男。

礼儀のれの字も見当たらないこの者こそが武に長けた国バティスラリアの王太子アルフレッドである。



「毎日毎日部屋に篭ってぶつぶつぶつぶつ!!周りの奴らが気味悪がってんだろうが!!」



飛んできた罵声に一瞥だけくれるとミラジェリアは構わずに言葉を続けた。



「灰色猫の尻尾と笑い上戸の緑鼠が宴へと導き…」

「おい!聞いてんのか!」



この粗野な物言い。

とても大国の王位継承者第一位とは思えない。

ミラジェリアは溜息を一つ吐いてアルフレッドに向き合った。



「何用ですか」



愛想のかけらもないミラジェリアにアルフレッドの整えられた眉の角度が上がる。



「何用じゃねえよ!おまえが食事を一緒にすんのは嫌だっつうから茶会の時間をとったっつうのに!断りやがって!」

「頼んでおりません」



ツンと顔を背けるミラジェリアの態度にアルフレッドの褐色の頬がピクピクとひきつった。



「こっちだって好きで誘ってんじゃねぇよ!」

「なら誘わなければよろしいじゃありませんか」

「そうもいかねぇから態々時間作ってんだろうが!」

「まぁ!それはご苦労様ですこと」

「斜に構えてんじゃねぇ!おまえだって協力しろっつってんだよ!」



薄暗い室内に響く怒声の音量に耳を塞いだミラジェリアは嫌そうに顔を歪めるとアルフレッドの言葉を無視して再度手元の魔術書に視線をおとした。


こめかみに筋を浮かべ鋭く睨みつけるバティスラリアの王太子アルフレッド。

そんなアルフレッドの存在などもう見えていないかのように振る舞うメイマリアヌスの王女ミラジェリア。


この2人が両国の和平同盟を強固にするために、この度、婚姻関係を結ぶことになった王子と姫である。


和平を築く要となるはずの両者は出会った頃から険悪な雰囲気を醸し出していた。





初めてバティスラリアの王城に足を踏み入れたミラジェリアが責任の大きさに身を固めながらも、王族としての矜持を持って同盟相手として、バティスラリア王、並びに皇太子殿下に敬意を払ったにもかかわらずアルフレッドは初対面の王女相手にこう言い放った。



『その陰気臭そうなローブはどうにかならないのか』と。



思わずミラジェリアは無詠唱で火球を投げつけるところだった。

和平を強く望む国王陛下の前だったため血反吐を吐く思いで耐えたが誰も見ていなければヤっていた。

自信を持ってそう言える。


ローブ姿は魔術師にとっての正装であり、王族のミラジェリアのローブといえばそれに相応しい装飾もされている。

濃い紫といった多少キツイ色はしていても決して見窄らしいということはない。

にも関わらず、アルフレッドは開口一番婚約者相手に向かって侮辱の言葉を投げつけてきたのだ。


この瞬間からアルフレッドという男は無神経な王太子としてミラジェリアに敵認定された人物となった。






「大体!この気色悪い部屋はなんだ!陽の光くらいいれろ!」



無神経王太子が何か言っている。

ミラジェリアは聞こえないふりをして魔術書の朗読を続けたが、すぐに入り込んだ眩い光の強さに顔を顰めた。

差し込んだ光の先を見ればアルフレッドが大きな窓を覆ったカーテンを開け放っている。



「何をなさるのです!」

「うるせえ!」



ミラジェリアが上げた金切り声にも臆することなく怒声で返したアルフレッドは次々とカーテンと窓を開けていくと室内はすっかり日に照らされた清々しい風が通る部屋となった。



「茶会にはこねえ!窓とカーテンは閉め切る!挙げ句の果てには廊下にまで聞こえる独り言!おまえ城で何て言われてるか知ってんのか!?」

「怪しげな魔術に囚われた悍ましい姫でしょう」

「知ってんなら改善しろ!」

「言いたい者には言わせておけば良いのです」

「俺はそんな女を娶るつもりはねえ!」

「では娶らなければよろしいでしょう」

「あぁ!?」



長い間敵対していた国同士、互いの国のことなど詳しくない者の方が多い。

そんな中、得体の知れない魔術に長けた姫というだけで、恐ろしさを抱く者もいるのだ。


ミラジェリアとしてはそんな者達をいちいち気にするだけ無駄だと思っている。

重要なのは国同士の婚姻。

ミラジェリアが嫁いでしまえば、あとは評判などどうでも良いというのが本音であった。


けれど、いくら重要とはいえ、無神経な王太子と夫婦になりたくないのも事実。

理想と現実は違う。

分かっているからこそ、覆せない現実があるならば、口に出す言葉くらい本音でいたいミラジェリアである。



魔術書の内容に合わせて作った室内の雰囲気を台無しにされて機嫌を損ねたミラジェリアは分厚い魔術書を閉じると魔術薬作りに必要な器具を並べた部屋へと足を進めた。

言葉もなくアルフレッドの前から消えようとするミラジェリアにアルフレッドは震えるほどの力で拳を握ると大きな音を立ててミラジェリアの部屋から出て行った。



「勝手にしろ!!!」という言葉を残して。





アルフレッドの言葉の通り勝手にしたミラジェリアは胸の内に湧き上がる苛つきを魔術薬作りにぶつけていた。



あの無神経な王太子。

毎日毎日飽きもせず罵りに来ては陰気だなんだとミラジェリアを侮辱してばかり。

仮にも同盟国の王女に対して失礼だとは思わないのか。



初めて言葉を交わした時から積み重ねられてきた鬱憤と苛立ちが遂に暴発間際まできていることを実感しているミラジェリアは、ある一つの魔術薬を作ることに決めた。



【真の姿をさらけ出す薬】



それは、薬に込められた魔力の持ち主にのみ、この魔術薬を飲んだ者の胸の内で語られた言葉が分かるという薬である。



この薬をあの無神経な騒音王太子に一服盛ってやるのだ。

そして、胸の内を探って弱味を握ってやる。

下手したら国家機密すらも手に入れてしまうかもしれないが、いずれは自分が国母になるのだ。

アレと夫婦になることは認めたくないが事実であるため仕方ないし、問題もないだろう。多分。



国際問題になるほどの大問題だが、ミラジェリアは魔術に関するもの以外については大概が大雑把であった。



しかし、あんな王子でも周りからの信頼厚く、多くの臣下に確かな忠誠を誓われ将来を期待されている王子である。

弱味を握って少しは辱めたいたが周囲にわかるような変化を王子に齎してしまったらミラジェリアの評価を落としてしまう。


いくら意に沿わなくても国同士の大切な婚姻。波風立てるなど以ての外。


けれど、それはそれ。これはこれである。


清濁併せ呑むのが王族の務めだとしても人間なのだから個人の気持ちだって大事にしてやらねば、いつかどこかで不具合が起きてしまう。

というか、ミラジェリアは積み上がった鬱憤を晴らしたい。

王族としての矜持など今はどうでもいい。

しかし、そう言って振り切れないのが現実というもの。



では、どうすれば良いか。


簡単である。


バレなければ良い。


要は、周囲にミラジェリアが悪意を持ってアルフレッドに薬を盛ったと思わせなければいいのだ。


その点、この魔術薬は無味無臭。

味や匂いによる不快もなければ毒を疑わせることもなく、効果を実感できるのはミラジェリアのみ。

まさに今回の計画にピッタリの薬なのだ。



では次に、どうやって飲ませるか。


今まで食事どころか茶の席ですら2人で着くことを拒絶してきたため、何か飲食に混ぜて気付かせぬうちにアルフレッドに飲ませることは、ミラジェリアがその機会を作った時点で怪しまれてしまう。



なら、別に自分がアルフレッドに一服盛ったと気付かれてもいいかと考え付いたミラジェリア。

悪意に気付かれなければ薬の一つや二つ盛ったところで問題ないだろう。堂々いこう。


決意に満ちた表情で大きく頷いたミラジェリアは魔術のことでも時には大雑把になる姫なのだった。






次の日。


なんだかんだ毎日文句を言いにミラジェリアの部屋へとやって来るアルフレッド。

どうせ今日も来るのだろうと、ミラジェリアはとある一つの陣の上に立ちながらその瞬間を待った。



今か今かと待ち続けること数刻。

そろそろ足が疲れてきたミラジェリアが理不尽にアルフレッドを脳内で罵倒し始めた頃、また前触れもなく部屋の扉が音を立てて開かれた。


おまえは家内を荒らし回る賊か!と言いたくなったミラジェリアだが流石に同盟国の王族相手に不敬が過ぎるため言葉をグッと飲み込んだ。

それに、今はそんなことを言っている場合ではない。



今日もまた、うるさく文句を吐き出すためにアルフレッドの口が大きく開かれた瞬間、ミラジェリアは行動にでた。


あらかじめ床に書き込んであった魔術陣に魔力を通して発動させ、アルフレッドの元に転移したのだ。

視界に映る距離なら着地場所に対になる陣を置く必要もない。


剣を抜かれる前にアルフレッドの首に両腕を回した姿でミラジェリアが姿を現すとアルフレッドが驚愕の表情で「なっ!?」と口を開けた。



今だ!!



ミラジェリアは片手に握りしめていた丸薬をアルフレッドの口の中へと押し込んだ。



「んむ!?」

「大丈夫。毒ではありません」



吐き出されぬように口元を押さえたまま顔を寄せて告げるミラジェリア。

もっと抵抗されるかと思っていたが何故かアルフレッドはぎこちなく固まり続け、抵抗する姿勢すらみせない。


息が苦しいのか、間近に見える目元が少し赤らんでいる気がするがアルフレッドの褐色の肌では分かりづらい。



丸薬は数秒で溶けるようにしてある。

そろそろいいだろうとミラジェリアが手を離し、距離を開けた途端にアルフレッドから怒声が飛んだ。



「っっつ、何した!?」

「試薬を少し」

「はぁ!?」



悪びれることもなく平然と告げたミラジェリアにアルフレッドは顔を顰めて鋭く睨みつける。

相手が臣下であればその瞳の強さと険しさに膝を震わせたかもしれないが、相手はミラジェリア。

アルフレッドの表情など全く気にせず、さてどうやって辱めてやろうかと内心ほくそ笑んでいた。


しかし、そのにやついた表情はすぐに消えた。

ミラジェリアが脳内で楽しい計画を立てている隙に徐々にアルフレッドの身体に変化が見られたからだ。



何故かアルフレッドの手元から褐色の肌の色がみるみる薄れ数分も経たぬうちにアルフレッドの肌全てが色が抜け落ちたように白くなったのだ。



はて、副作用だろうか。

王子の真の姿をさらけ出すには褐色の肌では不都合があるってこと?



内心首を傾げるミラジェリアだったが未だ現状についていけないアルフレッドは変化した両手を見つめながら叫んだ。



「なんだこれは!?」

「美肌になる薬です」



真っ赤な大嘘である。


予想もしなかった結果ではあるが、丁度良い。

この副作用を利用しようと瞬時に切り替えたミラジェリア。


大雑把なところはあるがミラジェリアは頭の回転が早い。

特に不都合なことを隠すための言い訳に関してはその能力が全力で発揮される。どうしようもない姫である。



「美は女性の永遠の挑戦。欲する者も多いのです。しかしこれは失敗ですね。その者の持つ色を失わせるのは本意ではありません」



続けて言うが、全くの大嘘である。


動揺を露わにしていたアルフレッドも害がないと知ると少し落ち着きを取り戻した。

先ほどよりも抑えた声音で話し始めるも、表情は鋭くミラジェリアを睨みつけたままだ。



「…なら、自分で試せばいいだろう」

「既に私は侍女の手によって、磨かれた肌を持っていますので検証には値しないのです」

《確かに。綺麗な肌はまるで透き通ってるかのようだ》



つらつらと淀みなく紡がれたミラジェリアの嘘八百が頭に響いた声を聞き届けピタリと止まる。



「ならばその侍女に試せばいいじゃねぇか」

「…馴染みのない国から来た姫の得体の知れない物など渡しても困惑させるだけではないですか」



殊勝なことを述べてみたが、いざ検証対象に侍女達が当てはまったらミラジェリアは嬉々として試させる心積もりである。



「はっ!ンなこと気にするくらいなら陰気臭く籠るのやめて少しは周囲にいい顔しろよ」

《やっとこいつもわかってきたか》

「は?」



口から告げられた言葉も脳内に届いた言葉も癪に障り、思わずミラジェリアの眉間に皺がよった。



《いつも言ってるっつうのに。変に誤解されないためにもさっさと部屋から出ろよな》

「ん?」

《それで少しでも俺と一緒にいれば周りの奴らも得体が知れないとか言い出す奴は減るだろうに。っつうかいい加減俺と過ごす時間をちったあ作れ》



思わぬ言葉の数々にミラジェリアの思考が止まる。



(この男は何を言っているの…?)



薬を使っているはずなのにアルフレッドの真意が読めなくてミラジェリアはマジマジとアルフレッドを見つめた。


すると、白くなったアルフレッドの肌が今度はじわじわと赤く色づき始める。

副作用に保護色変化反応でも出たのだろうか。

しかし、白系統で統一されているミラジェリアの室内で赤くなっても逆に目立つだけである。

全く保護になっていない。


ミラジェリアの意識がアルフレッドから薬の副反応へと移りだしたころ、アルフレッドはいつもの声量はどうしたと聞きたくなるほどの掠れ声を上げた。



「な、なんだよ」

《なんだ!?こいつが真正面から俺のこと見んの初めてじゃねぇか?いや、さっきも見られたっちゃ見られたが、っつうか!目ぇでけぇなこいつ!》



悪いか

ミラジェリアが不満げに口を曲げるとアルフレッドの眉間にも皺がよった。



《くっそ!可愛い…っ》



は?

またもや思わぬ言葉が脳内に届き、ミラジェリアはポカンと呆ける。

そんなミラジェリアに気付かぬままアルフレッドはミラジェリアから視線を逸らしたが思考が停止しているミラジェリアは呆けたままアルフレッドを見つめ続けた。


しかし、徐々に険しくなるアルフレッドの表情に今度は首を傾げる。



「おい…。なんだあれは」



どれだ?

アルフレッドの視線の先を追うと先程使った転移陣が発動した名残で淡く光っていた。



「あぁ。先程使った転移陣です」

「は!?転移陣は1人で使用できるようなものじゃないだろ!?元と転移先に対になる陣を描いて複数の魔術師が必要なはずだ!」

「詳しいですね」



アルフレッドの叫ぶ声に耳を塞ぎながらミラジェリアは感心した。

両国の和平が謳われ始めたとはいえ未だ互いの認識は浅い。

武の国の王太子が魔術について知識があることに驚いたのだ。



「んなことはどうでもいいんだよ」

《おまえの国のことだから調べまくったなんて言えるか》

「はい?」

「だから!そんなことよりなんでおまえ1人で転移できるんだよ!?しかも対になる陣がねぇ。それとも誰か他に居るのか?気配はねぇが…」



キョロキョロと周囲を見渡すアルフレッド。

ミラジェリアは合間合間に届くアルフレッドの思わぬ言葉の数々に戸惑いながらも質問に答えた。



「…近距離であれば対になる陣が無くとも視界に入った場所程度なら飛ぶことはできます。室内程度の近距離なら私1人の魔力でも充分です」

「それは、おまえの国の魔術師なら誰でも瞬時に近距離移動ができるってことか」



険しい表情で尋ねるアルフレッドの顔は国を統べる者の顔だった。

だからミラジェリアも和平国の王女として姿勢を正して答える。



「いえ。この陣は通常の遠距離転移陣とは別物。陣は記載された魔術文字をひとつひとつ理解した者が魔力を込めなければ発動しません。そして近距離とはいえ通常の魔術より必要とする魔力が多いため、これらを使用できるのは我が王家の者のみです」



近距離であっても1人で視野の限り飛べるのは、実は圧倒的な技術と魔力が必要である。

平気な顔して熟せるのは魔術の国の現国王かミラジェリアくらいのものであるが、勿論アルフレッドはそんなこと知る由もない。


その王家秘伝の近距離転移術をミラジェリアはアルフレッドを辱めるためだけに使用したのだ。

完全に技術の無駄遣いである。



「一般の魔術師には使用できないと言い切れるのか」

「陣の中に王家の血筋のみに反応する箇所があります。この箇所を損なえば陣自体発動しない。絶対と言っても問題ないかと」



全くもって無駄遣いである。



「ならいいが…」

《やっぱこいつ凄えな…》

「え?」

「両国の和平に不満を持った者や暗殺者に使用できないとわかれば問題ねぇよ。不意をつかれなければどうとでもなる」



頭の中に届いた言葉に聞き返したミラジェリアだがそれを知らないアルフレッドは説明を付け加えた。


その言葉はアルフレッドが魔術の国の者を下に見ている気がしてミラジェリアはムッとしたが、一国を統べたる者どんな出来事にも対応できるよう常に最善を考える必要があるのも事実。

何かのきっかけで和平が崩され、敵対してしまった時のことも考えなければならないのだろうことはミラジェリアにも分かっていた。


だからといって、それくらいでは相手にならないようなことを口に出してほしくはなかったが。



不満げに口を曲げて背を向けようとしたミラジェリアの脳内に、また、言葉が届く。



《つってもあんま周知させねえほうがいいな。こいつの立場が決まりかねている以上、優れた技術は周りの奴らを怖がらせる》



悪かったわね。

胸の内で毒づきながらミラジェリアが振り返るとアルフレッドは未だ視線を陣に向けたままだ。



《余計な不安はいらねぇ憶測がついてまわるし、したらこいつが居辛くなる》



…え?



《こいつの好きにさせてやるには今はまだ知らねえ奴が少ない方が良い。まずはこいつが安全だと周りに知らしめるのが先だ》



まるで危険物のようなことを言われているが、ミラジェリアはその届いた言葉に胸がざわりと波立った。



(皇太子殿下は私が居辛くないようにしようとしてくれている?私の好きにさせてくれようとしながらも?


…私のことを思って、考えてくれている…?)

 


ミラジェリアは騒つく胸の内を抑えるよう胸元を掴むとアルフレッドをじっと見つめた。

すると、アルフレッドはバッと振り向き、また大きな口を開ける。



「つうか!そんな術をたかが薬飲ますために使うな!普通に渡せばいいだろうが!」

「普通に渡して飲んでくれたのですか?」

「事前に説明があればな!」



それは無理である。

貴方を辱めたいのでこの【真の姿をさらけ出す薬】を飲んでくださいなんて伝えたら両国の和平に罅が入ってしまうではないか。



「それに!前にも言ったが部屋にほいほい陣を書くな!」

「何故です?」

「閉め切った部屋にいくつも陣置いた部屋なんか薄気味悪くて仕方ねえだろ!」

《わざわざ使用人に誤解させるようなことすんなっつうのにこいつは何遍言っても…!》



初耳である。

薄気味悪いや陰気だなんだとはよく聞くが誤解を招くことを防ぐための忠告なんてミラジェリアは初めて聞いた。



「…申し訳ありません」

「は!?」

《な、今、こいつ、謝ったのか!?》



いつもは言い返すか無視を決め込むミラジェリアが素直に謝罪したためアルフレッドは大いに驚いた。


騒つく胸の内の正体を見つけようと、じっとアルフレッドを見つめるミラジェリア。

そんなミラジェリアの態度に落ち着きを無くすアルフレッド。



「…っ、わ、わかればいいんだよ」

「書いた陣はすぐに消しますので」

「あ?消していいのか?」

《こんな細かいの、書くだけでも大変だったろうに》



キュン。

ミラジェリアの胸が音を立てた。



「も、問題ありません。必要であればまた書けばいいだけですから。すぐに消させます」

「あー…」



閊えながらも行動に移そうとするミラジェリアにアルフレッドは金の髪を掻いて気まずそうな相槌を打つ。

その不可思議な態度にミラジェリアは首を傾げた。



《陣に慣れてねぇ使用人にやらせるのもな…。消させたことで変に不安にさせてこいつに関する不満を抱かせたくねぇし…》



キュンキュン。

また、ミラジェリアの胸の内で音が鳴る。

今度は2回。



「魔術でサッと消せねぇのかよ」

「陣と反する術を使っても互いの魔術が反発するため何の変化も起こらないのです。なので術を使って陣を消すことはできません。インクを落とすか燃やすか削るか意味のない陣の言葉を付け加えて不発動にするしか…」

「ンな面倒なもんをほいほい部屋に書くんじゃねぇ!!」



床や壁に直書きされた数多の陣の中でアルフレッドの怒声が響いた。



「くそ!!」



悪態をつきながらアルフレッドが廊下に出ると、すぐにアルフレッドの変化した肌の白さに動揺した者たちの声が響いたが、アルフレッドは構わずに使用人に向けて叫んだ。



「おい!!大量の湯と布持ってこい!!」

「あの…?」



ミラジェリアが声をかけるとアルフレッドは鋭くミラジェリアを睨みつける。

しかし、褐色が抜けた肌は真っ赤に染まっていて、睨みつけている瞳の鋭さを損なわせていた。



「ンな不気味なもん下の奴らに触らせんな!おまえが勝手に書いたんだから自分で消せ!俺も手伝ってやるから!」

「え?なぜ貴方も?」

「陣に興味あんだよ文句あるか?」

《くそめんどくせぇが珍しくこいつと話が続いてんだ。こんな機会逃すか》



トクン。

今度は音を大きくして胸の内が鳴る。



《ただでさえ嫌われてるっつうのにちっとも弁解させてくれねぇし。これを機にぜってぇ俺に興味持たせてやる》



トクン。トクン。

高鳴る胸の内にミラジェリアは動揺するも、その音は決して不快ではなかった。



「丁度良い。おまえ、陣の内容を説明しろよ」

《こいつの好きなもんを知ればこいつももっと俺と話す時間を作るようになるかもしれねぇし》



トクン。トクン。トクン。



(彼は、私と仲良くなろうとしてくれている…?)



そう気付いたミラジェリアは胸がくすぐられるような想いで自然と笑みが零れた。



「…はい、アルフレッド様。なんなりと」

「!?」



フワリと咲いた花のような小さな笑みを向けられてアルフレッドは言葉を無くした。

赤く色づいていた肌を更に上気させ、口をぱくぱくと開閉させるがそこから言葉は中々紡がれない。

その代わりかというようにミラジェリアの頭の中には酷く混乱しているアルフレッドの言葉が届いていた。



《な!?は!!??え、今、こいつ、笑…っ!?》



アルフレッドの動揺に恥ずかしくなりミラジェリアの頬も色付き始める。



《しかも今こいつ!初めて俺の名前…っ!》



敵認定していたのだから当然名前も呼んだことはなかった。

意識して呼んだとはいえ、いざ気付かれてしまうと視線を合わせられない。

照れ臭そうに顔を伏せるミラジェリアの姿にアルフレッドは口元を手で覆い項垂れた。



《……っ、めちゃくちゃ可愛い……っ》



頭の中に届くアルフレッドの言葉にミラジェリアは段々居た堪れなくなってきた。

できることならこのまま転移陣を使って逃げ出したい。

だがしかし、対になる陣がなければ逃げたとしても所詮視界に映る範囲。

逃げ場所などない。


更に《抱きしめてぇ!!》と届いたアルフレッドの言葉に遂には両手で顔を覆って蹲ってしまった。








また次の日。


大小様々な形の陣が綺麗さっぱり消え去った部屋で目を覚ましたミラジェリアは、起きてすぐに侍女を呼びつけるとアルフレッドと共に過ごせる時間はあるかと尋ねた。

その時の侍女の瞳はまるで遠吠えフクロウのように綺麗な正円だった。



薬が切れたアルフレッドはすっかり元の褐色肌に戻っていた。



おかしい。


今までなんとも思わなかったその姿が艶やかに光って見えてミラジェリアの胸を落ち着かなくさせる。


白い肌を薄紅に染めて柔らかく相槌を打つミラジェリアの掌を返したかのような姿に訝しむアルフレッド。

しかし、視線は右に左にと揺れていて、よくよく見れば目元が赤い気も。

その姿にミラジェリアはますます胸を高鳴らせる。



「私たちの婚姻…」

「なんだよ」



何を言われると思ったのか、途端に不満げな表情になるアルフレッドを気にもせず、ミラジェリアはニコリと微笑んだ。



「楽しみですね」

「!?」






この日から、誰が見ても王子に想いを寄せていることがわかる姫の姿と何を企んでいるのかと訝しみながらも満更でもなさそうな王子の姿が見られるようになり、ああ次の世も泰平だと周囲の者達は微笑ましく見守ったのだった。






おしまい






大好きな作者様達に紛れてこっそり参加させていただきました。

すなぎもりこ先生、素敵な企画をありがとうございます・:*+.

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