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第一話 アポカリプス

人間を殺戮する自律機動兵器の最後の一機を破壊したその夜、人類は二十一名しか残っていなかった。遺伝的多様性を補完するためパウエナに指令が降る。

人型機動兵器を駆って、墜落した播種船を進むパウエナが見たものとは。

 八メートル級の人型機動兵器二機は、誘導兵器と電磁加速質量砲(レールガン)の弾体を使い果たし、太刀型のクリスタルブレードを抜いた。

 二機は刃でぶつかり合い、黄色い結晶片と共に赤外線から軟X線にわたる光芒を放った。

 クリスタルを構成するガドリニウム()()磁性()結晶()は固いわけではないが、衝撃を加えると表面だけが剥離し相転移を起こす。そのエネルギーがレニウム()浸透()ナノ()カーボン()装甲()を侵食する。

 ここからだと背面が見えるP345(リバース)は、地球最後の自律機動兵器(エグゼキューター)だ。三千余機の自律機動兵器(エグゼキューター)は文明を滅ぼし、最後の一機は人類の生き残りを滅ぼそうとしている。

 P345(リバース)と対峙するのはNA12(フォーチュン)

 鹵獲(ろかく)した自律機動兵器(エグゼキューター)に操縦装置を組み込んだ機体で、代々僕の家に受け継がれてきてきた。これも人類最後の一機だ。

 操縦装置はセンサーの情報を統合して、無線で送信する。

 NA12(フォーチュン)の可視光カメラは、P345(リバース)の肩が大きく膨らむのを感知した。

 僕はそれを見て(・・)、急いで耐熱シールドの裏に駆け込んだ。そして転がりながら戦域通信リンク(FCL)叫んだ(・・・)

「カリト、磁気フィールドを稼働して」

 カリトは、少年兵のリーダーだ。今や大人の兵士は僕だけだ。

「おい、パウエナ。あれ使うと数ヶ月停電だぞ。やつの荷電粒子砲は潰れている」

「早く! 補助腕も荷電粒子砲だから」

「ちい」

 空間をふるわす轟音と共に、空間磁束が七十テスラに達した。目に星が飛び、鉄やクリスタルブレードの欠片など磁性体が磁気フィールドコイルに吸いつく。

 身を隠している耐熱シールドには、二機が手放したクリスタルブレードが刺さって砕けた。

 磁気フィールドも耐熱シールドも、元は塔と呼ばれる宇宙船の構成部品だ。

 NA12(フォーチュン)や、P345(リバース)は武装に磁性体を使っている。クリスタルブレードならパージすれば良いが、荷電粒子砲はそうはいかない。

 思った通り、P345(リバース)の補助腕は磁気に引き出されて捩れた。

『フォーチュン、敵の補助腕を破壊して』

 僕はNA12(フォーチュン)に命令する。操縦装置といっても、腕の上げ下げまでコントロールするわけではない。どちらかといえば指揮統制装置に近い。

 NA12(フォーチュン)は、姿勢を崩すP345(リバース)につかみかかった。P345(リバース)は脆弱な補助腕を、主腕で守ろうとする。

 疎かになったP345(リバース)の脚部に、NA12(フォーチュン)は重い蹴りを入れた。

 P345(リバース)は、地響きを立てて背中から転倒した。自律機動兵器エグゼキューターの転倒は、回復に重整備一回を要する有効打だ。

 NA12(フォーチュン)は横たわったまま動けないP345(リバース)に、追撃の蹴りを喰らわす。

 荷電粒子砲を搭載した重い右補助腕が千切れ、磁気フィールドコイルに向けて地面をゆっくりと転がる。

「磁気フィールド、あと九十秒」

 カリトが緊張した声で、装置の残り稼働時間を読み上げた。

『フォーチュン、先に相転移炉を狙って』

 僕はNA12(フォーチュン)に、優先攻撃対象の変更を伝える。

「おいパウエナ、荷電粒子砲はまだ残っているんだぞ」

 カリトが意図を訝しんで、口を挟んだ。

 NA12(フォーチュン)は外れた補助腕の根元に、左主腕を突き込んだ。荷電粒子砲に陽電子を搬送する経路的に、補助腕の根元が相転移炉だ。

「カリト、自爆されれば人類が絶滅する」

「自爆! 自律機動兵器エグゼキューターが自爆するかよ」

「するよ」

 それは、NA12(フォーチュン)の人工人格と十年付き合った上での確信だ。人工人格は予想以上に柔軟で、遵守条件でさえ勝手に並べ替える。

 自律機動兵器エグゼキューターP345(リバース)は、最後の一機という自覚がある。それが守勢に立たされれば、自己破壊も厭わないだろう。ましてや人類絶滅という目的も果たせるのだ。

「磁気フィールドに干渉あり、やつは荷電粒子砲を撃つぞ」

 カリトが絶叫する。

 磁気フィールドの中で荷電粒子砲を撃てば自滅だ。

 だが不利的状況を打開できるのならば、自律機動兵器エグゼキューターはそれを選ぶかもしれない。

『フォーチュン、急いで』

 そう一方的に指令すると、耐熱シールド裏に伏せてガンマ線の奔流に備えた。

 実戦は詰将棋ではない。どれだけ計を尽くしても、運で負ける。

 祖父も父も姉もそうだった。戦いの中で死んだが、破壊した自律機動兵器エグゼキューターが多いので賞賛された。僕は四機破壊した。P345(リバース)を仕留めればエースになる。これ以上望むことはない。

 P345(リバース)の補助腕から、陽電子ビームがほとばしる。それは磁気フィールドにより渦状に偏向されて、まずは補助腕自体を消滅させた。そして反物質のつむじ風はNA12(フォーチュン)の右腕と頭部に叩きつけられて、構成物質を高エネルギーの光子(フォトン)に変えた。

 おもちゃ箱をひっくり返したようなエネルギーの放出によって、操縦装置との接続が断たれた。目を閉じても瞼を透かす閃光が塔近辺に陰影を刻み、空間線量計が狂ったように上がり続ける。

 負けただろうか。

 いや勝った。

 わめき散らす衝撃波の中に、低周波の振動が紛れ込んだ。相転移炉の格納容器が割れて、特異点が地球に落ちた音だろう。

 まもなく光の洪水は終わったが、NA12(フォーチュン)の操縦装置と通信が回復しなかった。

「カリト、フォーチュンとリンクできない」

 そう戦域通信リンク(FCL)に伝えると、衝撃波で(かし)いだ耐熱シールドから這い出した。

「帯電しているだけだ。放電索が溶けている。放射性降下物(フォールアウト)があるから逃げろ」

 ここからではキノコ雲はよく見えないが、塔の観測所から望遠鏡で覗いているカリトには戦場の全貌を観測可能だ。

 耐熱シールド裏から這い上がると、衝撃波で倒れた二輪(バイモット)を起こした。白色の塗装は何ともないが、熱線に打たれて片側だけが熱い。物理キーを差し込むと、問題なく主電源が入った。

 塔の方に逃げる前に振り返り、NA12(フォーチュン)を見上げた。荷電粒子砲の直撃を受けた右下腕と頭部が無くなっている。他は強烈なガンマ線を浴びても問題がないように見えたが、おそらくNA12(フォーチュン)はもう戦えない。戦う相手もいない。

 アクセルを回すと、塔に向かって荒廃した道を進む。時速八十キロで十分ほど走ったところで、NA12(フォーチュン)の操縦装置と通信が回復した。

 念のためだがテレメトリを確認する。


 中核装置

  操縦装置    問題なし

  人工人格    問題なし

  戦闘知能    問題なし

  相転移炉    問題なし


 破損部分

  頭部      全損

  腕部      右下腕全損


 武装

  誘導兵器    弾体なし

  荷電粒子砲   陽電子導入部損傷

  電磁加速質量砲(レールガン) 弾体なし

  ブレード    喪失

  レーザー砲   三門稼働


 その他      放電索焼損


 思ったより中核装置の損傷は少ない。

「パウエナ、フォーチュンは動くみたいだな。重力異常(アノマリー)の計測をしてくれ」

 モニターしていたカリトが、めざとく通信回復に気がついた。

「シャットダウンするところだった」

 自律機動兵器(エグゼキューター)は稼働停止しないが、人工人格はメンテナンスのために眠らせる必要がある。

「自力で整備場に移動させてくれ。もう自動運転トレーラー(カーゴ)は無いんだぞ」

 カリトはうんざりとした口調で、要請する。

 自律機動兵器(エグゼキューター)と人類の戦争は、決戦から拠点と支援機の潰し合いに移行した。

 結果インフラは燃やされ、移動機械も二輪(バイモット)を除いて破壊され尽くした。人型機動兵器は歩くしかない。

 自律機動兵器(エグゼキューター)最後の拠点は、先日数百発の巡航ミサイルで破壊したところだ。

 それで塔の場所が露呈したが、P345(リバース)は、降下母艦も輸送機も輸送船も鉄道も自動運転トレーラー(カーゴ)も使えず、海底を歩いてきた。

重力異常(アノマリー)は、マントルを落ちている」

 二次元重力検知器の粗いプロットを、地球構造図に重ね合わせる。

 相転移炉の核心となる特異点は、宇宙の位相的欠陥だ。膨大な質量を持つそれを反重力クランプで抑え込むが、炉体が壊れれば特異点は裸の重力異常(アノマリー)となって天体の中心核に落ちる。地球の寿命は縮むが、太陽の寿命に比べれば大したことはない。

「そうか、これで終わりだな。おめでとう、パウエナ」

 カリトは僕を労った。


 その夜、塔の天文台で僕はポート司令官に戦闘の報告をした。

「カリトら少年兵に、フォーチュンの整備を命じたと聞きました。レニウム()浸透()ナノ()カーボン()装甲()がガンマ線で放射化しています。もう戦争は終わったんですよ」

 僕は司令官に抗議した。

「終わってないよ、パウエナ。生き残りは何名だ、いってみな」

「二十一名です、司令官。人類最後の二十一名です」

 天文台からは真っ暗な太平洋と、天頂からこぼれ落ちる天の河銀河が見える。磁気フィールドを使ったせいで塔の反物質トラップは空になっており、生命維持に最低限の電力以外は供給されていない。

 塔が明かりを消すと、他に明かりを灯すものはウミホタルぐらいしかいない。

「二十一名では人類という種を維持できない」

 司令官は嘆息した。

 確かに両親の代には数万人が地下都市に暮らしていた。それに比べれば少ないが、生き残ったことに意味がある。

「母のように子供を産みます」

 恋をしたこともないくせに、僕は偉そうなことをいった。

「パウエナ、何歳だ」

「二十三歳です。遅すぎることはないはずです。すこし年長ですが魅力に欠けるとは……」

 そう言って僕は栗色の前髪を掻き上げる。姉の真似をした唯一のおしゃれだ。

 だが苦しい言い訳だ。両親は子を産んでから、戦場に立った。まだそうする余裕があった。僕は十五からずっと、NA12(フォーチュン)の隣だ。

「兵士としては遅いさ。パウエナは卵子を凍結保存していないのだろう。今までの積算被曝線量は何ミリシーベルトだ?」

「それは……」

 計算すらしていない。

「どちらにせよ、二十一名では遺伝的多様性に欠く。今でも生き残りほとんどが親戚のようなものだ」

 祖父と父は北アメリカ大陸から逃れてきた異邦人だ。母はそこに魅力を感じたといった。遺伝的多様性はよくわからないが、そういうことなのだろう。僕が恋をしなかったのは、生き残りが血縁だからかもしれない。

「それで、何をするつもりなのです」

 その時、地震があった。長周期のゆったりとした揺れだ。

「特異点が中心核に落ちたか」

「はい。時刻通りです」

 戦域通信リンク(FCL)のタイムコードを参照する。

「塔が播種船の先端なのは知っているだろう」

「はい。白銀の冬号です」

 地球を見捨てた人類がルイテン星に飛び立ったのは、三百年前の話だ。だが同時にそれを阻止する勢力が、自律機動兵器(エグゼキューター)を投入した。四隻の播種船のうち白銀の冬号は地球に墜落した。

「本体と機関はマントルの中に沈み込んでいる。本体部に本来の目的である遺伝子ライブラリがある。そこから遺伝的多様性を取り戻す鍵を持ってきてほしい」

「鍵とは?」

「わからない」

「そうですか。では、フォーチュンが修理され次第出発します」

 いろいろな言葉を飲み込んで、僕は承諾した。


 探索をはじめて十日目。もう二百キロメートルは降下しただろうか。マントルに陥入(かんにゅう)しているというのに、播種船の内気温は少しも暑くならなかった。

 塔、すなわち播種船が中継してくれても良さそうなものだが、通信は途絶してしばらく経つ。

 自律機動兵器(エグゼキューター)を運用するために作られたかのような直径十二メートルのナノカーボンカーボン(NCC)製トンネルが、ひたすら垂直に続く。照明はなく真っ暗だ。

 スラスターで緩降下できれば容易いのだが、推進剤となるキセノンが播種船内で見つかるとは限らない。そこで壁面に彫られた自律機動兵器(エグゼキューター)用としか考えられない大きな梯子を伝って降りている。

 途中二十キロメートルごとに、隔壁がある。

 NA12(フォーチュン)は、隔壁扉に着底すると十二門のレーザー砲を照射し始めた。扉を構成するレニウム()浸透()ナノ()カーボン()装甲()が緩慢に削り取られていく。

 P345(リバース)は荷電粒子砲でNA12(フォーチュン)から腕と頭を奪ったが、修理のための部品にもなった。頭と右下腕はそのまま付け替えた他、生きているレーザー砲も移植した。

 その他、長距離探索のため整備用品や僕の糧食を括り付けるためのケージを背中に取り付けた。僕もその中で横になっている。体力温存のためだ。

 二十キロメートルを降下するのも、隔壁扉を破壊するのもとにかく時間がかかる。

 寝てしまった僕を、NA12(フォーチュン)戦域通信リンク(FCL)経由で起こした。

 隔壁扉の破壊に成功したようだ。

 操縦装置で起こさなかったのは優しさだろう。どちらも脳に接続されていることには違いないのだが、結合の疎密が違う。

『フォーチュン、次は無重力ブロックだからスラスターを使って』

 こうして地図まで詳細に残っているのに、どうして自律機動兵器(エグゼキューター)は播種船に攻め込まなかったのだろう。

 ともかく、船の中核まで辿り着いた。

 NA12(フォーチュン)が切り取った扉を押すと、巨大な装甲片は空中を漂った。僕はケージのワイヤにしがみつく。

 足元には広大な球形の区画が広がっていた。湿気が高く白くけぶっていたが、全面を彩るのは暴力的なまでの緑だ。

 木々は球体の壁面内側から生え、無重力にも関わらず徒長せず、むしろ壁面を這っていた。

 球体の中心には小さな別の球体があり明るく光っている。人工太陽といえるほどは明るくない。

『フォーチュン、中心部の球体は何?』

 NA12(フォーチュン)は、球体を直径三百メートルのタングステン構造物と推測した。ただの光源ではないようだ。

『フォーチュン、中心部の球体に近づいて』

 頭頂高八メートルの人型機械、その腰部のスラスターが小さく振動して、無重力空間に乗り出した。

 視界が白くなったが暑くはない。発光は近赤外線から近紫外線までの領域だ。そのうち赤外線映像装置が、球体に一つ穴が空いていることを発見した。

『誰かいるみたい』

 拡大した映像情報からは二人の大人と一人の少女が浮いている。播種船の中で人間が継代していたのだろうか。

『フォーチュン、あの人たちの近くに行って』

 ん? NA12(フォーチュン)からの反応が一寸遅かった。

 どうやら人たち(・・・)ではないようだ。

 その意味は近傍に近づいて、NA12(フォーチュン)が発光球との相対速度を殺してからわかった。

「アンドロイド、そして獣の娘?」

 整備用のアンドロイドは人類も保持している。自己整備可能だし人型機動兵器を維持するにも必要だ。

 そして少女は人の子のように見えて、尻尾があり毛むくじゃらだった。少なくとも人間ではなかった。

読んでいただいてありがとうございます。


これは「大逆の魔術 暴虐の魔術師ユユイラ=レインと百合堕ちの姫」を書いている途中で、SF欲が昂進して生み出されたものになります。

そういう訳で、プロット固まってないので連載に踏み切るかは分かりませんが、楽しんでいただけたなら幸いです。

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