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最強魔術師は無職です  作者: 十字たぬき
奇妙な双子

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9/73

3




「あれ? なんか嫌な予感がするな……」


 クロは読んでいた本を閉じてそう言った。


 酒場『メロウツリー』は本日休業。

 酒場の店主の孫であり、普段からここで給仕として働くアンナは、椅子の脚を拭いていた手を止めて顔を上げた。


「虫の知らせみたいな感じですか? クロさんが言うとなんか怖いですね」


 魔術も石版もよくわからないが、あるものは便利だから使う。その程度の認識しかないアンナだが、クロが時折魔術で不思議な事をしているのは知っている。


 普段はそれも忘れて『粗暴で陽気な酔っ払いの客の一人』としてしか認識していないが。


「ああ、アイツか。アンナちゃん、そこ危ないかもしれないから、もう少しこっち寄って」


 クロはアンナを手招きした。何故危ないのかわからないが、アンナが素直に従いクロの側まで来たところで、乱暴に店のドアが開いた。


「やあ! クロ! 久しぶり!」


 声は届くが、店内から声の主の姿は見えない。

 ドアを開けて、半身を店内に入れたのは白い馬だったからだ。


 すると、白い馬は掃除中の店内の埃を吸って盛大にくしゃみをした。あたり一面に、唾液が霧状になって噴射される。


 あたしがさっきいた場所だ。

 アンナは馬の唾液でキラキラした床を見ながら、ぼんやりとそう思った。


「取り敢えず馬置いてこいよ、店の裏空いてっから」


「わかった、ありがとう」


 声の主に手綱を引かれて、馬が去っていく。


 クロはお金を払ってメロウツリーの二階の空き部屋を利用しているし、女二人で営業をする酒場には防犯的な意味で貢献している。


 しかし、客である事には変わりない。


 勝手に庭を案内するし、本日休業であるにも関わらず先程の人物を招くようだ。

 店側の人間として、文句の一つや二つ、クロに言ってもいいものだが、アンナは消極的な性格が故に文句など言えなかった。


 それに加えて運動音痴を自覚しているので、住居部分である二階に慌てて避難をするより、ここで静かに気配を消して空気と同化する事をアンナ選んだ。


「クロ! 元気そうでなによりだ」


 馬を繋いできたレオが、陽気な声を上げながら店に入ってくる。


「レオ、お前ちゃんとドア閉めろよ」


 ドアを言われた通りに閉めたレオの美貌を見て、アンナの気配はより希薄になった。


「また()で俺を探し当てたのか?」


「そうさ。心の声に従えば、自ずと道は拓けるのだ」


「お前の構造、マジで意味不明だわ」


 レオは、クロのように石版等の媒介を無しに魔術が使える訳では無い。

 なのにも関わらず、こっちにクロがいる気がする、と当てずっぽうに進み、本当に訪ねてくるのはこれが初めてでは無かった。


「で、今回はなに?」


 レオはクロの向かいの席に腰掛けると、語り始めた。


「最近仲良くなったラルム殿がな、領地にある屋敷とそこに残してきた娘を大層心配されてる」


「へえ」


「屋敷の者からの手紙に、不穏な事が書いてあったそうだ」


「へえ」


「だから、僕はクロを連れて様子を見に行くことに決めた」


「いや、行かねぇし」


 クロの返事を聞いて、レオはなんで、とでもいうように顔をぽかんとさせた。


「俺が行く意味がわかんねぇ」


「僕は頭を使うのが苦手だからな。物事をきちんと考えられる人間がいた方が、なにかあった時のためにいいだろう」


「お前がバカなのは知ってるけど、俺関係ねぇじゃん」


「関係あるよ。君は僕の友人だ」


 レオと会話が上手くいかないのは、今に始まったことでは無い。クロは大きく息を吐いた。


「そもそも、不穏な事ってなんだよ」


「それを調べに行くのだ」


「………………」


 つまり、情報は一切ない。クロはここでやっと、レオの暴走だと察した。


「なんにしても俺はいかない。俺は働くのが嫌なんだ。自由を愛してる」


「そうか。……そういえば、クロが喜ぶと思って途中で買ってきたんだ」


 一冊の本を取り出しながら、レオは残念そうに言った。しかし、その本の表紙を見た瞬間、クロの目の色が変わる。


「それは!! ロベルト先生の新作か!!!!」


「いいんだ、クロ。君が自由を愛す者だと知っていながら、押しかけてしまった僕が悪いんだ」


 別にレオは、本をエサにクロを釣ろうとした訳では無い。しかし、本だけ貰って何もしないと言うのはクロの流儀に反する。


「いいよ、ついてくよ。でも、ついてくだけだからな。俺は全力でその本を読むから、お前が動けよ。俺は何もしないぞ」


「本当か! ありがとうクロ!」


「今すぐ行くぞ。場所はどこだ」


 地図を出したレオが説明を始めると、二人の姿はその場から忽然と消えた。






 空気と化していたアンナは、やっと緊張から解放される。


「アンナー! 庭にいる馬はなんだーい!?」


 朝から出かけていた祖母の声がアンナの耳に届く。


「あ……馬置いてっちゃったんだ」


 何処に二人が消えたのアンナにはわからなかったが、戻ってくるまで自分が馬の世話をする事になると気づいて、静かに溜め息をついた。

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