とある少女の話 2
幼いティナは、高熱で生死の境を彷徨っていた。
死に近づいた時、『沙奈』として生きた前世の記憶を思い出した。
「嫌だよ……死にたくないよ……ばあちゃん助けて……」
ティナと沙奈の精神が混ざり合い、ティナは思わず虚空に手を伸ばした。
ティナの視界が端から白くなっていく。
「いやだ……ばあちゃん……ばあちゃん……」
真っ白い世界でティナが絶望した時、伸ばした手が温かい何かに包まれた――――
「ばあちゃん……!!」
記憶と同じぬくもりにティナが安心したと同時に、彼女は自分に不可思議な力が流れ込んでくるのがわかった。
十四歳までの生きた記憶しかない彼女には理解も及ばないものだったが、手のひらを包むぬくもりが彼女を恐怖から遠ざけた。
「……なんだかわからないけど、多分私なんでもできる気がする」
ティナの視界が現実を捉えた時、彼女はまず身体を蝕む熱を無くした。徐々に思考も軽くなっていき、淡く光る自身の手のひらを見つめて彼女は決意した。
「私、ばあちゃんの所に帰るんだ!!」
――――しかし、その願いは叶わぬものだった。
望めば、食べ物でも金でもなんでも生み出せる異常な力。しかも対価が一切ない。それだけで普通なら喜べるようなものだが、ティナの願いはそこになかった。
日本で幸せだった頃に帰りたいといくら彼女が願っても、それだけは叶わない。
せめて、ばあちゃんがこっちにいてくれたら。
ティナはそこに希望を見出したが、同時にそれを願いにしていいものか悩んだ。
みんなに囲まれて幸せそうだったばあちゃん。ばあちゃんがいなくなれば多くの人が悲しむ。
価値の無い自分ひとりの為に、日本じゃ無いどこかへ呼び出すのは駄目だとティナは思った。
考える時間が欲しいと思ったティナは、まず家族を捨てて一人になる事を決めた。
ティナの人生でも、彼女の親は母ひとりの片親だった。子どもに貧しい思いをさせない為にと家の外で働く母親は出来た親だったのかもしれない。しかし、外でのストレスを家に持ち込まれて、日々親の顔色を伺う生活はティナにとって、とても苦しい事だった。それでも子どもの本能で、親に認めて欲しい、愛して欲しいと願ったティナは、沙奈の記憶が混ざった事で価値観を変えた。
彼女は沙奈としても日本で母親に同じように感じていたし、ばあちゃんが与えてくれる温かさが正義なのだと信じて疑わなかった。
一人になり、ティナは世界を見た。
地球のようで地球でない星。
人や動物が生きる世界には変わらないのに、地球ではあり得ないゲームに出てくるようなモンスターがいる。
日本列島もなければ、勿論ユーラシア大陸もアフリカ大陸もない。
文明的には、沙奈が中一の時に授業で習った初期の産業革命に似た光景も見受けたが、その大陸の周囲の海域には多くのモンスターが潜んでいる。他の大陸へ技術が伝播する事もなく、ティナが生まれた国では遥かに文明が劣っていた。それが地球のどの時代に近いかなどは、ティナにはあまりわからなかった。
ただ、ひとつ彼女がわかった事がある。
この星でも、地球と同じように人が社会をつくって生活し、各個人には感情があり共同生活するためのルールがある。
ならば、ばあちゃんをこの世界に呼んでもそこまで苦労させないだろうとティナは思った。ばあちゃんであれば、誰からも好かれるから生きるのには苦労しないと謎の自信すらあった。
子どもなりに考えた上で自分を納得させる答えを見つけると、ティナは早速地球からばあちゃんを呼び出す願いを唱えた。
「あの時作った肉じゃがは駄目になっちゃったけど、ばあちゃんが来たら今度こそ私が料理を作って食べてもらうの」
沙奈の面影の無い金髪のパサついた髪を指でいじりながら、ティナは唄うように理想の未来を語る。
「ばあちゃんは料理が得意だったから、一緒に作るのもいいなぁ。たくさん教えて貰って、毎日一緒に食べるの」
それは、彼女が本当は母親に望んでいた願いだったのかもしれない。
「だから、お願い。ばあちゃん一緒に私と暮らそう」
小鳥が囀ような声で、ティナは声を楽しげに宙に飛ばす。しかし、その願いが現実となることはなかった。
「……なんで。やだ。やだ。やだよ」
幼いティナの記憶と思春期まで生きた沙奈の記憶が混ざれば、沙奈の思考が優位に立つのは当然とも言えた。だからこそ、目の前にある世界で沙奈の記憶を持ったままティナは一人で生きていく勇気がなかった。
「ばあちゃんが駄目なら! 圭ちゃん! あの時私に声を掛けてくれたのは圭ちゃんでしょ!? また私に声を掛けて、ばあちゃんを呼んで!!」
ティナが叫んだ瞬間、世界に光が飛び散った。
取り乱すように思いつくままに言った願いは、ティナが予期することなく世界に許可された。
「…………え? 圭ちゃんは、来てくれたの?」
望んだばあちゃんではない。けれど、ティナは一人で寂しくこの世界を生きるならば、ばあちゃんの孫である圭が来るだけでも心強く思えた。
光の残滓を追いかけて、ティナは圭の元へ向かう。
「圭ちゃん! 圭ちゃん!」
ティナは喜びに満ちた顔で国を超え、大陸を超え、木々に囲まれた森でその人物を見つけた。
「……まじで此処どこだよ」
森の中で一人呟く一人の男子高校生。
空の上からティナは彼を視界に入れて、またも絶望を味わう事となった。
「圭ちゃんだけど、圭ちゃんじゃない」
ティナの記憶では、圭は受験に控えて髪を短く整えていた筈なのだ。ここにいる彼は、年頃の男子高校生らしく前髪や襟足を伸ばしている。身長だってティナの記憶よりも少し小さい気がする。
「あの圭ちゃんはいらない! お願い! 私の知る圭ちゃんがいいの! お願い!!」
圭には声の届かない遥か上空で、ティナは必死に願いを叫ぶ。喉を痛めるまで叫んだ。口の端が切れる程、からからに乾くまで思いを込めた。
しかし、世界がそれを受け入れる事はなかった。
自身を知る彼ではないが、一人よりはマシかもしれないと思いティナは圭の元へと向かった。
話しかければ声の届く範囲まで来て、ティナは考えを改める。
――――本物の圭ちゃんが来た時に邪魔になっちゃうかな。
極度のストレスと、幼い少女の脳では現実には耐えられなかった。いずれ自分の願いは叶うという空想に囚われたティナは、その場を去ろうとして一度だけ振り返った。
ティナの視界の先では、クロが膝を抱えて寒さを凌ごうと震えている。
「ごめんね。同じ力をあげるから、偽物の圭ちゃんも頑張って生きて」
同情から、ティナはクロヘ力を分け与えると今度こそその場から去った。




