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「俺の、大事な人をこの時代に連れてくる」
クロが絞り出すようにして零した言葉は、まるで愛する人を連れてくるかのように響いた。しかしそれが誰を指すのか察したレオは茶化したりなどしなかった。
「ロベルトの事だな」
「うん」
「いいのか? 君は過去に別れを告げたのだろう?」
「そう。その筈だったんだけど、気になって見ちゃったんだよなぁ」
苦虫を噛み潰したような表情でクロは唸った。
時間を巻き戻してクロが存在しない世界で、その後知り合い達がどうなったのか彼は気になって過去を覗いたのだ。
誘拐事件でメアリーは多額の身代金と引き換えに解放されていた。傷物になったと一時噂されたようだが、そんな事で怯む公爵家ではなかった。その後戦争は起きるものの、当時の王家側が勝利しレオナルドは無事王となりメアリーも王妃となった。
ロベルトはというと、あれからすぐに死んだ。盗賊紛いの事をしてアレン含む集落の子ども達と共に息絶えた。
その事がクロを悩ませた。
幸せになってくれていたらよかった。そこに自分がいなくとも、笑って過ごしてくれていればいいとクロは願った。だが現実は非情で、スラム出身の子ども達が集まったところで良い結末になどなりはしない。
魔術で生き返らせようとクロは咄嗟に思ったが、何度も死を経験した事で壊れていったロベルトが脳裏に浮かんだ。その事に彼は恐怖する。それでもクロは、ロベルトをこのまま不幸なまま終わらせたくないと思った。
神になった気で人の生死を操る事は人道的にしてはならないと思う反面、クロの中で、笑って泣いて怒って肩を叩き合った日々が忘れられないのだ。
不安しかない異世界で、共にいてくれた大切な友人。娯楽の少ないこの世界で、いつか彼の描く世界を作品を読むんだとクロは思っていた。
「卑怯だけど、俺は好き勝手生きるって決めたんだ」
そう言い切るクロの声が、決意したというよりも自分自身に言い聞かせるようにレオには聞こえた。
「ロベルトの記憶はないままでいい。先に、ローラに声かけに行く」
レオがローラとは誰か思い出す暇もなく、彼の視界は光に包まれた。
二人が目を開けると、場所は先程までのレオの部屋では無かった。
クラシックだが、高級感漂う屋敷の一室。そこにランプの灯りにほんのり照らされた使用人の格好をした女が立っている。クロが生きる世界線での決戦前夜の公爵家に二人はタイムリープしたのだ。
「レオナルド様……!」
クロの横に立つレオを現皇太子と勘違いし、侍女のローラは頭を垂れた。勘違いされた本人は、初めて体験する普通ならば有り得ない魔術に興奮したままフリーズしてしまった。
「ローラ、違うんだ。未来から連れてきたレオとメアリーの子孫だよ」
その言葉にローラは視線のみを恐る恐る上げる。暗い中でも、白金色の頭髪を見ればレオナルドではないと彼女は判断出来た。
ローラは一度深くレオにお辞儀をすると、クロに向き直った。
「クロ様、お疲れ様でした。王家の血が引き継がれたという事は戦争に勝ったのですね」
「うん、戦争には勝つ。でもロベルトは死んだ」
クロの言葉にローラは一瞬目を見開くが、次の瞬間には何事も無かったかのように目を伏せた。
「そうですか。ロベルトは国のために散ったのですね」
ローラの言葉にクロは声を失った。クロの脳裏に浮かぶあの光景には、国の為に散る兵士など一人もいない。あれは、狂気で苦しむ人の成れの果てが蠢く地獄だった。
クロは頭を振って意識を目の前に向ける。今は後悔する時じゃないのだ。彼は自分の為に、好きに生きると決めてここへ来たのだ。
「俺はこの時代からかなり先の未来で生活してるんだけど、そこでロベルトを生き返らせようと思うんだ。戦争もなければ凄い発展してるし、今度こそロベルトには作家になって欲しいと思って」
「そうですか。……お二人の幸せを願っております」
ひどく羨ましげな視線をクロに向けたローラだったが、瞬きをするとその感情を隠し公爵令嬢の侍女として事務的に言葉を発した。
「ロベルトはきっと一人じゃ不安だから、ローラ、アンタにも来て欲しいんだ!」
『アンタ』と言う言葉は、いくら勉強をして知識を身につけても変えなかったロベルトの癖だ。それをクロに垣間見て、ローラは今度こそ目に涙を浮かべた。
「行けません、私はメアリー様の侍女です」
「メアリーだって分かってくれる!」
「私がメアリー様の侍女として――――」
「行きなさい」
二人の言葉を遮るように、凛とした声が響く。
真紅のドレスを纏ったメアリーが、部屋を区切るカーテンから姿を現した。
「メアリー様!」
「行ったらいいじゃない。貴女がいなくなったってなんとでも理由なんかつけられるわ」
「でも―――」
「お黙りなさい。私は次期女王よ? 私が赤と言えば赤なの」
言い切ったメアリーを見て、クロは顔に喜びの色を浮かべた。
「メアリー!」
「貴方、私の子孫なのですって? レオナルド様にそっくりね」
クロをスルーして、レオの側へ寄るとメアリーは恥ずかしくも嬉しそうに彼の顔を眺めた。
「貴方達が幸せに暮らせるよう、女の身でも頑張るからね」
一言レオに告げると、今度こそメアリーはクロへ視線を移した。
「私の可愛いローラを悲しませないでよね」
「うん! メアリーとレオナルドも元気で!」
「ええ、貴方達も」
別れの言葉と共にクロ達三人の身体を淡い光が包む。
「そういえば、俺メアリーの子孫と付き合うかも?」
「ふぇえ!?」
突然のクロの言葉にメアリーは淑女らしからぬ声を上げる。メアリーは自身の子孫だと言うレオを見つめるが、レオはこの場に来た時からフリーズしていて使い物にならず、その表情からは何も読み取れない。
「俺の事好きなんだって。まだよくわかんないけどさ、俺も好きになりそうだなーって思ってる。メアリーに似た可愛い子だよ」
嬉しそうに言った言葉だけ置き去りにして、クロは既に光と共にその場から消えていた。
「最初から最後まで変な人」
静かな部屋でメアリーは一人呟いた。最初といえば、初対面のクロに平手打ちをかました事をメアリーは思い出した。彼女が人に手をあげたのは、先にも後にもそれだけだ。
ふと気になり、軽く仰いで自身の匂いをメアリーは確認する。
「……大丈夫、臭くないわ」
ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべると、窓の外を見つめ彼女は静かに呟いた。
「どうか、幸せにね」




