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「停めてくれ」
「まだここは商業区――――」
「いい、停めてくれ」
レオは突然従者に無理を言って、貴族街まで距離の離れた平民の商業区域で馬車を停めさせた。
突如停車した豪華な馬車。
しかも従者を置き去りにして中から貴族のいでたちをした美青年が現れたものだから、辺りは騒然となった。
カツカツとブーツの底を慣らし、レオはある場所で足を止めると通りに響く美声で感嘆の声をあげた。
「やっと見つけた」
レオから距離はあるものの、真っ正面にいた少女が顔を真っ赤にして失神した。
その様子に気づかぬまま、レオは焦れて腕を伸ばすと見えない何かに触れたのに気づいた。
『……え、なんで気づいたの? 怖っ』
姿は見えないが、レオの脳に探していた青年の声が響いた。歓喜で頬を上気させるが、次の瞬間には手に触れていた筈の青年が消えた事に気づいた。
「逃さないぞ! 絶対に見つけてやる!」
力強く声を上げると、急いでレオは馬車に戻り貴族街へと向かった。道中、馬車の小さな窓から外をじっと見つめて違和感を探すが、例の青年は見つけられないままレオを乗せた馬車は王都の別邸へと着く。
迎えた家令の男は、端的に今後の予定を告げると疲れているであろうレオに労いの言葉を伝えて早々に立ち去った。
「一人になりたい」
そう言ったレオの意を汲んで、彼の自室から使用人が退室していく。人の目がないのをいい事に、レオは深くソファに腰掛け体重を預けた。だらしない体勢のまま目を閉じて一人言ちる。
「今度こそ捕まえたと思ったのに」
「いや、普通に考えて怖いでしょ」
あるはずのない返事に驚きレオが目を開けると、向かいのソファに探していた青年が腰掛けていた。以前見た鎖帷子を着た兵士姿ではなく、髪の色と同じ全身真っ黒の出立ちで青年はレオを見つめている。
「どうやって俺を見つけたの?」
「神の思し召しとでもいうのだろうか」
「神さまはいないよ」
「むむ、そうか。であれば、僕の勘がそう告げたのだ」
「勘? まじで意味わかんねえ」
そう言って青年は乾いた笑いを零した。
「僕はレオ。レオナルドではなく、レオだ。君の名前は?」
「…………クロだよ」
いつまた消えるのか警戒していたレオだったが、クロから返事が返ってきた事でその顔に喜びの色を浮かべた。
「知ってる場所色々行ってみたんだけどさ、まぁ行く宛もないしアンタに少し付き合うよ」
「そうか! ありがとう! ならばすぐに部屋を用意して――――」
「得体の知れない奴を客として扱ってくれるのか?」
そう言われてレオは口を噤む。彼にも友人はいるが、貴族で親の繋がりがある身元が特定された者だけだ。身なりからして平民であるクロが、素直に言って屋敷の者から受け入れて貰えるとも思わなかった。
どうしたものかとレオが考えていると、クロは立ち上がり室内をウロウロし始めた。その様子を見ながらも思考を回転させるが、レオにはいい案が思いつかない。
すると、クロは部屋の端に立ち床を指差した。
「ここにベッド置いていい?」
「いや、待ってくれ。ここは僕の実家だが父の所有物なのだ。僕がよくても周りを納得させる理由がまだ見つかってないんだ」
「その辺は魔術でなんとでもなるから、アンタが良けりゃそれでいいよ」
そう言ってクロはその場から姿を消した。
次の瞬間には、レオの向かいのソファへまた腰をかけて勝手に用意したカップで紅茶を飲んでいる。
「そうか! 君は素晴らしい魔術が使えるんだったな! 僕以外がわからないのであれば、どこに何を置いてくれても構わない!」
魔術とは、スクロールや石版を用いて少しの水を流したり灯りをつけたりするだけの物。便利な力ではあるが、到底夢のあるような事は出来ない。
新築を建てるときには設計士が魔術式者を呼ぶし、魔術式を研究するいくつかの機関も存在していると聞く。
それがレオの魔術に対して持つ知識だ。しかし、目の前のクロは魔術と言いながら理屈の通らない行動をする。
それがレオは嬉しかった。
非日常に触れて、初めて世界が輝いて見えた。
そういった経緯で、二人は不思議な共同生活を始めた。
両親に結婚相手を探すと言って出てきた為、連日見合いやサロンにレオは顔を出していた。そつなく相手を喜ばせながら、決定的な言葉を告げずに自宅へ帰る。
レオはそんな日々を過ごしていたが、彼にとっては家に帰ってからが本番だった。
部屋に戻ればクロがいて、レオが尋ねると不思議な話を語ってくれる。魔術についてや彼の過去。かのイーストプールには確かに石版が豊富だが、その誕生秘話を聞いた時には今すぐ聖地巡礼に向かいたいと思う程だった。
しかし、不思議を語るクロの様子が所々おかしい事にもレオは気づいた。
レオが話しかければ答えてはくれるが、基本的には一人でぼうっとしている事が多く、会話の最中でも辛そうな表情を浮かべる。楽しそうに語っていたのに、途中で言葉が途切れてそこから暫く話せない事もあった。首の後ろや手首を搔くのが癖になっているようで、その辺りの皮膚はガサガサとしている。そこから血が出ているのをレオは何度も見かけた。
そういった事にレオは心当たりがあった。叔母が心を傷めて屋敷に篭っていた頃、同じような雰囲気だったのだ。レオは詳しく知らないが、流行り病で家族を失くしてから心を傷め、去年還らぬ人となったと母から聞いた。恐らく自殺したのであろう。
そんな叔母に酷似したクロを放っておけず、レオは参加した茶会の中でもどうしたらいいか考えていた。
「……そういう訳で、大変だったんだけど、私がいないとこの子は生きていけないんだって思ったら強くなれたの」
トイレに向かった帰り、使用人同士で話している所に出会した時レオの耳に届いた言葉だ。
身を隠して聞いてみると、どうやら育児ノイローゼに罹った女性が赤子は母がいなければ生きていけないと気づいた時、彼女は強くなれたと言う話だった。
聞いた瞬間、これだとレオは思った。
「実は縁戚にね、メアリー女王陛下に似てる子がいるそうなんだ」
「へぇ」
「どうやら魔力暴走症候群という病で苦しんでいるらしい。君の力で彼女の力になる事は出来ないか?」
「いや、何の病気かもわかんないし俺に何が出来るとも思えないけど……。名前はなんていうの?」
「メリッサだ」
「メリッサね、メリッサ……メリッサ……いた」
宙を見上げながら呟いたクロは次の瞬間にはそこから消えていなくなっていた。
誰かの救いになる事で、クロも救われて欲しいとレオは願った。
それから暫く、クロがレオの屋敷に帰ってくる事はなかった。流石に半年も過ぎればレオも気になり、メリッサについて調べて彼女がいるという魔術式者の研究室へと足を運んだ。
「貴方、クロ様のお友達なのよね!?」
平民として育ったレオの縁戚。彼女はレオが聞いていた話とは違い、目に光を携えてレオの事を見つめた。
「やっぱり羨ましいよ」
「え?」
いつか幼き日に感じた憧れ。全てに恵まれたレオにとっては非日常に身を置くメリッサが羨ましかったし、それは今も変わらなかった。喜びに満ちたその顔を見て、その想いはより大きくなった。
クロと行き違いになったレオだったが、自室に帰ると彼はそこにいた。
その顔は最後に見た時よりも生気で満ちていてレオは安心した。
「魔術が見たいんだろ? いいよ、見せてやる」
そう言ったクロからは、何か決意のような物をレオは感じた。




