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「そうね、そろそろ予定としては私も戻る頃なの。ちょうど良いと思うわ」
二人の魔法を広く使えるするという提案にメアリーは好意的に頷いた。
「嬉しそうだな? 実家がそんなに恋しいか?」
挑発するようにロベルトが言えば、メアリーは怒りから顔を真っ赤にさせた。二人の関係は悪くもないが三年前から常にこのような感じで、メアリーは貴族としての仮面もいつの間にやら紛失したようだ。
「婚約者が私の事を待ってるのよ。まあ、あなたには関係ないけれどね」
メアリーは、存外に恋人のいないロベルトへマウントをとる。扇子で口元を隠しながら横目で侍女のルーラを見る事も忘れない。
主からの視線をものともせず、表情を変えずに控えるルーラも大したものである。
「え! メアリーって婚約者いたの!? 初耳なんだけど!!」
二人のじゃれあいよりも、クロにとっては婚約者発言が気になった。
「どんな人!?」
政略結婚なれど、メアリーは婚約者に好意を抱いていた。興味を持ったクロに自慢気に話そうと口を開いて、すぐさま噤んだ。メアリーの中で惚気たい気持ちよりも、羞恥の方が勝ってしまったのだ。
「……ルーラ、説明してあげなさい」
主の様子を内心で微笑ましく思いつつ、ルーラは引き継いで説明を始めた。
「メアリー様の婚約者であるレオナルド様はとても高貴なお方です。聡明でありながら、その容姿も秀でているため貴族子女の憧れを全て詰めたようなお方でございます」
ルーラの言葉が満足だったのか、メアリーは扇子で隠しながら荒く鼻息をひとつついた。
「へー? 頭が良くてイケメンってこと? 俺達も会う事あるのかな?」
そう聞かれて、メアリーは戸惑った。クロは魔法を使う特別な存在ではあるが、彼女の婚約者は『王家の一員』である。一般人がおいそれと簡単に会える訳もない。
つまり、結婚すればメアリーは二人と会えない可能性が高いのだ。
最初は恩人、だけれどメアリーにとって変人に見えたクロとロベルト。
メアリーはクロの魔法で極秘に家へ帰れる事を知った時、こんなにも長く留まる事になると思っていなかった。だから父の指示に反発を覚えたし、平民二人と過ごす生活に不満もあった。価値観の違いから何度も衝突したし、その分和解もあった。
年相応に感情をぶつけ合う事で、いつしか二人の存在はメアリーにとってかけがえのない友人となっていた。
そんな二人との別れ。
「……そうね、是非会って欲しいわ」
目元はにっこりと笑っても、扇子で隠したメアリーの口元は震えていた。
「もう今日は仕事は終わりにして、食事でもしてきたらいかがかしら?」
そう言って無理矢理メアリーはこの場をお開きにする。一人でこの気持ちを消化する時間が欲しかった。
「俺さー、結構この街好きなんだよね」
イーストプールの酒場で、注文した料理を待ちながらクロは言った。
「なんだろ、人が好きなのかな? 田舎だからあったかいっていうか。だから引き継ぎが終わって、メアリーがいなくなっても俺ここにいようと思って」
そう言ったクロは、今年で二十歳となった。
学校に通わずとも、人生経験から人は成長する。
大人へとなりかけの少年は、故郷への想いにフタをして自分の生きる道を考えるまでに至った。
「だからさ、ロベルトもそろそろ時期じゃね? 多分これ終わったらメアリーの父ちゃんからお金とか貰えるっしょ? 夢叶うじゃん」
その言葉にロベルトは息を呑んだ。
クロは三年間ずっとロベルトを見てきたのだ。まっさらな状態から文字を覚え、数字を覚え、常識を覚えた彼を。十六の歳までスラムで生活してきた彼は、十にも満たない子どもが覚えるのとは違い、何度も壁にぶち当たった。勉強だけに専念は出来ず、イーストプールの改修に時間を多く割かねばならない毎日。そのストレスからクロやメアリーにあたってしまうこともあった。
それでも、ロベルトは夢の為に話を書き溜めていたのだ。誰にも見せる事はなかったが、その夢は絶えていなかった。
夢は叶わぬものだと思っていた少年のロベルト。
それでも過酷な生活の中で、救いがなければとても耐えられなかった。
そんな思いの中生まれた言葉が、今現実になろうとしている。
その事実に、今ある現実に。
色んな思いが膨らんで、ロベルトの頬に涙が一筋つたった。
「……!!!!」
驚くクロだが、空気を読むのが得意な日本で育ったのだ。軽いその口を必死に閉じて、ロベルトの様子を伺う。
「お待ち」
タイミングが悪く、酒場の店主がその言葉と共に出来たばかりの料理を置いていく。
「……冷めるから食おう」
肩を震わせながら、ロベルトは言った。
そんな彼の様子を伺いつつも、クロは出来立ての料理へと口をつける。
時々嗚咽のようなものを漏らしながらロベルトは食事を食べ続ける。クロは嗚咽が聞こえる度に身体をびくりと反応させながら、ロベルトが語るまでとその時を待つ。
「…………読んで貰えるだろうか」
食事を終えた時、匙と共に呟かれたロベルトの言葉。
「読むに決まってんじゃん! 俺が読むし、この街で勧めまくるよ!」
この国の出版事情など知らないクロだが、頑張ってきた友人の夢が叶うなら魔法を使ってもいいと思った。
それ以前に、彼が書いたものならば受け入れられるという身内贔屓があった。
「メアリーにだって渡してさ、貴族で流行らせてもらったらいいじゃん! 貴族がどれくらいいるかわかんないけど、なんかメアリーって顔広そうな顔してんじゃん!」
「顔が広そうな顔ってなんだよ」
ロベルトがクロの言葉を拾って笑う。
ようやく笑みを見せたロベルトに、クロも笑顔を浮かべた。
三人の別れの時間が迫る中、翌日から全人類魔法使い化計画の話が詰められる事となった。




