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「もう嫌だ! なんで上手くいかないんだよ!!」
そう言ってクロは両手で頭を掻きむしった。
「毎日毎日毎日毎日椅子に座ってチェックばっかり! あっちがよければこっちは駄目! そろそろ俺頭おかしくなるって!」
早口にクロが捲し立てると、対面に座って書類を確認していたロベルトが顔をあげた。
「もう少しだと思うんだが、確かにアンタの負担が大きい事には違いない」
クロが異世界に来てから三年の月日が流れた。
クロ以上にロベルトの成長は目覚ましい物で、今やその身長はクロを超えている。
メアリーを保護した後、クロは彼女の家族へと手紙を魔法で届けた。その際の、彼女の父である公爵からの返答を要約するとこうだ。
『王都に近い領地のひとつをやる。発展させて功績にしなさい』
クロ達三人が訪れてみれば、王都に近いながらも純朴さが残る穏やかな街がそこにあった。正直に言ってしまえば、時代遅れの発展途上の街。その名はイーストプール。
『どうせだったらさ、魔法使ってすごい街にしない?』
クロが思い出したのは、いつだったか従兄弟から借りた街を作るゲーム。プレイヤーのようにクロは魔法の力で理想の街を作る事が出来る。壮大な提案にロベルトも胸を高鳴らせた。メアリーは男ってバカねと言う顔を取り繕いながらも、興奮に染めた頬を隠しきれてはいなかった。
区画整理に住居・店舗の建て替え。
魔法で火を使わない街灯の配置。
道路の舗装に上下水設備。
現代日本を生きたクロの知識と、ファンタジー世界を想像するロベルトのアイデア。メアリーの貴族子女としてのハイセンスまで合わされば、理想的な街が作れる筈だ。
そう思った彼らに待ち受けていたのは、社畜も驚くオーバーワークの日々だった。
領主代理は良い意味でも悪い意味でも腰の低い老人だった。それ故に、住民から舐められ毎日のように陳情が届く。魔法の力を隠す為、政敵から身を隠す為にクロ達三人は領主代理を隠れ蓑にしていたから、結果的に三人が頭を悩ませることとなった。
あっちの家の方が立地がいい、うちはもっと広くしてほしい。建設後にそんな事を言われても、住居の数は一戸や二戸ではないのだ。端から対応など出来る訳もない。
建造した端から高価な物は盗まれ、街灯に至っては柱の根本から折られた際に倒れた支柱に巻き込まれ死者が出た事もあった。
そして何より三人を悩ませたのが、上下水のインフラ。メアリーの父に頼んで治水の専門家を呼び込んだはいいものの、下水設備はこの国に未だ存在していなかった。
上水はただ引いてきただけでは、雨での増水の影響を直に受ける。下水に至っては、簡単に傾斜をつければ良い物でもない。どこかが滞り、そこを直せば今度は違う所に不具合が出る。
クロはここ一年ほぼ上下水につきっきりで、ゲームの知識から手元に地図型の携帯端末で魔法を操作できるようにしたものの、とうとう嫌気が差してきたのであった。
「紅茶をお持ちしました」
ノックの後、茶菓子と共に部屋に入室してきたのはメアリー専属の侍女・ルーラだ。専属という言葉は名ばかりで、こうしてお茶を用意するなど細やかな気配りで二人に癒しを与えてくれる。
「ありがとう。メアリーを呼んでくれるか?」
そう言ったロベルトの声音は、クロやメアリーに向ける物とは違う。それをニマニマした顔でクロは眺めながら一息ついた。
「いつも思うけど、これ紅茶の味じゃないんだよな。緑茶でも烏龍茶でもないけど。なんなんだろ?」
「今度原産地に行ってみるか? 他国だった気がしたが」
「いいね! 旅行! なんだかんだ俺この国から出た事ないし!」
クロが暖かいお茶と話題で機嫌が良くなったのを見てから、ロベルトは話を切り出した。
「魔法を、アンタ以外にも使えるように世界を変えることは出来るか?」
――――――世界の仕組みを作り変える事。
それは、ロベルト提案する中でも最大級の魔法だった。
「出来るかはわからないけど、試しにやってみる事はできる」
そう言ったクロの顔は微かに歪んでいた。
三年住んだ事でこの国生活に慣れたとは言え、魔法だけがクロの持つ中で唯一特性なのだ。『唯一』が奪われると言うことは、存在意義を失ってしまう恐怖に繋がる。
「勿論アンタ並みの力は必要ない。水を出したり、火を出したり、手で触らずに物を動かしたり。個人で出来るレベルでは最小の事でも、それが出来ればアンタの仕事は他にもう引き継げるだろう?」
ゆっくりと穏やかに言うロベルトの優しさを噛み締めながら、クロも納得の表情で頷いた。
「寧ろアンタ程の力を全員が持ったら世界は終わる」
やれやれと言ったようなロベルトの呟きにクロは思わず噴き出した。
倫理観も、道徳観も、現代日本人から見ると野蛮なこの国のそれ。クロが人類皆魔法使いの世界を想像したら、創作物としても成り立たないような混沌とした世界しか思い浮かばなかった。
「世界が終わったら困るから、なんか考えないとなぁ」
「例えば計算のように、ある程度の知識がないと使えないのはどうだ? 紙に記したりする事で魔法が使えるようにするんだ」
「お札みたいな? あ、魔法陣でもいいのか! それいいかもしんないね!」
クロが脳裏に思い浮かぶのは、小さい頃観たアニメ。紙に描く事で魔法を使うのは合理的にも思えた。
扉がノックが二人の耳に届く。呼ばれたメアリーが来たのだろう。
三年前に身を狙われた危険から、政治的な判断で父から身を隠すよう指示されたメアリー。けれど、いずれはまた貴族の世界に帰る事が約束されていた。
三年時間を共にした事で言葉では説明のつかない信頼性がクロ達三人には出来上がっていたが、彼らの不思議な共同生活はもう少しで終わりを迎えようとしていた。




