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「私もクロ様にお花浮かべたお風呂用意して欲しー!!」
ぷくっと頬を膨らませて、メリーは一人言ちた。
不機嫌な表情を浮かべたまま、ワンピースの胸元を少し手繰り寄せて匂いを確認する。
大丈夫、臭くない。
メアリーは幼少期、床に直接触れる生活を強いられた為、事務的に侍女に毎日身体を拭われていた。
その甲斐あって、身体は毎日拭うものだと思っていたし、クロと出会ってからは定期的に浴槽に浸かる事も覚えた。
メアリーは自身の匂いを確認すると、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。仮想敵は過去の人であるのだが本人は得意気な顔である。
すると今度は宙をぼんやりと見上げ、メアリーは思案し始める。一人百面相だ。
「それにしても……」
メリーの頭に思い浮かぶのは先程見た記憶。
最初は俯瞰した立場からクロの記憶を覗いた。すぐに彼女はクロの視点へ同調するように調整した。
にも関わらず、メリーが最後に覗き見た光景は俯瞰である。しかも、同調していた筈のクロが不在の場面。
「私が観ているのはクロ様の記憶じゃない……? もしかして、神様の記録を覗き見してる?」
口に出して見たものの、それはあり得ないとメリーは頭を振った。
この国の神は既に地に落ちた。
そう言い切ってしまえば語弊があるかもしれないが、ある時期から国起こしの頃にあった神話は民衆から御伽噺として認識されている。信心深い民はほんの僅かで、残ったのは狂信的なオカルト集団。
それに加えて、メリーは魔術という超常的な力を扱うがどちらかと言えば理系思考だ。
魔術の効果は超常的な事象ではあるものの、術式は化学に近い。仕組みを理解しきちんと組み合わせなければ発動しない代物だが、長ったらしい魔術式も最適解を見つければかなり短略化できる。
クロの毛髪から人物情報を得たとメリーは言うが、現代地球に当てはめればそれは遺伝子情報、通称DNA他ならない。
クロが生活していた日本では、毛髪のDNAから本人照合は出来ても脳に刻まれた記憶は得られない。メリーは勿論そんな事実は知らないが、それでも彼女に違和感はあった。
自身の組み立てた理論に間違いのない自信はあるが、説明しようと思うと魔術という不思議な事柄無しにこれらの事象を説明出来ないのだ。
クロはその中でも別格で、化学や科学、その殆どを理解せぬままセオリーを無視して自由に魔術を使う。
「この世界はクロ様の望む通りに出来てるってこと?」
言いながら、メリーはあり得ないと自身の思いつきを否定する。
「望むままだったら、もっとクロ様に優しい世界になってる筈だよね……」
同調した記憶からメアリーが感じたこと。クロ少年は自身が元いた世界に戻りたいのだ。もっと言えば、元いた世界の人間関係に未練がある。
そんな中で、出会って間もない知人は不幸にも子どもを庇って死んだ。その前には、見知らぬ男から角材で出血を伴うような暴力を受けた。その後に、縛られて拉致された少女を目撃している。
「クロ様は絶対そんな現実望まないもん」
小さく呟くと、メアリーは深く溜め息をついた。
「考えてもわかんないし、これは置いておこう。それよりも……」
魔術道具を使って最後に見たのは少年少女のわちゃわちゃ。そこに大事な記憶が隠されているかもしれないし、メリーは少年クロをずっと見ていたい感じていたいと思ってはいるが、時間は有限なのだ。
記憶に潜る時間とリアルタイムは同一ではないが、全てを観ようとすれば数年は掛かる。
正直なところ、クロの頭が冷えれば戻ってくるとメリーは思っているし、クロの不在の今こそ過去を覗くチャンスだと行動を起こした。
それでも、メリーは過去じゃなく今を生きるクロが好きなのだ。
だから、個人的な趣味も勿論大事だが、メリーは自分でクロを見つけ出したいと思っている。
「残念だけど、そろそろ進めようかなぁ」
それはBlu-rayのチャプター選択のように。ビデオの早送りのように。渋々メリーは先へ進む事を選択する。
好きな人と共に歩む、自身の未来を掴む為に。




