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「ロベルト……君、魔法に頼らないって言ったじゃん」
そう言ったクロは、豪華なソファにだらしなく腰掛けていた。向かいに座るロベルトも、ソファの座り心地に満足げな様子である。
二人は、前住居から程近い森の中に家を建てた。前回のようなスラムの平屋ではなく、大店の商人の家をベースとして複製した為かなり豪華な作りである。
また、前回の失敗から学び、今回はしっかりと外から見えないよう透明化の結界の魔法を掛けている。惜しみなく魔法を使った結果がここにあった。
「子ども達の自活のために言った事だ。俺には必要ない。それよりも、『君』はやめろ」
「え、どして?」
「舐められるだろ。ただでさえ俺達は年齢で舐められるんだ。今後を考えたら、お前とかアンタとかにした方がいい」
「そういうもん? ……ま、ロベルトがそう言うならそうするけど」
「じゃあ、話を本題に移すぞ。当面、アンタは力を瞬時に使えるように特訓しろ」
その言葉に、クロは辛い記憶を思い出す。
咄嗟に魔法を展開できていればアレンが死ぬ事はなかったと、クロは後悔していた。
「わかった。具体的にはどうしたらいいかわからないけど、頑張ってみる」
「それについては俺に案がある」
そう言って、ロベルトは右足の踵をカツ、カツ、カツと三拍のリズムで踏み鳴らし始めた。
「この拍子に合わせて、俺が色を指定する。拍子から出来るだけ外れないようにしながら、目の前の食器の色を変えてみろ」
突如ロベルトが告げた魔法特訓。しかし、クロはゲーム世代。わくわくとした顔で頷いた。
「じゃあ、いくぞ。赤、青、黄」
カツ、カツ、カツと三拍子に合わせて、テーブルの上にあるカップ二つとポッドがそれぞれ色が変わっていく。
「よし。じゃあ続けるぞ。青、青、赤」
「赤、黒、白」
「ああ! 間違えた!」
突然現れた新しい色に反応出来ず、テーブルの上には赤いカップと、複数の色が混じったカップとポッドがあった。クロのこんがらがったイメージがそのまま現れた結果のようだ。
「不気味だから元に戻しておけ」
言葉通りにクロが魔法をかけ、食器が元の色を取り戻したのを見てロベルトは言葉を続けた。
「俺がいる時は、時折こうして付き合う。アンタが一人の時は自分で拍子を刻みながら、近くの物を色や形状、なんでもいいから変える特訓をしてみろ」
「なんか、お前凄いな。上手く言えないけど」
反復練習。
ロベルトが提案したそれを、学校生活の中で幾度となくクロは経験してきた。上手く言語化は出来ないようだが、魔法を瞬時に扱う事を身体に覚えさせる方法としてクロは納得した。
「俺は暫く王都に行って、俺達の方針を決める為に情報を集める」
「ちょ、待った! おうとって王都だよな!? 俺も行きたいんだけど!」
魔法発動の時短化について異論はないクロだったが、これはこれ。それはそれ。
かたや何もない森の中で特訓、かたや人が賑わっているだろう街の探索ともなれば、クロが王都に興味を示すのも必然である。
「元から今日はそのつもりだ。アンタの力無しに王都に行く程、俺も馬鹿じゃない」
「最初からそう言えよ。アンタ意地悪だな」
『君』いう呼称は無くなったものの、先程は『お前』。今クロが使ったのは『アンタ』。
コロコロと変わる呼称に気持ち悪さを感じながらも、ロベルトはそのうちクロも慣れるだろうと頭を切り替えた。
「俺は王都に行った事はない。場所も距離も曖昧だが、いつもの街へ行くようにその力で移動する事は出来るか?」
「え!? テレポーテーションってこと? まあ、やってみるけど」
クロがぼんやりとイメージしてみるが、何も起こらない。
「ダメみたい。イメージが足りないってこと?」
「アンタの世界の記憶で、何か良い方法はあるか? 折角歩く必要も、馬車もいらないんだ。出来る限り最短な方法がいい」
「えーっと、なんだろ? 新しい土地に足を踏み入れるとマップが追加されるから、そうしたらテレポーテーション使えるのかな。わざわざ行くなら、空飛んで行くとかの方が早いんだろうけど」
クロの頭に最初に思いついたのは、幾度も遊んだRPGゲームの記憶。しかし、記憶の中でのゲームの仕様だと一度も訪れていない場所に魔法を使って移動は出来ない。
「…………ってか、マップを読み取る魔法使えないかな?」
パンがないなら、ケーキを食べればいいじゃない。
そんな風に、マップが無いならマップを知れば良いとクロは思いつく。小麦がないならばパンどころかケーキも作れないが、クロが扱うのは小麦ではなく不可思議な魔法だ。
『この国のマップを全て読み取る』
クロが想像した時、頭に情報が流れ込んでくるのを感じた。平面で簡素な真四角の地図。イメージしたゲームの仕様に引きずられてしまったようだ。
一番街の規模が大きい場所を拡大すれば、王都という表示が地図の左上に現れているのが確認できた。
「なんか出来そう」
「それは良かった。準備するぞ」
ぶつぶつと独り言を唱えるクロを見守っていたロベルトだったが、良い返事に安堵して頷く。
家を複製した際に、同時に家具家財も複製した。その中には服もあり、二人は魔法でサイズや色を調整しながら準備を整える。
準備を終えて、クロが脳内でマップを選択してテレポーテーションと呟けば、淡い光と共に二人の姿は屋敷の中から消えた。




