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「ロベルト! 起きて! ロベルト!!」
けたたましい子どもの声で、ロベルトは起こされた。
「…………なんだ?」
昨晩の酒の所為で未だぼんやりとしたままロベルトは答える。クロも起きたのか、毛布を肩にかけたまま様子を伺っていた。
「大人が来たんだ! この中のリーダーを呼べって!!」
「なんだと?」
瞬間的に、ロベルトは頭を切り替えて思考を巡らせる。
スラムの人間にここの場所は教えていないし、突き止めたとしても、わざわざやってくるような者はいない。
身を隠しながら、ロベルトは子どもが開け放ったままの扉から外を確認する。
金属のヘルメットを被って、鎖帷子を着た者が二人。手には斧と槍を足した様な形状の武器・ハルバードを持っている。
「兵士か……」
何故彼がここにいるのかはロベルトにわからなかったが、何故ここに来たのかは予想がついた。
無断で森の中に集落を作ったことを咎めにきたのだと。
「ちっ、何故バレた」
クロの不思議な力で、身を隠して兵を倒すか。
一瞬ロベルトはそう考え、それは駄目だと思い直す。兵士達が帰って来なかったら、次は確実に仕留めに多数の兵士がやってくる。
大人しく呼び出しを受けるしかないと腹を括り、ロベルトは立ち上がった。
「俺どうしたらいい?」
状況を把握出来ていないクロが、困惑気味にロベルトに尋ねる。
「……ローブを被って、俺の側にいろ」
万が一の時は、前回のように油断はしない。そう自分の心に誓い、ロベルトは歩き出した。
「待たせた、ここのリーダーは俺だ」
「……子どものリーダーも子どもか」
ロベルトが歩み出ると、兵士のうち片方が嫌そうに呟いた。隣の兵士は横目でそれを見ると、ロベルトと周りから様子を見ている子ども達へ向かって言い放つ。
「昨晩、探索者から報告が入った。不法に領地を占拠している者達がいると」
それを聞いたロベルトは、思い当たる事があった。昨晩、クロとの談話中に不自然に聞こえた音。
畜生! あの時捕まえて口止めしておけば!
ロベルトがそう思っても後の祭り。兵士が来てしまえば、もう状況は覆らない。
「領主様は偉大なお方だ。占拠している者達が子どもだと聞いて、寛大な処置を提案された。
税を納めるか、この場から立ち去れば命までは取る必要はないと!」
住むだけで税を取る? 馬鹿か! そんな事聞いた事はねぇ!
ロベルトが心の中で悪態をつくが、確かに本来この辺りで税を納めるのは屋号単位、つまりは店の店主だ。
しかし、兵士が言う『寛大な処置』もその通りであった。
この地では、親のいないスラムの子どもは人権など無いに等しい。宣告をせずに、全員殺してしまったとしても、この世界のこの時代ではおかしくはない。
だからこそ、ロベルトは兵士の指示に従うつもりだった。へりくだって、命を保障されて有難いと頭を垂れればいい。
しかし、ロベルトの中から湧き出る悔しさが邪魔をして言うべき言葉が口から出てこない。
あと少しで完成だった四棟目。せめて、完成させてから。出来る事ならば、生活が安定して先が見えるようになってから。
ロベルトがそんな思いをいくら巡らせたところで、時が戻る訳でもないのに、昂った感情が正常な思考を邪魔をする。
「お前ら出てけ! ここは俺達の家だ!」
突然響いた高い声に、その場にいた者全員が反応する。
声を上げた子どもの手には長い木の棒が握られていた。獣が出た時の武器として、先を尖らせた物だ。
「……おい」
やめろ。ロベルトがそう止めようとした時、
子どもは兵士へと突進した。
拙くとも武器。それを向けられて、咄嗟の反射で兵士もハルバードを構える。
リーチの差。訓練の有無。
それに勝てるはずはなく、ハルバードは刺さった。
アレンの胸に。
「アレンッ!!」
ロベルトには見えていた。
突進した子どもを庇うようにアレンが動いた事を。
ロベルトも動いた。
長身のアレンと違い、その一歩は遥かに小さかった。
ロベルトは気づいてしまった。
それが致命傷だと。
兵士が刺さったハルバードの先端を抜くと、ゴフッと音を立てアレンは口から血を吐き出す。大量の血に塗れながら、アレンはそのまま力なく倒れた。
「くそっ、これだから子どもの相手は嫌なんだ。俺達の気持ちも考えろよ」
兵士はそう吐き捨てると、もう一人の兵士へ目で合図した。
「明日の朝また来る。それまでに決断するように」
合図を受けた兵士がロベルトを見て告げると、そのまま二人は森の中へと歩いていった。
兵士が去った森の中で幼い子ども達が嗚咽する音が響く。その中心では、アレンが倒れている。
その光景を前に、クロはどうしようもない寒さを感じていた。指先は震え、感覚がわからない程。
兵士と対峙した時点でこんな事になるとクロは予想していなかった。兵士の告げた言葉は、彼からすると理解の出来る言葉だったから。
土地には所有権が有り、無断で使用した者に罰が下る。それは日本でも同じ事だ。だから、この世界に詳しくないクロは成り行きを見守った。
だが、結果アレンは今倒れている。
咄嗟に動く子どもをクロは止められなかった。アレンの事も止められなかった。
一度人を燃やしたクロは、それを見て精神的なショックを受けたが、相手は暴力を振るう見知らぬ他人。
目の前で倒れているのは、この世界で二番目にクロへ声を掛けた顔見知り。
距離の近さが比例して、クロの心に深い傷をつける。
クロはどうする事も出来ず、縋るようにロベルトに視線を向けると、彼は俯いていた顔を上げた。
「アレンは死んだ」
ロベルトが言葉にした事で、より子ども達の嗚咽が大きくなる。
「ギル! ジェフ! ダン! ガストン! ボブ! カール! チャド!」
嗚咽よりも大きく、いつもの通る声で子どもの名をロベルトは呼んだ。呼ばれた子どもは真っ赤な目でロベルトを見る。
「アンタ達は家を建てた」
何を、突然。子ども達が呆気に取られている中、続けてロベルトは子どもの名前を呼ぶ。
「マチルダ! ジェニー! ドリー! アナ! モリー! ポーラ!」
「アンタ達は裁縫をした」
「ダム! コリー! エリー! ベティ!」
「アンタ達は、料理を手伝った」
名前を呼ばれた子ども達は、涙と鼻水塗れの顔でロベルトをじっと見つめる。その顔を見渡して、ロベルトは大きく息を吸ってから語りかけた。
「仕事にはならなくとも、見習いとして何も出来ない訳じゃない。街の他の奴らより安い賃金かもしれないが、生きるために必死になれば職はある。今までのアンタ達と今のアンタ達は違う。可能性がある。後はお前達次第だ」
一呼吸置いて、ロベルトは静かに告げる。
「俺はもう、あの街には戻れない。皆の健闘を祈る」
それは、別れの言葉だった。
年長組のアレンだけでなく、ロベルトの別れに子ども達は膝をついて嗚咽を繰り返す。
悲しみの音に塗れながら、ゆっくりとしゃがみ込み、ロベルトはアレンの身体を抱えた。
「クロ、手伝ってくれるか?」
ロベルトの静かな眼差しを受け、クロは感覚の鈍い足を一歩踏み出した。
ロベルトに願われ、動かなくなったアレンと共にクロはいつか魔法の練習をした場所にやってきた。
「生き返らせるんだよな? 俺、ゲームでよく死んで蘇生かけてもらってたからイメージすげぇ湧くよ」
クロは、友人が死んでショックであろうロベルトを励ますように、出来る限りな明るい声で言った。
「違う、埋めるんだ。ここに穴を空けてくれないか」
「……は? なんで? 大丈夫、俺出来るって」
クロはロベルトが理解が出来ず、掠れた声で吐き捨てるように言う。
「アンタを信用してない訳じゃない。ただ、アレンは死んだんだ」
「じゃあ!! 家を建てるみたいに俺に頼めばいいじゃん!!」
話が通じず苛立ち、クロが感情のままに怒鳴る。
「アンタ頭おかしいだろ!! 人の生死を勝手に決めるようになったら終わりだ!!」
精神的にボロボロなのは二人とも一緒だった。
クロに怒鳴られて、応えるように怒鳴ったロベルト。その言葉に、クロは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
「…………大事な人は何度でも生き返らせて、気に入らない奴は殺す。確かに、そんなゲームみたいな感覚狂ってるわ…………」
安穏とした世界で生きてきた少年は、突然異世界に飛ばされ、知らない者に襲撃された。挙句の果てには、目の前で知人が死に、極限のストレスの中でも自分の道徳を無くさずにいられた。
しかし、それもギリギリのところ。
不自然に瞳孔が揺れるクロを見て、ロベルトは少し冷静さを取り戻す。
「すまない。今まで沢山の子どもが死んだ。アレンだけ生き返らせるという決断は、俺には出来ないんだ。頼む、アレンを安らかに眠らせてやりたい」
ロベルトの言葉に、クロは頷いてそのまましゃがみ込んだ。
しばらくぼうっとしては、頭を振り、それを何度か繰り返した後、地面が淡く発光して穴が空いた。
「助かる」
ロベルトはアレンを安置して、胸の上で手を組ませた。
「…………じゃあな」
短く別れを告げ、アレンの元からロベルトが離れると淡く発光した地面が盛り上がり穴が塞がる。
ロベルトはその場所を暫し眺めた後、ゆっくりとクロへ視線を向けた。
「アンタのお陰で助かった。俺の願いも叶えてくれた。本当はこんな形じゃなく、快く送り出してやりたかったんだがな。すまない。次は、アンタ自身ののために力を使ってくれ」
何も返してやれなかった。
後、出来るのはこれ以上引き止めない事。
そう思ってロベルトはクロヘも別れの言葉を紡ぐ。
「…………そんな顔してる奴、一人に出来るかっつーの」
不貞腐れたように、クロはしゃがみ込んだまま言った。
「お前は自分のために――」
「それと、もう俺も隠してんの辛いわ」
言いかけたロベルトの言葉を遮って、クロは続ける。
「帰る方法は散々試した。無理だった。瞬間移動も、ロケットも、よくわかんないけど魔法陣とか、アニメとか映画で観た奴片っ端から全部」
家を建て始めた頃から暫く、クロは帰還の方法を一人で試していた。思いつく限りの事は全てした。
炎や水をイメージ通りに具現化し、あらゆる物を複製し、人を回復させる事まで出来るのに、クロが日本へと帰る事だけは魔法が一切発動しなかった。
「俺行くとこねぇよ……」
クロの悲痛な呟きを拾ったロベルトは、その肩を抱こうとして、やめた。
二人は、そんな距離感ではないのだ。
まだ、互いの名前と少しの過去しか知らない存在。
混同してはならない。俺自身とも、子ども達とも。
ロベルトはそう心に決めると、力を込めて言葉で繋ぐ。
「俺は成り上がる。物語を作る生活がしたい。付き合ってくれ」
そう言って、ロベルトはクロヘと手を差し出した。
抱えたり、抱えられるだけの関係は、重荷となりすぐに壊れてしまう。子ども達の件でロベルトは学んだ。
魔法が使えるクロに抱えられるだけでなく、この世界の先輩として抱えていこうとロベルトは決意した。
実際のところ、傷の舐め合いと変わらなかったかもしれない。それ程までに、二人の少年の心はボロボロだった。
それでも少年達は手を取り合った。生きる為に。その希望を無くさない為に。




