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ロベルトが平屋を建てる順序を覚え、建材が準備出来てから二か月が経過した。
その間、最初は遊びに行ってくると言い残し、フラフラと何処かに出かけていたクロだったが、次第にロベルト達の手伝いをするようになった。
良くも悪くも家庭科はずっと三。
微妙な顔でそう言ったクロは、女達に裁縫も教えた。平屋と同じく自分達で仕上げる為に裁断された状態の布は、あっという間に人数分の服となり今では皆同じ格好をしている。
森の中に住む子ども達はロベルトやクロも合わせて総勢二十人。
今回建てている平屋は四棟。三十平米もない一DKのような間取りに六人ずつ住むのはどうかとクロは思ったが、それ以上は贅沢だと言ったロベルトに何も言えなかった。
ここにはクロと同じ一七○センチを越える身長の者はアレンしかいないし、ロベルトを含めた一五○センチを越える者も十名しかいない。体格的にも体力的にも多数の苦労があったが、明日最後の四棟目が建つ。
漸く、解放してやれる。
その思いと共に、ロベルトは出来る範囲の最大限で労いの場を用意していた。
パチパチと音を立てて小枝が爆ぜる。
「キャンプファイヤーとか小学生以来だわ」
言いながら楽しそうに笑うクロは目を細めた。懐かしさ故か、遠い故郷への哀愁からか。
細くなった目に映るのは、キャッキャとはしゃぎながら薪の周りで追いかけっこをする小さな子ども達。
危ないと叱りながら、ロベルトが最後尾で走っている。
追いかけ回しても子ども達に逆効果だと悟ったロベルトが、子ども達に餌を撒く。
「言う事を聞けない馬鹿な奴は駄目だが、言う事を聞く頭のいい奴だけこっちへ来い」
声を張り上げるでもなく、内容を一才明かしてない言葉。だが、子ども達はずる賢い。条件を出す時は、何か報酬があるのだと彼らは知っている。
走り回ってた子ども達はピタリと足を止めて、指示のままにロベルトの向かいに座り込んだ。何か始まるのかと、少し離れて見ていたクロも子どもに混じって座り込んだ。
「これは、遠い遠い国の話」
ロベルトは、指示を出す時のような通る声で言い放った。その一声で、子ども達が興奮してざわめき出す。
「その冒険者は孤独だった」
「まじ!? 冒険者っているの!?」
ロベルトの語り聞かせに反応したのはクロだった。
自身は何故か魔法を使えるものの、街にしたって、この小さなネバーランドにしたって魔法を使える者はいない。人も街並みも西洋風ではあるが、現代的ではないだけで現実的ではあった。
RPGのゲームでよく知る冒険者というファンタジーな職があることにクロは驚いた。
「クロ知らないのかよー」
「私知ってるー」
「俺も俺もー」
「おまえバカだなー」
楽しげにクロヘマウントを取る子ども達にロベルトは苦笑を漏らすが、一度咳払いをして続きを紡いだ。
「その冒険者が孤独だったのは、誰よりも強かったからだ。誰よりも重い剣を持ち、誰よりも早く剣を振るう」
子ども達は、誰よりも強い冒険者を各々心に思い浮かべ、目を輝かす。
「過ぎた強さは、誰の理解も得られない。しかし、冒険者は己を鍛え続けた」
何度も聞いた話なのか、くるぞ、くるぞと言いたげに子ども達は静かに次の言葉を待つ。
「西に向かえば、飛竜が現れた。空を飛ぶそれに勝る速度で、冒険者は斬り倒した!」
「「おおー!!」」
「東に向かえば、岩竜が現れた。その硬い皮膚を重い斬撃で一刀両断した!」
「「おおー!!」」
「北に向かえば、氷竜が現れた。放つ氷をことごとく粉砕し、その胸をひと突きで仕留めた!」
「「おおー!!」」
「南に向かえば、炎竜が現れた。素早い剣で風を生み、果敢にも灼熱の炎に突進して一撃で決めた!」
「「おおー!!!!」」
「冒険者はいつしか孤独ではなくなっていた。竜に怯えていた民が、冒険者を讃えたのだ。冒険者は英雄となった」
静かに、物語をロベルトが締めくくると今までで一番大きな歓声が子ども達から巻き起こる。
興奮冷めやまぬまま子ども同士でどの部分がカッコよかったか語り合い始める。
それを横目で見ながらロベルトはクロに顎でついて来いと合図をすると、建てたばかりの平屋の中へと入って行った。
「乾杯でもしよう」
ロベルトから笑顔で杯を受け取ったクロは、ロベルトの真似をして杯を掲げる。そのまま口をつけようと近づけた瞬間、強い香りに顔を顰めた。
「ちょ、これ何入ってんの?」
「酒だ。アンタも飲める歳だろう」
「俺まだ十六だけど」
「俺も十六だが」
ロベルトが、まさかの同年齢という事にクロは驚いた。
「その身長で?」
「喧嘩売ってんのか? 買うぞ、このヒョロ野郎」
「ごめんて! これから成長期なんだよな!」
「……まあ、いい。今日だけは許してやる」
今まで触れなかったお互いの事。たった年齢ひとつの話。しかし、今なら聞けるかも知れないとクロは口を開く。
「なんでさ、この村っつうの? ここのリーダーやってんの?」
「くだらない事をした所為だ」
それじゃ、わかんないんだけど。クロはそう呟きロベルトに視線を向ければ、酒をちびちびと煽りながら言葉を選んでいるように見えた。
「俺はスラムの出身なんだが、あそこは弱肉強食の世界だ。大人、子ども関係なく、生きるためには必死にならなきゃいけない」
クロは、初めて街を来訪した時に背後から殴ってきた男を思い出した。生きる為にと、あんな暴力ばかりだと思うと、クロは悍ましさを感じた。
「自分が今日食べ物にありつけるかもわからない場所で、親もいないのに俺は運良く下働きの仕事にありつけた。
ボロくとも服を与えられ、粗末でも食事を与えられ、少なくとも給金を与えられ、結果調子に乗った」
クロの脳裏に浮かんだのは、テレビで見た貧困地域の子ども。学がないから、水が汚いと飲んではいけないと言う事すらわからず、汚水を飲んで亡くなる話。
知識と学びはそれ程までに重要なのだ。下働きとはいえ、その職にありつく為にしたロベルトの努力は計り知れない。
「まだ小さい子どもがな、大人に蹴られてたんだよ。死にそうだった。だから、つい口を出しちまった。馬鹿だった」
「え、そんなん見たら俺だってそうするよ!」
「自分が生きるのですら厳しいんだ。他の奴を背負える訳がない」
そう言い捨てたロベルトの眼差しは冷ややかだった。
「今度は俺がフクロ叩きだ。幸い、少しながら懐に金があったから見逃して貰えたが、あれがなきゃ俺が死んでた」
悲惨なロベルトの体験に、クロは言葉が出てこない。
「俺の働いていた職場は荒らされて職を失った。住処にしていた場所は、毎夜寝込みを襲われるようになった。だから、子どもを連れてここへ逃げた。それしか生きる道はないと思った」
そこまで言って、ロベルトはぐっと酒を煽った。古ぼけた瓶から、手酌で酒を注ぎ足す。
「だがな、生きる力のない子どもが勝手に着いてきた。それも知らない内にどんどん増えた。気づけばこの人数だ。だから、本当にアンタには感謝してるんだ」
漸く、歪なネバーランドの正体をクロは知る。
それで暴力から逃れた生活が出来たのならと、クロは話の結末から安堵した時だった。
「……これで、俺は解放される」
ロベルトの悲痛な本音を聞いて、クロは息を飲んだ。
日本であれば高校生。多くが、親の庇護の中で責任もなく子どもらしく生きている頃。
その年齢で、しかも過酷なスラムの生活を送ってきて、他人を背負える訳がないと言ったのはロベルトだ。
精神的な負担は、ロベルトに常に重圧を与えた。クロがいなければ、遅かれ早かれ壊れてしまっただろう。
「明日食う物もない癖に、泡銭でスラムの大人が酒を飲むなんて馬鹿だと思ってた。生きるのに必要ないだろって。……でも、今なら分かるんだよ。酒は色々ぼかしてくれる」
その後に続くのは、辛い気持ちの事なのかも知れない。ぬくぬくと育ってきたクロにはロベルトの気持ちを察する事は出来ても共感は出来ない。かける言葉も見つからない。
その時、家の裏手からガタンと何か音がしたのを二人は聞いた。
「動くな。俺が見てくる」
ロベルトが部屋の中に立てかけていた角材を手に構えて外へ向かった。何が起きてもいいようにクロも心構えをするが、すぐにロベルトは戻ってきた。
「何もいなかった。枝が落ちてきただけかもしれない。取り敢えず、アレンに見回りを頼んできた」
何事もなかった事にクロは安堵すると、話が途切れた所為でしばしの沈黙が訪れる。
折角だと、クロは気持ちを明るくするために話題を変える事にした。
「……てかさ、冒険者っているの?」
「いる訳ない」
「だって、さっき言ってたじゃん!?」
「それは俺が作った話だ」
「じゃあ、竜も?」
「そうだ。そんな話、外で言ったら笑われるから、ここだけにしとけ」
あっさり返され、少しファンタジーに期待していたクロはガッカリとした顔をする。しかし、次の瞬間には目を大きく開けてはっとした表情に変わった。
「お前、顔が忙しいな」
「うるせぇ! それより、ロベルトが話考えたんだろ? それって凄くね!?」
冒険者も竜もいない世界で、空想の世界を創る。それがどんなに難しい事かクロは予想がついた。色んな創作が簡単に手に入る場所ではない事を、この二ヶ月で分かっていたから。
「まあな。アンタの知識には驚かされる事もあるが、俺も想像力じゃ負ける気はしない」
背後に括った長い襟足を弄りながら、ロベルトは得意げに言った。
「俺がもし成り上がるとしたらって時々想像するんだ。一生生活できる最低限の金を稼いだら、すぐに小さい家を買って引きこもる。そこで、物語を作って過ごすんだ。金持ちは本を読んだりするだろ? 俺は字も書けないし、読めないが、その時は字を覚えて俺だけの本を作るんだ」
酒が入って饒舌になったのもあるだろう。クロに抱えていた気持ちを吐き出して、心の重荷が減った所為かもしれない。
小さな少年のように目をキラキラとさせて夢を語るロベルトを見て、クロは彼の夢が叶うといいと願った。
その道がどんなに難しくとも、過酷な人生を生きる少年がいつしか幸せな未来を掴めるよう願わずにはいられなかった。




