7
住居へ戻り、疲れからすぐに微睡み始めたクロ。
食事をとらせるべきかロベルトは迷ったが、身体が求めるまま休息させた方がいいと判断し寝床を整える。
しかし、その眠りは浅かった。
夜中ですら何度もクロの起きる気配を感じ、ロベルトは暫くの期間クロを休養させるべきかと悩む。
これが住民である子ども達であれば、ロベルトは彼らに甘いと一喝して終わりだ。ここではそんな状態では生きては行けないし、生きる為には心も強くならねばならない。
しかし、クロは異世界からやって来た。
いずれ不思議な力で元の世界へ戻るのだと思うと、ロベルトは他の子どもと同じように扱うべきではないと思った。
「出来る限りの事はするって言ったのにな」
自重気味にロベルトは言葉を漏らした。肉体派ではないが、警戒心で数々の困難を乗り越えて来たロベルト。
昨日の一件は、自分の油断が招いた事だと彼は悔しく思っていた。
「なんか言った?」
「いや」
ぼーっとしていたクロが言葉を拾い問い掛ければ、ロベルトははぐらかす。
「そっか。てかさ、俺思ったんだけどやっぱ門から入ろうよ?」
昨日クロが見た光景では、門から見えるものと壁の抜け道から覗いたものは全く違った。
かたや、映画に出てきそうなお洒落な街並み。
かたや、地面は舗装していない上に、劣化した木造で出来た粗末な小屋。
「門番はどうする? 何か策はあるのか?」
「んーと、こんな感じ?」
疑問形で答えたクロが淡く光ると、次の瞬間にその場から消えた。
ロベルトは驚き辺りを見回すがクロの姿はない。
「ははっ、上手くいったみたいだな」
楽しげに笑うクロの声がロベルトの耳に届くが、その姿は何処にも見当たらない。
「透明人間ってわかる?」
「透明人間だと!?」
頭は柔軟だと自負するロベルト。クロの、ここが夢の世界だと言う発言にも魔法の発動にも否定する事なく受け入れて来たが、発想の違いにクロの可能性の幅を見た。
「二人で透明人間になってテレポーテーションして、ちゃっちゃと終わらせようよ」
イメージすれば具現化する力を持ち、柔軟な発想を持つクロ。その力は今のところ何の制約も見られない。
ここが異世界だと知り、あれ程狼狽するならば、さっさと帰る方法を探せばいいのだ。
自分だったらそうすると、ロベルトは思う。
しかしクロは、ロベルトの願いに報酬も要求せず、文句を言う事なく付き合っている。
状況に追いつけず頭が回らない愚か者か。
それとも、人の為に動く愚か者か。
ロベルトはクロは後者だと確信があった。言葉使いはおかしくとも、会話からクロが教養がある事が分かっている。
今は自分の願いを叶えてもらい、早急にクロを快く送り出せる状況を作り出すのが一番だ。
何も返せないが、せめて最後の日には土産と飯でもてなしてから送り出してやろう。
そこまで考えると、ロベルトはクロがいるであろう方向に頷いた。
「……で、なんで結局こっちに戻ってくる訳?」
鼻よし! 透明よし! テレポーテーションよし! と指差し確認までしてから街へと踏み入れたクロ。
透明になるとお互い視認出来なくなるという問題もあったが、クロのイメージで簡単に改良が出来た。
街への侵入に何も心配が無くなったことで、昨日の出来事を忘れたかのような明るい雰囲気で街並みをクロは楽しんでいたが、目的の指示は一向に来ない。
ロベルトがクロを誘導したのは、昨日侵入しようとした抜け道から程近いスラムだった。
「ああ、悪い。説明してなかったか。俺は皆が自分で建てられる家が欲しいんだ」
ロベルトの言葉に、メインの通りで見た建物と今見えるスラム建物をクロは頭に思い浮かべる。
白い壁の二階建ての建物と、木で出来た粗末な平家。
「コンクリートじゃないとは思うけど、石積み上げて壁になんか塗ってるとかなら確かに大変かも」
「雨風が凌げて、人として生活出来ればいいんだ。その先は、自分の努力でより良い生活を掴めばいい」
「そっか」
恐らく同年代でありながら、そう考えるロベルトの事をクロは感心したし、尊敬もした。
それと共に、そう考えるまでに至る生活を想像すれば悲しくもあった。
その後、二人は少しの会話をしてから目的を達成する。スラムの中でも、まだまともな家として機能する平屋と、同じくまだまともな麻のセットアップをクロは覚えて帰還した。
透明なまま帰還するならば、魔法を使って移動しても人目を気にする心配はない。しかし、ロベルトはまだやりたい事があるようでクロに移動地点を魔法の実験をした場所に指定した。
「さっき覚えた服を作ってみて貰えるか?」
「わかった」
今まで全てイメージの具現化が成功しているから、クロは失敗しないと確信があった。
「……おお、出来た」
クロの確信は事実として現れた。彼の目の前にはイメージした通りの一対の服がある。
ロベルトに渡された銅貨が簡単に瓜二つに複製出来たように、しっかりと詳細を覚えていなくても複製出来る事が二人の認識に増えた。
「じゃあ、次に家を」
「ここに建てんの!?」
驚いてクロは声を上げる。歩けない事もないが、ここは居住地域から少し離れているのだ。
「区画整理的な? それとも別荘?」
「いや、建てるのは向こうだが、バラして持っていきたい」
「バラす?」
「ああ、本当にアンタがいなきゃ使えない方法だ」
理解が出来ていないクロだが、取り敢えずロベルトの言葉通りに家を魔法で建てる。
「これを、建てる前の材料事に分けて欲しい」
「そっか、自分達で建てるって言ってたもんな」
納得して、クロが木材や釘が建設前の材料毎に分けるのをイメージすれば、淡い光と共に目の前の家が解体されて材料が並んでいく。
「すげえ、魔法っぽい!」
「確かに不思議な光景だ。じゃあ、次に建てる順序で組み立ててくれ。俺が覚えるまで」
「ロベルトが覚えるまで?」
「建て方を誰も知らなければどうしようもないだろう?」
当たり前のようにロベルトは言うが、自身で覚えようと思う事にクロは驚いた。
「取り敢えずやってみるけど……」
「よろしく頼む」
魔法で家が建設されていく光景を必死に覚えるロベルトの顔を横目で見ながら、クロは内心聞きたい事が増えていく。
そんなに一生懸命になる程、あの住処の住人達はロベルトにとって大切な者達なのか?
なんでこんな森の中に住んでいるのか?
メモでもした方がいいんじゃないか?
それとも字が書けないのか?
疑問が湧くのは、クロがロベルトと共に時間を過ごした事によって精神的な距離が近づいた事によるものだが、それを本人に聞ける程親密な関係でもなかった。
建設風景のリピートを三回目に頼まれた時、飽きてきたクロはオート機能を思いついて魔法を掛け直してからその場を後にした。
その夜、ロベルトはクロが眠る自身の棲家に帰っては来なかった。




