5
クロが目覚めると、見知らぬ天井が目に入った。
天井と呼ぶことさえ戸惑うような。粗末なそれ。
寝ぼけ眼のままクロは起き上がり、やっと状況を理解する。
「そっか、夢じゃないんだよな」
落胆するようにクロは溜め息を吐くが、そこに暗さはない。
ぱんっと音が鳴る程強く頬を叩くと、クロは入り口の方へと歩み出した。
入り口の布を広げると、きゃっきゃと騒ぎながら駆け回る子ども達を顰めっ面で追いかけるロベルトの姿がクロの視界に映った。
「いいお兄ちゃんじゃん」
ふっと笑いながらクロは呟くが、同時に気付く事がある。
「大人いなくね?」
昨日の森林火災で駆けつけたのは、クロと同年代と思われる男達。クロの精神が落ち着き、トイレ代わりの穴へ案内された時に幾名かの住民とすれ違ったが全て少女と呼ぶべき年齢の者達だった。
まるで御伽噺のネバーランド。
子どもだけの世界と言えばファンタジーな雰囲気が漂うが、ここの住民達の身なりは貧相だ。もっと言えば汚い。小綺麗に見えるロベルトさえも、大分着古された服を着ている。
何やら訳ありのようだと感じてクロが顔を顰めた時、入り口から顔を覗かせていることに気づいたロベルトが、騒ぐ子どもを放置してクロの元へと寄って来た。
「起きたか。気分はどうだ?」
「ありがと。今は大丈夫」
この先の事を考えると不安が胸に滲むのをクロは感じるが、一晩置いて大分気持ちが落ち着いたのも事実だ。
「これからの予定を考えたんだが、話してもいいか?」
ロベルトの言葉にクロは頷くと、彼が家の中に入れるように移動する。
草を編んだ簡易的な座布団にロベルトは腰を下ろすと、暫し考え込んでから口を開いた。
「まずは、アンタの不思議な力でどういった事が出来るのか試したいと思う」
「確かに、俺も何が出来るのかよくわかってないもんな」
「場所は勿論移動するが、一つ、約束して欲しい事がある」
「約束?」
クロが問えば、ロベルトは真面目な顔で頷いた。
「俺以外の誰にも不思議な力が使える事を言わないで欲しい。ここの外に限っては何も言えないが、あまり軽くいうのは辞めた方がいい」
「え、どして?」
クロが特に何も考えずに尋ねる。
「俺の想定通りの力をアンタが使えるなら、これからアンタにはかなり頼ることになる。俺はアンタの力に頼りきりの生活を皆にさせたくない。それと」
そこでロベルトは言葉を区切る。
「有用だと思った奴に目をつけられたら、監禁されて悲惨な人生が待ってると思うぞ」
溜め息と共に吐き出されたロベルトの言葉にクロは戦慄した。
いくら魔法が使えど、クロは背後から殴られたり仲良くなったフリして近づかれたら抵抗出来ない自覚があった。そう思える程、クロが生きてきた日本は平和な場所だったのだ。
昨日蹴られた痛みがクロの脳裏に蘇る。
この世界が地球なのか、それともテレビで観るような別世界なのかはまだ判断つかないが、日本と治安を同列視してはいけない事をクロは心に刻む。
映画で観るような治安の悪さであれば、突然銃で撃ち抜かれたりする事もあり得る。
それに抵抗出来る、いや、対処出来る位にはなりたいな。
クロは火を生み出した自身の掌を見ながらそう思った。
真剣な顔で黙ったクロが、話が通じない程動揺してない事を確認してロベルトは続ける。
「兎に角、俺達はまだ認識の擦り合わせすら出来ていない名前を知るだけの関係だ。俺がアンタの不思議な力を求める限りは、アンタに出来る限りの事はしてやるから」
短い付き合いだが、子どもを追いかけ回す様子や火事という緊急事態でも指示を出していたロベルトの姿を思い出し、クロは少し安心を覚えた。
「まあ、取り敢えずは移動するぞ」
ロベルトの言葉と共に、クロは森の中へと移動を始める。魔法の試験的実験の始まりだ。
「まずは、アンタが見せてくれた火の玉」
「こう?」
住居地区から歩いて十五分程の拓けた森の中でロベルトとクロは実験を始めた。
宙に拳大の火の玉をクロがイメージすれば、その通りに火の玉は浮かび上がる。
「それを小さくしたり、大きくしたりは出来るか?」
ロベルトに言われた通りに、クロがサイズをイメージすれば、火の玉は自在に大きさを変えた。
大きくする時に、熱さを危惧して大分高い位置に浮かべたのは経験からだ。
「消すのも同じように出来るのか?」
その言葉に、クロは身体をビクッとさせた。
森で火災を起こしたのはクロの不注意だからだ。
クロが火を消すようにイメージすれば、火は収束して跡形もなく消える。
「……やった!」
同じ過ちはしないと心にクロが刻んでいると、ロベルトから次の指示が飛ぶ。
「次は、昨日のように雨を降らせてて欲しいんだが、範囲を指定する事は出来るか?」
確かに、毎度びしょ濡れになっては困るとクロは思う。小さい雨雲と強い雨をイメージすれば、それは簡単に具現化した。ついでにと、調子に乗ったクロが雷もイメージすればミニサイズの雷が発生した。
「!!!!」
電導率が高い方に雷は飛ぶと授業で習ったのを思い出し、クロは急いで雨雲ごとそれを消した。
「クロ、アンタはどうやってその不思議な力を使っている?」
「なんか、頭にイメージしたら出来るみたいだ」
やはりな。ロベルトの想定した通りの事実だったらしく、彼は短くそう呟くとポケットから何かを取り出してクロへと渡した。
「なんだコレ?」
小さいながらに少しの重みがあるくすんだ色の何か。
「メダル?」
「銅貨だ」
「どうか? ドウカ? ああ、銅貨!」
クロの知る硬貨は機械で全て成形された綺麗な円形のもの。手にした銅貨は金属を無理やり潰したようなもので、円形でもなければ厚みも一定ではない。
珍しそうにクロがそれを眺めていると、ロベルトがそれを顎で指す。
「不思議な力で、それと同じ物を作れるか?」
「いや、出来る訳……」
反射的に断りかけて、クロは気づく。
魔法のイメージとして、ゲームや漫画の世界で炎や水を出して戦うイメージが強いだけで、クロは今のところイメージを全て具現化してるのだ。
「まじでできんの……?」
半信半疑で、クロが左手に載せた銅貨を右手へコピーすると疑いもない事実としてそれは起こる。
「本当に出来た……」
「よし! これで俺達は底辺から抜け出せる!」
呆然と呟くクロと、予想していたロベルトに温度差はあるが、心の内で興奮してるのは二人とも同じだ。
「イメージしてから力にするのに多少時間がかかるのは難点だが、今はいい。追々それは特訓でもしよう。兎に角まずは行動に移そうぜ! 街に出るぞ!」
興奮を隠さず言うロベルトに、クロはゆっくりと頷く。
未だ心の端で、これは夢だと信じている自分にケジメをつけ、クロは異世界で大きな一歩を踏み出し始める。




