4
「あはは、ずぶ濡れだね。君は街に帰るの?」
黒田は、近くにいた長身の男に話しかけられて行く宛がない事に気づく。
「もし帰る場所がないならうちに来たらいい」
最初に黒田に話しかけて来た男が、いつの間にか黒田の背後に立っており言葉をかけた。
「まじで? 助かる。なんつーか、俺迷子でさ」
夢の中で迷子ってのもおかしな話なんだけど。
心の中でそう呟きながら黒田は返事をした。
夢の中と言えど、昨晩冬の森が寒かったように、雨に打たれて既に黒田の身体は冷え始めている。
「俺はロベルトだ」
「俺はアレン」
「えっとー、ちっこくて愛想のないのがロベルトで、へらへら優男がアレン?」
「アンタ、喧嘩売ってんのか?」
ギロリとロベルトに睨まれるが、黒田にその威嚇は意味をなさなかった。ロベルトは小さいのだ。黒田の肩程の背丈しかない。子どもが粋がってて可愛いなと黒田が微笑むと、ロベルトの目は更に鋭さを増した。
「ごめんて。そんなつもりはなかった。俺は黒田圭」
「クロか。アンタ、ダケイって変な語尾使うんだな」
「方言?」
「違くて! 黒田が苗字で……」
言いかけて黒田は思った。
夢の中の住人に説明する必要ってある? と。
「いいや、クロで。それよか、まじで寒くなってきた! 案内よろしく!」
その言葉にロベルトとアレンは頷き、火の鎮火を見届ける二人の見張りを残してゾロゾロと男達は移動し始めた。
「ここが俺の家だ」
「こりゃまた、趣のある家で……」
クロはポカンとした顔で呟く。それも仕方ない。案内された家は、日本で育ったクロからすると家とは言えないような代物。
木々の間を紐で繋ぎ、布を掛けたテントのような家。雨よけの為に藁のようなものが乱雑にくくりつけられているから、休む場所としての機能は果たせるレベルのもの。
辺りには同じような物が並んでいるが、中でもロベルトが家だと言った物が一番立派だったから、クロは彼がこの集落のリーダー的存在なのだと認識した。
「入れ」
「お邪魔しまーす」
クロに続いてアレンも入ろうとしたところで、ロベルトが手で制止した。
「アレン、見張りを頼めるか?」
「……! わかった」
「うわ、雨の中見張りなんて大変じゃん」
クロは小さく呟くが、止めるような事はしない。この集落で見張りを置くルールがあるならば、自分に止める権利はないと思っているからだ。
「どこ座ったら……痛ッ!?」
ロベルトの家の中に入り、クロは背後へ問いかけた所で衝撃が走った。
背後からロベルトがクロの背中を蹴ったのだ。
蹴られた衝撃のまま、クロは床へと倒れ全身を打ちつけた。
辛うじて手はついたものの、打ちつけた痛みにクロは悶絶する。
そこへロベルトは容赦なくクロの上へ馬乗りになり、腕を背後に回し固めた。
「アンタ、何者だ?」
「…………あのっ!」
痛みで答えてられるような状況じゃないとクロは思うが、肩がギシギシと鳴り、答えないと状況が悪化する恐れから声をあげる。
「質問の意味がわからないんだけど!? それと痛い!!」
「しらばっくれるな。アンタ、さっき不思議な力を使っただろう」
「だから何のこと!?」
「俺は見た。アンタが光った後に雨が降ったのを」
ロベルトは全体に指示を出す為と、火の広がり具合を判断する為に全体が見渡せる位置にいたのだ。
「………………まじで?」
「どういう事だ?」
「俺、雨降らせるんだ? 水属性も持ってるって事? やばくね?」
拘束されているにも関わらず緊張感のない態度、それに加えて雨を降らせた事へ無自覚だったクロを見て、ロベルトは段々とクロを疑うのが馬鹿らしくなってきた。
雨を降らす、そんな人間の理を外れる能力を持つ者であれば油断してはいけない。
何を目的とするか、先手を取られないか。そんな考えの元、注意を払ってロベルトはクロをここまで連れてきたのに、ただの気苦労だと察する。
ロベルトは短く溜め息を漏らすと、クロの上から退く。
「質問を変える。アンタは何者で、どうやってここへ来た?」
「俺は高校生で、どうやって来たも何も気づいたらとしか。だって、ここ俺の夢の中じゃん?」
その意味不明な言葉を、ロベルトはバカにするでもなく、理解を諦めるでもなく、ただ正直に真っ正面から受け止めた。
それ故に、大きく衝撃を受けた。
「……アンタは、ここが夢の中だというのか?」
「そう。ってか、聞いてよ! 俺学校帰りに歩いてて気づいたら知らない森の中だし、夢の癖に寒いのなんのって。それにほら」
そう言って、クロは火の塊を浮かべた。前回の反省を活かし、掌は出さずに距離を取っている。
「こんな事出来るのって夢の中だからっしょ。夢の住人に言っても伝わるかわかんないけど」
クロがロベルトに伝わらないと思っていても喋ってしまうのは、昨晩の反動だ。それ程までに、クロにとって森の中は精神的に苦痛だった。便利な機械がそこら中にあり、常に人に囲まれて育った少年には仕方ない事と言える。
だが、それらの事をロベルトは一切知らない。与えられた情報は彼にとってあり得ない事だったが、先程の雨乞いで既に覚悟はしていた。
「例えば、アンタが別の街……いや、ここではない別のどこかから、その不思議な力で来てしまったという事はないのか?」
「そんな訳…………あっ!」
否定しようとして、クロの頭にテレビで見た映像が思い出される。
空からカエルが降ってくる映像。神隠しの怖い話。天空に浮かぶ謎の島。
普通はあり得ないオカルトとして観ていたそれらだが、クロは今実際にあり得ない事を起こしているのだ。
これが夢ではないとしたら、ロベルトが言った事は大いにあり得る。
「夢じゃ、ない……?」
そう思った瞬間、クロは視界が大きく歪むのを感じた。モノクロの中で、ぐにゃりと世界が蠢く。過度なストレスによるものだ。
クロ自身、その可能性には気づいていた。そうだとしても、どうしていいか分からず戻る方法も分からない。そんな過酷な現実に目を向けなければならず、自身の心を守る為気付かないフリをしていたのだ。
「……っは!」
短く息を吐くのがやっとで、クロは息の仕方がわからない。酸欠で、より頭の中がぐるぐるするのだけ感じていた。
「落ち着け!」
突如、顔面蒼白になったクロの肩を掴みロベルトは声を荒げた。
「だって、俺、どうしたらいい」
か細くクロが呟くのを見て、ロベルトは浅はかだったと後悔する。ロベルト自身も少年だが、彼から見ても相手も同じ年頃だ。掛けた言葉を自分に当て嵌めれば、クロが動揺する事などロベルトには予想できたはずだった。
「アンタは俺にとって利用価値がある。そう、その不思議な力を俺は欲しい。共にアンタの事も考えるから、アンタも俺を利用しろ」
真っ直ぐに目を見て告げるロベルトの言葉で、クロは世界が色を取り戻したのを感じた。
独りじゃない事実が、自身が生きる為に必要な事だとクロは初めて知った日だった。




