2
ゆらゆらと漂いながら、メリーの意識は深くへと潜っていく。
底へ到着すると、メリーの意識は視界が広がるのを感じた。
『ここが最初かな?』
メリーが辺りを見回すと、木が生い茂る森の光景が映る。
唯一、その景色に馴染まず一人の少年が呆然と立っているのをメリーは見つけた。
『わ! わわわわ! クロ様幼い! 可愛い!』
ハイテンションでメリーが声を上げるが、そこに立つクロ少年には届かない。
これは、過去に戻っている訳ではなく過去の記憶を上映しているに過ぎないからだ。
『あの女は、客と同調するって言ってたなぁ。折角だし私もやってみよっ』
元の記憶を読み取る魔術道具の持ち主を突き止め、脅し、話を聞き出したメリー。
きちんと情報を精査した上で術式を発動させたものの、メリーの莫大な魔力と占い師の女では天と地の差がある。
どうやらメリーは莫大な魔力の所為か俯瞰した立場にいた。しかし、目的のクロを見つけたので意識と魔力を向けて同調を始める。
「まじでここ何処だよ……」
視界いっぱいに広がる木・木・木。
紛れもなく森の中。その中でも少し拓けた場所で、黒田圭は呆然と突っ立っていた。
状況を整理しようと、先程までの記憶を振り返る。
いつもと変わらない退屈な授業が終わり、いつものメンバーとつるんでくだらない話をして、いつもの帰り道を歩いていただけ。
対面を走るトラックのライトが眩しくて、目を細めた所で黒田の記憶は途切れていた。瞬きをした瞬間、見知らぬ森の中。
「事故って、森まで飛んできた……?」
ふと自分の身体を確認するが、黒田の身体は直前までの記憶と同じ制服姿。怪我や汚れは見当たらない。
「いやいやいやいや! んな訳ないって!」
一人でツッコミを入れても、反応してくれる者は誰もいない。
「え、なに、俺死んだって事……? それとも、ここがあの世……?」
勿論、自分でツッコミを入れずとも、反応してくれる者は誰もいない。
「……まあ、普通に考えて夢だよな」
ぷーんと嫌な音が聞こえた気がして、黒田が反射的に自身の頬を叩く。掌を見れば、血を吸った蚊が潰れていた。
「こんな夢は嫌だ! 蚊に吸われるリアルな夢!」
返事はないが、自身の絶叫が森の中で木霊して黒田の元へと返ってきた。
「……夢ってどうやったら醒めるんだっけ?」
悲痛な声で呟くと、黒田はその場に座り込んだ。
それから、黒田は夢から醒める為に色々試してみた。
夢で寝たら現実で起きるのか?
土の上で横になった所で、虫が顔の上を這った気持ち悪さですぐ様飛び起きた。
痛みで目が醒めるか?
頬を抓るが何も変化はない。木を全力で脛で蹴ろうと考えたが、万が一の痛みを想像して実行に移す事はなかった。
浮遊感で目が覚めるか?
授業中に眠ってしまった時によくある、足がガクンと落ちる感覚。それを思い浮かべて、黒田は自分が登れそうな木を探して太い枝の上から飛び降りてみるが、夢はいっこうに醒める気配はない。
「てか暇だよ! 携帯もない! マンガもない! テレビもない! 暇で死ぬよ! 東京行きてぇー!」
時折、思い出したかのように声を上げるが、勿論誰からの反応もなければ夢からも醒めない。
諦めて、木に生えている葉っぱの数を数えて時間を潰す事にした黒田だった。
「やばいやばいやばいやばい! 寒すぎる!」
葉っぱを数える内にどのくらいの時間が経ったのか。黒田の体感では、もう数年数えていた気すらする。
しかしそうして時間を潰せたのも夕方まで。日が暮れると急激に周囲の温度が下がり始めた。
歯の音が合わず、ガタガタと音をさせながら必死に自分の身体を黒田は擦る。
「ちくしょう、明るいうちに歩けば良かったか。こんな暗くちゃ歩けないって」
軽口を叩いて寒さを紛らわそうとするが、なんの意味もなさない。その場に蹲って膝を抱える事で、必死に寒さに耐えた。
「俺の膝あったけー。膝があって良かったと思ったのなんて人生初めてだわ」
黒田は納得のいく体勢を見つけたようだが、それでも寒さが無くなった訳ではない。小刻みに震える身体を抱きしめて白い息を吐く。
「マッチ売りの少女が幻を見たい気持ちが今ならわかるわー。ここにはマッチもないけど」
暇は精神をおかしくさせるのか、黒田が目の前に焚き木がごうごうと燃えるのを想像していると、思いがけぬ異変が起きた。
黒田の目の前に焚き木が実際に現れたのだ。
「嘘!? まじで!?」
寒過ぎて幻影が見えたのかと思ったが、クロはこれが夢だったと思い出す。
「なんだよー魔法使えるなら早く教えてくれよー」
そうは言っても、ここへ来てから黒田に語りかける人物など何処にもいない。
「焚き木が現れるって事は、俺火属性? 強そうだけど、戦う系の夢はちょっとなぁ」
そんな風に独り言を呟いてるうちに、焚き木の温もりが眠気を誘い、黒田はいつしか眠りについた。
「まじかよ。夢から醒めてもまた夢か……」
そう言って黒田は深く溜め息をついた。
言葉の通り先程まで夢を見ていた黒田。しかし、その夢が醒めれば目の前に広がるのは森。
「なんつうかさぁ、ここまで来ると夢じゃないんじゃないかって思えてきて泣けるわ」
そう言って肩を落とした黒田だが、ふと昨晩の記憶を思い出す。
「あれ? 俺魔法使えるんだっけ?」
試しに、掌の上に浮く火の玉を思い浮かべてみる。
「あっち! あちちちちち! あっち!」
実際に浮かんだが、掌の十センチ程度で燃える火の玉は余程熱かったようで黒田は思いっきり手を振った。
「やべー。まじやべぇ。死ぬかと思った」
掌をよく確認する黒田だが、少し赤くなったように見えるだけで火傷や異常はどこにもない。
「まあ、これで魔法が使える事はわかった。空にめちゃめちゃデカイ火の玉ぶっ放せば、パキパキパキって音立てて夢壊れるような気がする」
黒田の頭の中では、ドーム状の何かの中で夢が存在するようだ。つまりは、ドーム状の外は現実。
「よし、いくぞー」
両手を上に掲げ、黒田はイメージする。
映画で観た、地球に向かってくる隕石の場面。大気圏に入り、とてつもない温度と炎を持ちながら落下してくるそれを、逆再生の如く空に打ち上げるイメージを頭に描いた。
「いっけぇぇえええ!!」
漫画か何かの主人公になった気分で黒田が叫ぶと、想像した通りの火の玉が上空から更に遥か彼方へと凄いスピードで飛んでいく。
しかし、黒田が思い描いたドームにぶつかる事なく火の玉は消えた。
「…………まじか。これ以上どうしろと」
やる気を無くした黒田がその場に座り込み休もうとして、異変に気づく。
「なんかくさくね? って、ああああああああ!!」
黒田の背後で木が燃えていたのだ。
「なんで!? って、さっきのか!?」
黒田が掌に浮かべた火の玉。熱さのあまりに手を振った瞬間、消えることなく背後の木へ引火したのだ。
煙を上げ、嫌な匂いを発しながら木は轟々と燃える。枝が隣の木へ移り、未だゆっくりとたが確実に火が燃え上がっている。
「どうしよ、俺放火しちゃった? これ逃げてもいいかな……?」
人間は、本当にどうしようもない事と出くわすと、稀に笑いが込み上げる事がある。
まさに黒田は今その状況で、声に出し笑いはしないものの顔を引き攣らせて歪な笑みを浮かべていた。




