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「まさかまさか! 優勝があの方だとは! 美人に年齢は関係ない事が証明されましたね!!」
お立ち台の上で、恰幅の良い男性が声にたっぷりの抑揚をつけて言った。
イーストプールで開催中の公式なイベント司会者だ。
美人大会を終えて、大食いイベントの設営が急いで行われているのを背景に口上を並べる。
「さてさて。次は待ちに待った本日のメインイベント! 大食らい達が挑む料理はこちら! 誰もがご存知、空を翔る馬亭のシチューだ!」
その言葉に、広場に居残る客たちから少し歓声が上がった。イーストプールでは老舗の『空を翔る馬亭』。
識字率が低く伝達手段の少ない下町エリアでは、口コミが最上級の宣伝である。老舗であればこそ、店の利用者も多くハズレない安心感がある。口コミが客を呼び、知っている客達は自分は店の客だと嬉しげに囁き合う。
広場が程よく温まった頃、大食い大会の設営も終わった。
「では、参加者を紹介して行きましょう!!」
司会者に名前を呼ばれる毎に、壇上に出場者達が上がっていく。
自身の腹部の所為で足元すら見えなさそうな樽体型の男。ガリガリだが身長がやたらと巨大な男。酒場メロウツリーの常連のゴリラに激似の男。上腕二頭筋が一般女性のウエストよりも太い筋肉隆々な男。
キャラが濃い男性陣が並んだ事で、トリに女性が壇上に上がれば微かに広場がざわめいた。
「女だろ? なんで参加してんだ?」
「まさかあれで大食いっていうのか?」
「アタシの半分くらいの体型じゃない」
「が、がんばれー」
「お前の鼻息で吹き飛ぶ小柄さだな」
「が、がんばってー」
「なんか可愛くないか?」
緊張しいで小心者のクロとメリーが頑張ってあげた声援は、簡単にざわめきに掻き消された。
しょげる二人を見つけたフィオナが、笑顔でガッツポーズを向ければ、広場で囃し立てるような歓声が上がる。
むさ苦しい集団の中に咲く花は、観客達に無事歓迎されたようだ。
「では始めましょう! 大食い大会スタート!」
号令と同時に、出場者達がシチューをかきこみ始める。
一般人では追いつけないスピードで出場者達は次々とシチューの皿を平らげていく。小柄な女性だからと、観客の一部から心配されていたフィオナも美味しそうに次々と平らげていた。
五皿、十皿と進み、遂には十五皿。
そこへ到達した頃には、既にフィオナと樽男以外の出場者はリタイアしていた。
未だ食べ続ける二人も、既にスピードが落ちている。スピードだけでなく、フィオナに異常が見え始めた。
泣いているのだ。
悲しそうに、でも食べる瞬間には幸せそうに。
複雑な表情でゆっくりとフィオナはゆっくりとスプーンを口に運ぶ。
小柄な身体で必死に食べ続けるフィオナには、既にファンがついていた。
「フィオナは頑張った!」
「よくやったよ!」
「無理しないで!」
数々の心配の声が広場のあちこちで上がるが、心配しているのはクロとメリーも同じだ。
食べる合間に、涙を溢しながら何か呟いているのをメリーの目が拾った。
「クロ様、フィオナちゃん何か言ってる」
「魔術で聞いてみるか? やばそうならフィオナを回収しよう」
クロが頷くと、フィオナの口元が小さく光り、二人の元へフィオナの呟きが届いた。
『ひくっ……たくさん食べていいって言ったのに……えぐっ……周りと合わせなきゃなんて……こんなに美味しいのに……出来ればパンも欲しいよおおおお……絶対美味しいのにいいいい……』
話は大会直前に遡る。フィオナの事を一般的な大食らいだと思ったユリウスが、フィオナへ指示を出したのだ。
周りと食べるペースを合わせる事。
食べる姿が可愛い。顔が可愛い。体付きが好き。理由はなんでもいい。フィオナを出場させて、知名度を上げる事が目的だと理解したユリウスは、小柄なフィオナが無理をしないように善意から口を出した事だった。
律儀に守るフィオナの心は、ユリウスの狙いと真逆へ向かったが、その事をクロとメリーの二人は知らない。
「「…………」」
魔術に乗っかって届いた二人の心配とは真反対の呟きを聞き、クロとメリーは唖然とした。
しかし、次の瞬間にはフィオナらしいと、二人は顔を見合わせて笑う。
「俺、そこらへんでパン買ってくるわ」
「私、フィオナちゃん応援してるね」
頷き合うと、二人は即座に動いた。
「フィオナちゃんは!! フィオナちゃんらしく!!」
メリーが張り上げた声は、今度は喧騒に消されること無く広場に響く。
「……でも、約束守らなきゃ……」
「好きに生きなきゃ! 楽しくないでしょ!! ありのままのフィオナちゃんで良いんだよ!!」
「ありのまま……」
呟いて俯いたフィオナ。その顔には、もう涙は流れていない。
「フィオナー!! パン買ってきたぞー!!」
フィオナからクロの姿は見えないが、魔術を使ったのか微かに光を放つパンがフィオナの元へ次々と飛んでくる。
「パン…!! パンだ…!!」
普段は高くて数を食べられないふわふわのパンを前に、フィオナの顔に笑顔が浮かぶ。
「ご飯を食べる事が好きなのが私? なら、私は私らしく、美味しく食べなきゃ!」
いきなり泣き出したフィオナを心配していた観客達は、次々とフィオナの元へ飛んでくるパンを見て目を見開いた。しかし、観客達の驚きはそこで終わらない。
トップタイでシチューを食べていたフィオナが手を挙げてスタッフを呼ぶ。
「あと十皿追加で! 鍋ごとでもいいです!」
シチューだけでも辛そうに泣いていたフィオナが、片手にパン、片手にスプーンを持ち物凄いスピードでシチューを平らげていく。その速度は先程までとは比べ物にならない。
驚きに、隣の樽男までも手を止めてフィオナを見つめる。
「美味しかったです! ご馳走様でした!」
始終笑顔でフィオナがシチューを食べた量は、日本のラーメン屋が使うような寸胴二つ分。
見事な食べっぷりと、観ていて楽しくなるような笑顔。それを魅せてくれた大食漢のフィオナへ、観客達から盛大な歓声が届いた。
「その小柄な身体のどこにシチューは消えたのか!? 魔術ではありませんよ!? 我々はスクロールや石版の不正がない事を確認済です!」
司会の熱の籠った口上に、観客達も湧く。
「ではでは! 優勝者、否、勇者のフィオナさん! 一言どうぞ!」
優勝賞品である目録を大事に胸に抱きかかえたフィオナが笑顔で声を上げた。
「美味しいご飯をありがとうございました! 普段は、美味しいものを食べるためにオーキッド通りのお店で働いてます。是非、美味しい物が好きな人と仲良くなりたいです!」
「ありがとうございました! 食に全力なフィオナさんに、皆さま今一度盛大な拍手を!」
司会の言葉と共に、広場には沢山の拍手が響き渡る。オーキッド通りと聞いて察した一部の男性達が、にまにまとした顔でフィオナを見つめている。
このイベントの目的は達成されたようだ。
笑顔のフィオナと会場を見届け、上手くいったことに嬉しく思ったクロは晴れやかな顔で頷いた。
しかし、クロは次の瞬間には口を結び、硬い顔で首を振る。
先程出来たメリーとの約束事。まだそれが終わっていない。大きく鳴る心臓を意識しながら、クロは横目でメリーを見た。




