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最強魔術師は無職です  作者: 十字たぬき
トレントの呪い

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「うをおおお!!」


 にゅるっと壁から通り抜けてきたクロを見て、ユリウスの部下の一人が叫び声を上げた。


 気持ちはわからなくもないと、ユリウスはひとり頷いた。


「じゃ、一旦帰るわ」


 そう言ってクロは、ユリウスの前から一瞬で消えた。


ーー本当に規格外な奴だ。

 クロについて、ユリウスは思う。こんな状況じゃなければ、とてもじゃないが理解が追いつかないと。

 切迫詰まった今だからこそ、人智を超える彼の行動を受け入れられるのだとユリウスは感じた。










 クロがユリウスに説明したのは、無理矢理クロの魔術で『トレント化させたリリィ』を閉じ込めることだった。


 トレントを表面化させることで、直接飢餓へと導く。


 守るべきことは、


 陽の光を入れないこと。


 水も栄養を与えないこと。


 恐らく、リリィ自身の衰弱も酷いから二日でトレントは消滅する。そのあとすぐに、体力を回復させる魔術をかける。そしてクロが告げたのは、もうひとつーー


「多分、トレント化したら意識が起きちゃうんだよ」


 困ったようにそう言った。だから、ドアの前から声を頻繁に掛けてやって欲しいと。


 完全にトレント化したリリィの身体は、声帯すら変化して会話はできない。


 だが、暗闇と静寂の中では、人間の精神はあっさりと崩壊する。


 そうなる事を防いで欲しいとクロは言ったが、ユリウスはそれを良く知っていた。本業の分野だ。


「返事がないと、声かけてる方もやられちゃうから、交代しながらやって」


 そうもクロは続けたが、ユリウスは二日間、なるべく一人でリリィと向きあう気でいた。

 万が一を考えると、人に任せたくなかった。ここが大一番の勝負、自分が見届けたいとも思っていた。ユリウスは十年、ずっとリリィの側で奮闘してきたのだから。






「リリィの胃の調子が戻ったら、テーブルの隙間が見えないくらい菓子を買ってきて並べるよ」


 ギギ……と、何かの軋むような音がした。


「大丈夫だって。食べきれないやつは、若い衆にやればいいんだ。皆喜ぶさ」


 また、何かの軋む音がする。


 ユリウスは、それをリリィの返事だと受けとり、リリィの好きなことをしようと、未来の話を続けた。


 遠くない未来、もうすぐ来る未来だと信じて。


 リリィが耐えてきた十年分を取り戻すのだと信じて。


 そうして、一日目は過ぎた。


 二日目になった頃、軋む音が大きくなっているのをユリウスは感じた。


ーーーー苦しんでいるのか。


 この歳で死の寸前まで耐え、いつも笑っていたリリィ。その健気な姿を思い出すと、ユリウスは胸が苦しくなるのを感じるが、あともう少しだと自分に言い聞かせた。


 リリィが好きな童話を読んで聞かせ、新しい本が手に入ったと報告する。


「童話に載っているような景色を見に行こう」


「花畑も静かな小川も、これからはいつでも行ける」


「最近は、より揺れない馬車があるんだ」


「金なんかなんか気にしなくて良い、俺を誰だと思ってるんだ」


 そう笑って語りかけるユリウスは、いつの間にか頭がぼんやりしている事に気づかなかった。






――――――――


 前方にも火の手が上がる。


 熱と、物が燃える匂いで思わず咳き込む。


 すると、後ろから追いかけてきた兄がその両手に握った剣で目の前の壁を壊した。


『ユリウス、リリィを連れて先に行け!!』


『兄さんが先に行ってよ!!』


 喋るあいだにも、火の勢いは増していく。


『俺は父さんと一緒にすぐ追いかけるから』


 時間はない。兄の強さを信じ、リリィを背負ったまま駆け出す。


『リリィはお前が守るんだ!!』


 背後から兄の声がする。


ーーーー僕がリリィを守らなきゃ。


ーーーー私がリリィを守らねば。


――――――――――






「………………………ボス……ボス!」


 意識が浮上していくのをユリウスは感じる。


 思考がクリアになった時、部下とリリィの部屋の扉が視界に入ったことで、今の状況を思い出しユリウスは焦った。


「リリィになにかあったか!?」


「いえ、何もありません。ですが、予定の時刻まで一時間を切りましたので起きておいた方がよろしいかと」


「そうか」


 落ち着きを取り戻すように、ユリウスが息をゆっくり吐き出す。床に視線を落としたところで、その端っこを何が通り過ぎるのに気づく。


 ゴキブリだ。


 普段であれば、不快には思っても然程気にならないはずの虫。だが、今は何か嫌な予感がする。そう感じたユリウスは、部下に問う。


「俺が寝ている間に他に変わったことはあったか」


「いえ、特には」


 そういった部下は、世間話だとでも言うように何気なく言葉を続けた。


「そういえば、うちとは関係ありませんが、近くの倉庫でボヤがあったそうで若いのが少し騒いでましたね」


 先程のゴキブリはその倉庫が住処だったのだろうか。だとしたら、こちらに流れてきたのは一匹ではあるまい。


 部下に害虫駆除の業者へ依頼をするよう指示をだそうとして、ユリウスは気づく。


 静かだ。


 リリィの部屋からは、軋みの音がしない。


 苦しみの音がしない。


『光を遮る魔術は掛けとくけど、物理的なものはやめとくわ。万が一、何かあっても俺がいない時アンタら入れないじゃん』


 ユリウスの脳裏に、クロの言葉が過ぎる。


 人が入れるという事は、虫は容易ならもっと容易であろう。普段であれば、清潔にした室内に現れにくいそれも、住処を追い出されパニックを起こした状態ならば、清潔な部屋の中に現れてもおかしくはない。



「すぐにクロを呼べ!」


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