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「わわわわ!!」
目の前が光り、思わず目を閉じたフィオナ。次に目を開けた時、視界に映るのは先程までいた部屋では無かった。
「どこですかここ!?」
「俺の下宿先」
「なんですか今の!?」
「魔術だよ、知らねぇ?」
「魔術……」
イーストプールに来てから水洗トイレの存在に驚いたフィオナだったが、ここでも魔術に驚かされた。
石版にもスクロールにも詳しくないフィオナは、何の疑いもなく魔術の凄さに目を輝かせる。
「ちょっと待ってろ。今何か作るから」
そう告げてその場を離れようとした時、クロの背筋に悪寒が走る。
衝動的に振り向けば、暗い店内の中、魔術具でほんのり顔を照らしたメリーが立っていた。
「私もクロ様の手料理が食べたいな」
「そ、そうか。わかった」
クロは、心臓がバクバクと大きな音を立てるのを感じながらも平常を装う。
フィオナの方へ歩み寄ってくメリーをちらちらと気にしつつ、メリーの善性を信じてクロは厨房へと向かった。
クロは、自分が食べたいが為にアンナに頼み込んで作ってもらってるホワイトソースが鍋の中にあるのを確認すると、他の鍋に沸騰した湯を魔術で用意してパスタを茹でた。
その間に、フライパンにホワイトソース・生卵・干し肉・チーズを入れ温める。
パスタを湯切りして、ソースを絡めればカルボナーラ風パスタの完成だ。
三人分のパスタを盛り付けていると、若い女性同士気が合ったのか、二人が笑い合う声がクロの耳に届いた。
メリーの機嫌が悪くないのにほっとしながら、出来上がったパスタを持って二人が囲むテーブルへと向かう。
「お待たせ」
「クロ様ありがとう! 私ワイン用意してくる」
メリーが部屋を出たのを確認してから、クロはフィオナにこっそり問い掛けた。
「メリーと何を話してたんだ?」
「クロさんとの一部始終です」
「まじかよ!」
「嘘です」
「…………」
笑顔で平然と嘘をつくフィオナに、胡乱気な眼差しをクロは向けた。
「なんで嘘ついた?」
「私が言ったの。聞かれたらそう答えるようにって」
ワインを持ってきたメリーがクロの背後から答える。
「クロ様を縛るつもりはないけど、ちょっと悪戯したっていいでしょ?」
「……悪戯にしては心労がすげぇわ」
クロと共にテーブルを囲む二人の美女。
片方は全力で愛の言葉を唱えるストーカー。
片方は仕事とはいえ、猪突猛進で色気を振り撒く娼婦。
ある意味ハーレム要素が詰まった夜食の場なのに、何故かクロの心は晴れない。
俺の望んだモテ期と違う。
クロは心の中でそう愚痴を零しながら、冷める前にと両手を合わせて目の前のパスタに手をつけた。
「クロ様、これ凄い美味しい」
余程美味しかったのか、興奮で頬を上気させながらメリーが呟いた。
「ホワイトソースとチーズかな? 他はなんだろ? 知ってる味なのに知らない味。クロ様料理できたんだね」
「別にソース温めてパスタ茹でただけだし、誰にでもできるよ」
ぶっきらぼうにクロは言うが、褒められて嬉しいのかその顔は得意げだ。
「美味しかったです!」
過去形のその言葉に疑問を感じて、クロがフィオナの皿を見れば、ソースの一滴も残さずパスタは消えていた。
「パスタどこいった!?」
「どこもなにも、私のお腹の中です」
「だって、俺と一緒に食い始めただろ!?」
「美味しすぎて、あっという間でした」
残すようなら俺が後で食べよう。クロがそう思って一人一食分を盛り付けたパスタ。
それがものの一分もせずにフィオナの胃の中へ消えた事実に、クロとマリーは驚きを隠せない。
「フィオナちゃん、そんなに急いで食べて大丈夫なの?」
「はい! ご飯食べるの大好きなので、美味しいとすぐ無くなっちゃうんですよね」
その言葉に、クロはふと先程のフィオナの言葉を思い出す。
『家族にお腹いっぱい食べさせたくて』
それは、果たしてその言葉通りのものだったのであろうか。田舎は都会と比べて物の単価が非常に安い。都会に住む家族を養うのは難しいが、仕送り位ならば昼間の仕事で稼ぐ事も可能である。
「フィオナ。アンタ、夕飯にパスタ食べるとしたら毎日どの位食べる?」
「えーっと、このお皿十枚分ですかね? あれ? もっとかな」
「家族もその位食べるのか?」
「実家だとそれは難しいです。一人五皿が限界です」
「そりゃ金がかかる訳だ……」
その時、ぐううとフィオナの腹が鳴った。
「えへへ。少し食べたら、なんかお腹減っちゃったみたいです」
「私も何か作ろうか? クロ様、後で買い足せば厨房の食材使ってもいいかな?」
「ああ、金は俺が出すよ。てか俺も手伝う」
決して、フィオナは貧乏で満足に食べれない訳では無い。むしろ逆だ。
しかし、恵まれた生活水準で子ども時代を過ごした二人には、腹が減っているのに我慢させる事が悲しい事のように思えた。
「いいんですか! 楽しみだなあ!」
心底嬉しそうに笑うフィオナ。その顔に釣られて笑みを浮かべながら、クロとメリーは深夜の厨房に向かっていた。




