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最強魔術師は無職です  作者: 十字たぬき
占い師

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『酒場』メロウツリーは今日も賑わう。


 酔っ払いたちの喧騒の中、ダン、と音を立ててクロがジョッキを乱暴に置いた。


「なんで俺はモテないんだ」


 溜息をつけば、同じテーブルを囲む酔っ払いが律儀に付き合う。


「顔じゃねえの?」


「そんなに俺ブサイクか?」


「ブサイクって程じゃないと思うけどよ、なんつうかお前、目はつぶらな割にのっぺりしててトカゲとか蛇っぽいんだよ」


「ひゃははは!! 蛇!!」


「ヒョロいしな! 長いしな!」


「白いから高く売れそうですね!」


「うるせえな!!」


 どうやらクロの琴線に触れたようで、またジョッキをテーブルに打ち付けた。


「お前らなんか、豚にゴリラにゴリラにゴリラじゃねぇか! ってか、ゴリラ多すぎんだよ!」


「俺ゴリラだけどハニーいるしな」

「俺もゴリラだけど息子もいるしな」

「俺もゴリラだけど孫までいるしな」


 豚似と言った恰幅のいい客に、クロがじとっとした目を向ければ、恥ずかしそうに小さく手を上げた。


「私、最近お店から女の子を身請けしたんです」


「アンタもかー!!」


 ちくしょうと叫ぶクロの姿に、酔っ払い達が笑っているとテーブルに一つの影が忍び寄る。


「何の話してるのかな?」


 絶対零度の微笑みを携えたメリーだ。


「メメメメメリーちゃん!」

「きょきょきょ今日も可愛いね!」

「ささささあ、何の話だったかな!」


 わざとらしく挙動不審になった客をスルーし、メリーがクロに目を向ければ机に頬をつけて項垂れているのが見えた。


「うっせーな。オトコ同士の話だよ」


 ぶっきらぼうにクロは言うが、拗ねたその顔が可愛いと興奮したメリーに言葉の内容は伝わらなかった。


 他のテーブルから声を掛けられ、メリーは名残惜しそうにクロの側から離れていく。今日のメロウツリーは回転が早いため、メリーは店の手伝いをしていた。


 その様子を見送って、ゴリラ顔の酔っ払い達が口を開く。


「冗談は置いといてもよ、メリーちゃんがいるのに何でそんな事言うんだよ」


「いい子だし、スタイルいいし、美人だもんな」


「正直クロには勿体ねぇよ」


「俺は結婚するつもりはないんだよ。てか、そういう話じゃなくて俺は男のロマンの話をしてたの! 一度でいいからモテ期を味わってみたいだろ」


 拗ねたように口を尖らせ、クロが言った。


「ぎゃははは! 可愛くねぇ! なんだその顔!」

「ぷぷぷぷ! クロさんはまだ子どもですねぇ!」


「うるせぇ!」


 メロウツリーは今日も賑わう。


「……やっぱ、失った青春への憧れってやつなのか」


 だから、そうクロが呟いた言葉は、酔っ払いの喧騒に掻き消されて誰にも届くことなく消えた。






 メロウツリーでクロと呑んでいた常連達は、明日も朝が早いからと割りとすぐに解散した。

 飲み足りないというよりも、まだ寝たくない。そんな気分で、クロは夜の街を散歩していた。


 この街は、豊富な石版のお陰で夜の更けたこの時間でもまだ明るい。そこらかしこに点在する街灯に、少しの魔術を注げば一晩明かりが灯る。


 人々の喧騒、客引きの声、酔っ払い同士の喧嘩。

 それらを耳にしながら、酒でふわふわとした頭でクロはゆっくりと歩く。


「クロじゃん、久しぶり!」


 声を掛けられた方にクロが目を向ければ、性的な魅力を推し出した格好の女が、笑顔で手を振りながら寄ってきた。


「最近来てくれないじゃん? パタりと来なくなったから心配してたんだよ」


「あー、ちょっと今そっち方面まずいんだよ」


 苦い顔をしながら言うクロの頭に絶対零度の笑みを浮かべるメリーの顔が浮かぶ。

 クロとメリーは付き合っている訳では無い。しかし、全面的に愛を伝えられて、平気な顔で夜の女遊びに行けるような図太さをクロは持ち合わせていなかった。


「なに? 結婚でもしたの?」


「そういう訳じゃねぇけど……」


「それはよかった! 超絶優良客のクロにお願いしたい事があるんだけど」


 そう言って、女はするりとクロの腕を取り自身の豊満な胸を押し当てた。腕に感じる柔らかい感触に、酔いとは別の赤みがクロの顔に浮かび上がる。


「なんだよ、厄介ごとか?」


「そんな事ないよ! うちの新人ちゃんをお客にとって欲しいの」


「…………厄介ごとか?」


 クロが訝しげな顔でもう一度聞く。

 女の職業は娼婦。男を相手にする仕事。歩合で給料が変わるため、同業の女達と切磋琢磨し合い客を取り合う筈の彼女が、何故他の女を客に取れと言うのか。

 裏があるに違いない、クロはそう思った。


「可愛いし、いい子だし、おっぱい大きいし、おすすめの子だよ?」


「…………厄介ごとか?」


 大事な事だからクロは何度でも聞く。見目も性格も良いならば、自分で太客を掴めるのだ。わざわざ紹介するような要因がある筈だと、クロは疑った。


 女は、笑みを浮かべた顔を引き攣らせると、観念したように小さくため息をついた。


「…………いい子なの」


「ん?」


「いい子なの、凄くいい子なの。そんでもって、真面目なの。客商売で自分が商品なんだから、仕事のために頑張るのは当たり前よ。それにしても、凄く真面目すぎるの」


 女はそこで言葉をとめ、ぼんやりと宙を見ながら感情を消した顔で小さく吐き出す。


「あれじゃ、いつかパンクするわ」


 娼婦をする女の中には精神的に参ってしまう、壊れてしまう者も時々存在する。

 歩合制の給料形態がそうさせるのか、商品である女の身体に若さという期限付きのピークがあるからか、娼婦になったきっかけの所為か。はたまた、性的な商売には人を壊す何かがあるのか。


 クロには女達の苦悩は想像もつかないが、人の心が壊れる瞬間は知っていた。


「なんとなくわかったよ。でも、それにしたって何でアンタがわざわざ俺に紹介すんだよ」


「…………故郷の妹に少し似ているの」


 そう言われてしまえば、クロはもう断る術を持たない。人が好きで、人の情にとことん弱い。


 頭をガシガシと掻いて、クロは溜め息をついた。


「わかったよ。酒呑んでるし寝ないけど、様子見る位はする。案内しろよ」


 寝ないならセーフか? と、再度頭にメリーが浮かべるクロが、問題はそこではないと後日メリーから責められるのはまた別の話である。


「ありがとう。クロはやっぱいい男だわ。顔が蛇じゃなかったら完璧!」


「お前もか!!」


 クロの必死なツッコミが、夜の街に響いた。

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