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「そこのお兄さん、あなたの幸運が見えます」
そう言って麻のローブを着た女は通りすがりの男へ声をかけた。
声をかけた男は全身黒色の奇抜な格好だが、その服はくたびれていないどころか、この辺りでは見ない生地のズボンを履いている。きっと王都で大枚はたいて仕立てたものに違いない。女はそう思った。
占いを生業としている女にとって、趣味に金をかける人間程いい良いカモはいない。貴族や商人よりも、こうした趣味に金をかける一般人の財布の紐の方が緩い事を、これまでの経験から知っていた。
「え? 俺?」
食いついた。女はローブの影で隠れた瞳をギラリと光らせた。
「あなた以上に幸運の未来を持つものなんて誰がおりましょう? どうぞこちらにお掛けになって。あなたの運勢を詳しく見ますので、この水晶に手を翳してくださいな」
そう促せば、黒い服を着た男は何の疑いも持たずに水晶へと手を置く。
「俺占いとか初めてなんだよね。昔は毎朝観てたけどさ、ああいういうのって何か違うじゃん?」
そう言ってワクワクした様子で男が手を乗せる水晶は、実は水晶ではない。ただのガラス玉だ。それにしたって一般人からしたら高価な代物だが、女の狙いは別にあった。
水晶の下に敷いたクロスは、相手の過去を覗く事の出来る魔術式が刻まれた道具だ。それを使い、読み取った相手の情報からあの手この手で金を踏んだくるのが女の持つ技術だった。
「では、占います」
女は目を細め、水晶からはみ出したクロスに手を乗せると魔力を注ぎ込む。
深く、深く、女の意識は沈んでいく。
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服を泥だらけにした。お母さんに怒られると思って、家の中に入れず庭の片隅で僕は膝を抱えて蹲る。
「もう、仕方のない子ね」
僕を見つけたお母さんが、困ったように眉を下げて優しく笑った。安心と、後悔と、お母さんの優しさで胸がいっぱいになって僕は泣きたくなった。
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(見慣れぬ景色に惹かれるものはあるけれど、違う、これじゃない。もっとこの男を探る何かがある筈だ)
意識だけの存在となった女が、今いる場所よりも深くへと更に潜っていく。
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「なぁ、今週の読んだ?」
「読んだけど、全然話進まねえじゃん。週刊だから仕方ないっつってもそろそろ飽きるわ」
ジージーと蝉が鳴く中、木陰でアイスを食べながら意味のない会話をする。いつもの日常。好きでも嫌いでもない日常。
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(これでもない。男からはもっと情報が得られる筈だ。金になる様な、もっと深い所へ)
女は更に潜る。
密度の薄い記憶を避け、より深い所を目指して。
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火がまた上がった。
人がまた死んだ。
目の前には、地獄のような光景が広がる。
叫び剣を奮う兵士達はもう正気じゃない。
また人が死んだ。
俺は即座に生き返させる。
死んで。死んで。死んで。死んで。生き返って。
また戦場に兵士を戻す。死ぬ度に皆狂っていく。
あいつはどうなった? 俺は即座にロベルトを探す。
あいつもまた、狂気に呑まれて味方も巻き込んで槍を振り回している。
また人が死んだ。
なんでこうなった? どこで間違えた?
こんな光景なんて望んでなかった。
ああ、また人が死んだ。
いつまで繰り返せばいい? もう嫌だ。
誰のせいだ。俺のせいか?
俺がいなければ。
ごめん。みんなごめん。俺のせいだ。
俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺せいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ。
「違う、アンタじゃない」
声が聞こえた。
「アンタは俺じゃない」
俺はだけだっけ?
「クロは俺で、アンタは占い師の女だ」
(ああ、そうだ。俺は私じゃない)
暗く深い記憶の中から、女は意識が浮上していくのがわかった。
「アンタ、なんてもん使ってんだよ」
すぐに気づかなかった俺も悪いんだけど。
クロは、意識が戻ってきた女にそう言った。
「取り敢えずこれは没収だ。俺が処分しておく」
水晶をどけて、敷いたクロスをクロが回収する。
「飯のタネ取られて困ると思うけど、まだ若いんだしもっといい仕事しろよ」
「………………あなた、どうして生きてるの?」
「うっせぇな」
困ったように笑いながらクロはそう言うと、その場から立ち去った。
見た事のない景色もあったが、それ以上に女にはあれ程の狂気を経験して、どうしてクロが心を保ってられるのか不思議でしょうがなかった。
そして、哀れんだ。
「神様、彼にどうか祝福を」
遠く見える黒い背中を見つめながら、壮絶な過去を持つ男へと、女は祈りの言葉を口にした。




