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「名前をつけようと思うんだ!」
ラルムが意気揚々と言った。
リビングには屋敷の者全てが集まっている。大会議だ。議論は、屋敷のペットについて。
ここに至るに当たって、ラルムは一つ目が精霊だと言うことを説明した。しかし、ここにいる殆どが平民で少数の貴族にしたって辺境の田舎者。
ラルム本人を含めて、皆分かったようで分かっていない。要は可愛がればいい、その見解だけは見事に一致していた。
「ブーとかどうですかね? 寝てる時よく鼻がぶぅぶぅ言ってますよ」
精霊を、一番に世話している使用人の男が言う。
「可愛くないわ! もっと可愛い名前がいいと思うの!」
ラルムの娘サラがそう言えば、周りは暖かい目でサラを見た。まだ完全に立ち直ったとは言えないが、身内を不幸な流行病で亡くして落ち込んでいたサラが、ペットを通じて皆の前で発言出来る程にまでなった。大きな進歩だ。
「だがね、私には可愛いはよくわからないよ。サラはどんなのがいいと思うんだい?」
「えっ……クッキーとかケーキとかシチューとかが可愛いかしら?」
全てサラの好物である。
「それならば、ジャムはどうでしょう? コイツ、ジャムを作る木の実をよく齧って口の周り赤くさせてるんですよ」
料理人の男がそう言えば、周りはサラの様子を伺った。サラは満足そうである。
実際大人達は、名前なんてどうでもいいのだ。利便的に名前がある方がいいだけで。ラルムに至っては、家族に迎えるという節目として名付けたいだけで、名前そのものに拘りはない。
そうして一つ目、猫と呼ばれる精霊の名前はジャムに決まった。
「ジャム、ほら、食べるか」
ラルムが木の実を差し出すと、ジャムは匂いを嗅ぐだけ嗅いで顔を逸らした。
「なんだ、気分じゃないか」
猫なら仕方ない。猫は気まぐれな生き物だと祖母から学んだラルムは、ふんっと鼻息をついて餌付けを諦めた。
「多分、インクの匂いが嫌なんだと思いますよ」
その場にいた、屋敷の家令であるビルが手を拭った後、同じように更にのった木の実を摘んで差し出せば、ジャムは勢いよく食いついた。
「そうか! 猫は鼻がいいからね!」
ラルムはビルと同じように手を拭って木の実を再度差し出すが、ジャムはそれを一瞥しただけで近寄る事すらしなかった。
「なんで! どうして!」
「すみません、私があげてしまったばかりに。満足してしまったようですね」
「君は悪くないよ!」
ラルムはなんとなく察していた。ジャムに自分だけ好かれていない事に。
それも仕方ない。最近まで、屋敷の中で唯一ラルムだけがジャムを敵視していたのだ。その上本人は気づいていないが、声が大きいのも動物などの生き物から嫌われる要因である。
「諦めないよ! 次だ次!」
「ほーれ! ほーれ!」
木の枝に紐をくっ付けたものをラルムは振り回す。大抵の猫はこれに食いつくのだ。今振り回しているものは、ラルムが記憶から掘り起こして作ったお手製である。
動くそれに気がついたジャムが、獲物を狙いながら家具の物陰に素早く隠れた。
未だジャムが一つ目に見えるラルムには、カサカサと素早いその動きが害虫を連想させ身体を跳ねさせる。
たかが一瞬、されど一瞬。その様子を察知したジャムは、興味を失ったようにその場から離れていった。
遊びで釣ろうとしたラルムの作戦も失敗に終わった。
「馬の毛だよ! 高いんだよ!」
そう言ってラルムの手にあるのは、言葉通りの馬の毛のブラシだ。ラルムの記憶の中の猫はブラッシングをよく好んだ。
ジャムにブラッシングする為のものだと伝えるために、自身の腕を軽く擦る動作を見せつける。
ジャムは興味を惹かれたのか、寄ってきてブラシの匂いを嗅ぎ始めた。
「これはね、亡くなった妻の物なんだけど。上等だろう? 僕には不釣り合いな位美人な人だったから、せめて持ち物だけでも彼女に合わせようと奮発して送ったんだ」
ラルムは言葉がジャムに伝わるとは思っていない。独り言のように、懐かしい過去を思い出しながら呟くように言った。ジャムはその様子を見上げ、ゆっくりと目を閉じた。
「お? ブラッシングさせてくれるのかい?」
ジャムの塩対応が続き、諦め気味にブラシを持ってきたラルムは喜んだ。言葉は通じなくても、雰囲気を読み取るのが得意なのが動物だ。ジャムは寂しさを読み取ったのかもしれない、そうラルムは思った。
ブラシを頭に当てて、ゆっくりとお尻まで動かす。
「身体が丸っこく見えるのは分かるんだけど、実際は丸っこくないんでしょ? ブラシをかけても丸っこく感じるのは不思議でしょうがないよ」
ふふっとラルムが笑った時、視線を感じる事に気づく。ふと顔を上げれば、ドアの影からサラが顔を半分覗かせて見ていた。
「……サラもブラッシングするかい?」
「いいの?」
ぱあっと、顔を輝かせてサラが駆け寄ってくる。ラルムとジャムの二人きりの交流はあっという間に終わってしまった。しかし、その距離は確実に近づいた。
「ねぇ、ジャムを知らない?」
執務の合間、お茶をとるより先にジャムと交流しようと思いラルムが屋敷の中を探すがその姿は何処にもなかった。
「今日は日差しが心地よいので外で日向ぼっこでもしてるんではないでしょうか?」
廊下を拭き掃除していた侍女が手を止めて言う。
「そうか、外に出てみるよ」
確かに今日は天気がいい。猫ならば日差しを浴びるのも好きだろうし、昼寝に最適な木陰も知ってる筈だ。そんな風に考えながらラルムは屋敷の裏口へ向かう。使用人が使う勝手口のドアに、ラルムが手をかけた瞬間だった。外からギャアギャアと奇妙な声が聞こえた。
嫌な予感を感じてラルムが外へ掛け出すと、ジャムと対峙する翼の大きな怪鳥がそこにいた。




