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最強魔術師は無職です  作者: 十字たぬき
擬態する生き物

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4




「精霊、ですか」


 呆けた顔でラルムは言った。


 害がないと分かり安心したものの、その正体はリルムには理解が到底及ばないものだった。


 精霊と言われ、長寿の存在だと説明されてもその目にはやはり一つ目のおかしな生き物にしか見えない。


「なんで私にだけ魔術を使ってるんでしょうかね?」


「わからねぇ。でもま、取り敢えず擬態打ち消してみるか」


 クロがパン、と音を立てて両の掌を合わせると少しの光と共に一つ目の姿が揺らぐのをラルムは見た。


 身体の形が歪み、四つ足の生物へと変わっていく。耳が生え、長い尻尾が現れる。


 猫だ、そうラルムが思った瞬間、蝙蝠のような猪のような少し突き出した鼻が目に入った。


「なんだ!?」


 ついラルムが声を上げると、その生き物の姿はまた揺らぎ、一つ目の姿へと戻った。


「弾かれた?」


「すみません、つい驚いてしまって!」


「いや、アンタは悪くない」


 低い声で呟いたクロの言葉に咄嗟に謝ってしまったラルムだが、どうやら関係はないらしい。


「どういう事だ? 僕には一切わからないんだが」


 最初から一つ目に見えていないレオが、二人の様子が気になり口を挟んだ。


「擬態の魔術を打ち消そうとしたら、擬態の魔術を掛け直したんだよコイツ」


 そう言いながら、その生き物の耳の後ろをクロは擽る。


「あんたには気持ち悪く見えるんだろ? 害はないと思うんだが、気分的に嫌なら俺が引き取る」


 丸い頭を擽られて半眼になった一つ目を気味悪く感じたラルムだったが、先程一つ目の正体を見た事で忘れていた記憶が蘇った。


「昔、亡くなった祖母から聞いた話があるんです。よくある子供に聞かせる教訓的な童話なんですがね」


 そう言うラルムの脳裏に、懐かしい祖母の顔が浮かぶ。記憶の中の祖母は、木漏れ日に照らされ目を細めながら、優しげに物語を聴かせてくれた。





――――――――――


 昔むかし、ある所に貧乏な夫婦がおりました。

 二人の生活は質素でしたが、仲睦まじく幸せに暮らしていました。


 ある日、夫が仕事から帰ると、家の前に瀕死の猫が倒れているのを見つけました。その身体は傷だらけです。

 こりゃあ大変だと、二人は三日三晩交代で看病をし猫は一命を取り留めました。


 顔の傷は中々治りませんでしたが、あっという間に元気になった猫は夫婦の家に住みきました。顔に包帯を巻いたまま、元気に家の中を駆け回ります。


 鼠を狩り、虫を狩ってくれる猫に夫婦は喜びました。隙間風の吹くボロ屋では、保管する食料の仕舞う戸棚ですら齧られてよく盗まれていたからです。


 しかし、夫婦の驚きはそれだけでは終わりませんでした。


 ある日、夫が山菜を獲りに山へ向かうと猫が着いてきました。

 猫が勝手に道を逸れて茂みに入ると、にゃあにゃあと大きな声で夫を呼びます。獣に襲われたのかと夫は鎌を構えて向かいますが、猫の周りに獣はいません。代わりに、食べられる立派な茸が群生していました。

 喜んで夫が収穫していると、猫が仕留めた兎を咥えて隣へやって来ました。夫は大喜びです。その日の夫婦の夕飯は久しぶりの豪華なものになりました。


 それは、その日だけでは終わりませんでした。猫を森へ連れていくと、必ずたくさんの収穫が得られました。いつしか他の村の住人にお裾分け出来る程にまでなりました。


 村では幸福を呼ぶ猫だと、皆から猫は可愛がられました。いい猫を手に入れたと村人達から褒められ、夫婦は誇らしく思いました。

 ある村人から、怪我が治れば大層美人な猫だろうと言われ、夫もそうだろうと思います。普段は妻が包帯を取り替えていましたが、猫の顔の治りが気になり、その日は夫が包帯を取り替えることにしました。


 包帯を取った顔には、すっかり怪我はありませんでした。その代わり現れたのは、猫とは思えない顔。

 つぶらな黒い瞳は可愛げがあるものの、突き出した鼻は到底猫には思えません。


 醜い、そう夫は思いました。それと同時に、他の村人に醜い生き物を飼っていて馬鹿にされるのを夫は恐れました。


 いつ包帯が取れるか分からない。知られる前に殺して埋めてしまおう。茸が取れる場所も薬草が採れる場所も、もうすっかり覚えた。他の村人には、逃げてしまったとでも言えばいい。


 そう思った夫は鎌を手に取ると、それに気づいた妻に止められます。妻は拾った猫へ愛情がありました。口論から揉み合いになり、妻の腕へ鎌が触れ腕が浅く切れました。

 すると、それを見た猫は怒り、夫の顔を引っ掻き脚に噛みつきました。顔には深い傷跡が出来、血が吹き出します。腱を噛まれ、痛みから夫は呻きました。

 夫は怒りで顔を真っ赤にして鎌を振り回しますが、そこには猫と妻の姿は既にありませんでした。一人と一匹は二度とその家に戻る事はありませんでした。


 それから、夫だった男は片足を引き摺って歩く生活となりました。頑張って山まで歩いて入っても、いつも茸がたくさん生えていた場所には食べても美味しくない雑草しかありませんでした。

 兎や鳥を見かけても、狩りをする猫がいないので手に入りません。


 食べるものにも困り、残り物を分けてもらうために男が村を回るようになると、村人から蔑みの目で見られるようになりました。それでも男が生きていくためには、村人の視線を耐えるしかありません。

 そんな男が街道沿いを歩いていると、近くを馬車が通り泥が跳ねました。男は苛立ちますが、馬車のスピードにも重量にも勝てません。ぼそぼそと悪態をつきながら、隙間風が吹くボロ屋へと脚を引き摺って帰りました。


 男へ泥を跳ねさせた馬車の中には、幸せな家族が乗っていました。綺麗なドレスを着た夫人の膝には、不思議な顔をした猫が喉をゴロゴロ鳴らしながら座っていましたとさ。


 おしまい。


――――――――――





 そう言って語り終えたラルムの記憶の中の祖母は、膝の上で眠る猫を撫でる。その猫の顔は鼻こそ突き出してはいなかったが、他の猫と比べると鼻の低い珍しい顔をしていた。

 物語と混同したラルムが猫を無理やり外へ連れていこうとして周りの大人達から怒られたのは一度や二度ではない。それもラルムにとっては、懐かしい思い出だ。


「……おい、大丈夫か?」


 物語を説明した訳でもなく、明後日の方向を見ながら思い出にいきなり浸りだしたラルムにクロが声をかける。


「ああ、すみません! どこまでお話しましたっけ?」


 ラルムは慌てて現実へと意識を戻した。


「そうだそうだ。まあ、話の教訓が、見た目で判断してはいけないと言うものがあるのです。ですから、この生き物の正体が一つ目ではなく害がないと言うならば、責任を持って屋敷で飼いたいと思います」


 それに、祖母から話を聞く度に幼いラルムは猫が可哀想だと思っていた。僕の家にいたのならば、顔がいくらおかしくとも絶対に可愛がるのに、とも。

 この一つ目の正体が猫のような生き物ならば、見た目に騙されずラルムは可愛がらなければならないという使命感にかられた。


「そうか」


 残念そうにクロは呟くが、それでも満足そうにひとつ頷いた。


「これにて一件落着か。では夜も大分更けている事だし、僕達は失礼しよう」


 その言葉に、お礼を伝えて締めようと思いリルムはふと気付く。


「あの! ひとつだけいいでしょうか?」


「なんだ? ラルム殿?」


「壁を……その壁紙を戻していただく事は出来ますでしょうか?」


 そう言われて、二人は奇妙な柄の壁紙とカーテンを見た。


「ああ、忘れてた」


 壁紙も解決出来そうな事だし、今日は久々にぐっすり眠れそうだとラルムが安心したように軽く息を吐いた。


 翌日から、一つ目もとい、精霊の飼育奮闘がラルムには待ち受けていた。

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