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日も暮れてしばらく経った頃、ラルムは蝋燭の灯りを頼りに書類を眺めていた。
特に急ぎの仕事があったわけでは無い。家の中にいる一つ目の存在が気になって、心が休まらないのが原因だ。
今のところ、一つ目が何か悪さをする事はない。ラルムが知らないだけの可能性も有り得たが、使用人から特に報告がないのも事実だ。
しかし、人は一度騙されると疑心暗鬼になる。
見た目を騙し、人から愛玩生物として認識される。その事においては、生き物の生存本能としてラルムも理解できた。その見た目が普通の鳥や獣であれば、ここまで不安にならなかったであろう。
大きな一つ目の得体の知れない生物だからこそ、見た目を騙す何か理由があるのではと、ラルムは考えていた。
ふと、窓の隙間から光が見えた気がしてなんとなく窓を開ければ、二人組の男がラルムの視界に入った。
月明かりに照らされた白銀の甲冑を見て、ラルムは急いで迎えに降りた。
「夜分遅くに申し訳ない」
「とんでもない! お願いしたのはこちらなのですから」
貴族同士だとは思えない挨拶を、変わり者と田舎者が誰にも咎められることなく玄関先で手短に済ます。
ふとラルムが、レオの隣の人物に目を向ける。
「この間は悪かったな。急ぎの用があって、早く終わらせたかったんだ」
相変わらず全身黒色の奇抜な格好だが、ラルムの目にクロは普通の青年として映った。
以前会った時のような、恐怖心や怒りはどこにもない。
「いやいや、謝る必要なんてありません。その節はお世話になりました。お恥ずかしい事に、何もかも把握出来ていなかったものですから、お礼するにも名前すらわからず今日に至ってしまい、こちらこそ申し訳ありません」
「いいのいいの、気にしないで。ちなみに俺はクロね。早速だけど例の生き物見ていいか?」
クロの言葉に頷くと、ラルムは客間へと二人を案内した。
外で放置して領地内の田畑を荒らされても困るし、出来れば何か一つ目が行動を起こさないように監視したかったラルムは、一つ目を最初に見つけた客間に軟禁していた。
「魔術を使う生き物だからさ、出来れば二人は取り敢えずここで待ってて欲しいんだけど」
扉の前に立ったクロが、真面目な顔をして静かに言った。レオとラルムが頷いたのを確認してから、客間の中へと入っていく。
残された二人は、何かあった時に咄嗟に逃げられる体勢をとってクロを待つ。レオに至っては、腰に下げていた剣を抜き、緩く構えている。
暫くすると、扉の中からクロが呼びかける声が聞こえた。
「レオ、ちょっと来てくれ」
その声に緊急性を感じなかったレオは剣を鞘に納めると、扉の中へと入る。
「なあ、これ何に見える?」
クロが何処から出したのか干し肉で餌付けをしている生き物を指差す。
一つ目で小枝のような脚を四本持つ生き物。
ラルムの手紙ではそう描かれていた。しかし、レオがクロの魔術で見た姿は全く違う。実際に目にしても、やはり一つ目の要素は一切なかった。
「猫? いや、目は兎やリスのようだ。鼻は猪というか、蝙蝠みたいな顔をしている。僕も魔術で騙されているのか?」
「合ってるよ。どうやら、おっさんだけが一つ目に見えているっぽいな」
そう言いながら、干し肉を嬉しそうに咀嚼する生き物の頭をクロは撫でた。
「これは一体なんなんだ? 魔物なのか?」
「それがわからねぇんだよ」
その言葉にレオは驚いた。どこから得たのかわからないが、魔物や魔術に関してのクロの知識はレオの知る誰よりも深い。
「過去を見る魔術を前に使っていただろう? それで何かわからないのか?」
「やってみた。こんなナリして、コイツめちゃくちゃ長生きしてる。数千年とかの単位じゃなくて諦めた」
建国よりよっぽど昔と言う言葉にレオは更に驚いた。下手したら人間の歴史より長いのではないか。
この世の魔を滅ぼした神が人間の住める環境と人間を生み出したと国教の教えにあるが、その頃からいた生き物かも知れない。
そう思って、珍しさからレオはしげしげと眺めるが、いくら眺めても初めて見る顔の猫にしか見えなかった。
「多分、妖精とか精霊的なやつじゃないかとは思う。妖精なんてお伽噺の生き物だと思ってたわ。しかも、コイツ羽根もないのに飛ぶんだ」
クロが脚に擦り寄る生き物を持ち上げて放ると、謎の生き物は宙で一回転した後、その場で浮遊した。
放り投げられたのが楽しかったのか、もう一度と強請るようにクロの周りをくるくると浮遊している。
「どうすりゃいいと思う?」
それを眺めながら問いかけるクロに、レオは逆に疑問を抱いた。
「このままだと何か問題があるのか?」
「害はないと思う。覗いた記憶ではなんか普通に動物だから、ここでそのまま飼えるとは思うんだけど……歳も取らず擬態の魔術を使う生き物だぞ? しかも、ウルトラレア級な精霊ときてる」
「君が引き取りたいだけじゃないのか?」
魔物であろうが害獣であろうが、ふわふわした毛並みを持つ生き物に対してクロが愛着を持って接する姿をレオは何度か見てきた。
レオが疑いの眼差しを向ければ、クロはすっと目を逸らした。
「取り敢えず、これはラルム殿の屋敷に現れたのだから、ラルム殿にそのまま説明して判断して貰おう」
レオは、扉の外で今も緊張したまま待ち続けている不憫な屋敷の主人を呼ぶため動いた。




