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話を聞き終えると、クロは腕を組み、無言でリズムを刻むようにコツ、コツ、コツ、と右の踵を踏み鳴らしはじめた。
そのリズムを三拍鳴らす毎に、何故かユリウスの部下の背広が、白地にピンクのハート柄に変わっていく。
――――コツ、コツ、コツ。
また一人、ハート柄の背広が増える。
――――コツ、コツ、コツ。
「……何をしているんだ?」
「静かに。今考えてるんだ」
明らかにおかしい行動なのだが、大人しくユリウスは口をつぐんだ。
部下全員の背広がハート柄になった頃、クロは口を開いた。
「アンタの妹は、呪術にかかったんだと思う」
「じゅじゅつ?」
「人を殺すためにかける禁術だ」
はじめてきく単語、その恐ろしさにユリウスは絶句した。
「もうずっと昔に無くなった筈なんだけどなー、貴族のくされジジイ供が隠れて継承してったんじゃね」
「何故リリィが。私の妹がそんなものに」
貴族に恨まれる理由もなければ、発症した頃リリィはまだ五歳だった。
「予想はつく。呪術は、かける相手を特定すればする程ややこしくなる。アンタと妹が同じなら、貴族に多い『金髪で緑の瞳』とかの条件で呪術をかけたんだろうな」
「そんな無差別にか!」
ユリウスは病気だと思っていたが、人による災厄だとクロは言う。大切な妹が関係もないのに被害にあったなど、あまりのやりきれなさに、ユリウスは奥歯がギリっと音をたてるほど強く噛みしめた。
「昔は大勢いたんだよ、そういう馬鹿が。掛かればよし、掛からなくとも自分には関係ないって」
だが、感情を昂らせても何も解決はしない。ユリウスは自分を諫めながら、きくべき事をきく。
「妹は、助かるのか?」
「悪いけど、きいただけじゃ微妙。まず会うべきかな」
「勿論だ。今すぐ行こう」
「じゃ、アンタのツレ起こすわ」
「その前に、服を戻してくれないか? 面子が大事な商売なんだ」
「ああ。えっと、ピンクのスーツだったっけ?」
その後、ユリウスは丁寧に黒の背広だと説明した。
――――――――――
ユリウスはクロつれ、呪術にかかったリリィの部屋に来ていた。
ベットに横たわったリリィの目は閉じていたが、かすかに胸が上下している。生きていることを確認し、ユリウスは静かに安堵した。
「やっぱりトレントだな」
「トレント?」
ユリウスの脳裏に浮かんだのは、森に生息する樹木に擬態する魔物だった。
「魔術に石版とかの媒介が必要なように、呪術にも媒介が必要なんだ」
そう言われたところで、ユリウスになす術は何もない。静かに言葉の続きを待った。
「本当は、術師に解呪させるのが一番なんだけど」
「特定できるのか?」
「死んでるよ。考えてもみろ、相手は貴族だぞ?足がつかないように、呪術をかけた術師なんて使い捨てだ」
クロの言った意味がユリウスには理解できた。
普段は関わり合いがなくとも、大きく金が動く時は無視が出来ない貴族の家がいくつかある。街を、村を、土地を管理する者達の多くは、選民思考がそうさせるのか、無慈悲な心を持つ。
「もっと早く会えればな、余裕でこんなん解呪できたのに」
そう言って、クロは頭をガシガシとかいた。
「余裕、だったのか?」
何か出来る事があったのだろうか――今更聞いても遅いのに、ユリウスは疑問を口にせずにはいられなかった。
「ああ。まあ………………うん」
口を濁すクロだったが、もう一度ガシガシと頭をかくと言葉を続けた。
「俺口軽いから言っちゃうけど、綺麗過ぎんだよ、この部屋」
綺麗にする事の何がいけないのか。妹の為に手を尽くしてきたユリウスは困惑した。
「トレント使った呪術なんて低級の中の低級だから、数日飯食わなきゃ身体から栄養摂れなくなって枯れちゃうようなやつなんだよ」
リリィを自分が苦しめていたという真実に、ユリウスは鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
メイドを雇い、毎日身体を清め、部屋を清め、栄養は欠かさず、早く元気になるように。
――――すべてが裏目に出た。
「でもまあ、普通知らないしな。きっと愛情は伝わってるよ、うん」
愛情が理由で苦しみを与えるなど、けっして許されることではない。いますぐ叫び声をあげ、辺り一面の物を壊したい――それ程までの感情に揺さ振られるが、ユリウスは必死に耐える。いますべきは嘆く事ではない。
――――リリィはまだ生きてるのだから。
「んで、結局トレントから栄養を奪うのが一番だと思うんだけど、このままじゃ先にアンタの妹の身体のがくたばっちまう。だから、短期決戦でいくしかない」
その先の言葉を求め、ユリウスはクロの目をじっと見つめる。
「正直ギリだよ。どうする?」
ユリウスは覚悟を決めた顔で、ゆっくりと頷いた。