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「よし、いくぞ」
「本当に…? やっぱやめない?」
「大丈夫、俺もビビってるから」
それって何も大丈夫じゃない、とメリッサは思ったが、クロは震える手で自分の手を握ってきたから、断りきれず覚悟を決めた。
二人が空いた方の手で目の前の扉を開けば、労働階級のガタイの良い男達が騒がしく酒を飲む光景が広がっていた。
魔力暴走症候群と、陽の光を浴びない生活のせいで成長が遅れてしまったメリッサ。
見た目年齢のままメリッサを子どもだと勘違いしていたクロに、メリッサが成人してた事を告げると大袈裟に驚かれた。
しかし、それならばと今日は酒場デビューをする事に決めたのだ。
「あの、注文」
空いた席に座ったはいいものの、店員はわざわざ新規の客に伺いにはこない。勿論、クロの声も届かない。
一度咳払いをして、クロは大きく息を吸い込んだ。
「さっせーん!! 注文おなっしゃーす!!」
「!!」
いきなり大きい声を上げたクロにメリッサは驚いたが、店員はやっと気づき注文を取りに来る。伝えれば、目的の物はすぐに運ばれてきた。
「これが、かの有名なエールか」
「酒場に来たって感じがするわ」
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
周りの酔っ払いたちに倣うように勢いよく二人はジョッキを傾け、すぐに後悔した。
「うえっ、にっが」
「え、待って、なにこれ、毒じゃないの?」
「まあ、ある意味毒だよな」
クロは顔を顰めながらも、チビチビとエールを口へ運ぶ。
「メリッサはなんか甘いのでも頼めよ。それは俺が飲むから」
「ううん、これでいい」
なんだかクロに押し付けるのは悪い気がしてメリッサも顔を顰めながらジョッキに口をつけた。
一杯飲み終える頃には、酒デビューの二人はいい感じに酔いが回り、二杯目を飲み終えれば意外と美味しいかもと麻痺し始め、四杯目で記憶をなくした。
気づけば、二人は酒場の前で他の酔っ払いたち共に路上で寝ていた。所持金はどこかに消えていた。
「よし、いくぞ」
「本当に…? やっぱやめない?」
「大丈夫、俺もビビってるから」
それって何も大丈夫じゃない、とメリッサは思ったが、クロは震える手で自分の手を握ってきたから、この間もそうだったなと思い、取り敢えず覚悟を決めた。
二人が空いた方の手で目の前の扉を開けば、薄暗い店内で身なりのいい男達が穏やかにカードを楽しむ光景が広がった。
案内の男がすぐさまやって来て、クロが硬貨のたっぷり入った袋をチラつかせれば丁重に案内される。
「メリッサ、お前もやるんだ」
「う、うん……」
ルールもよくわからないまま参加した二人だが、店側のディーラーに上手く担がれ、まず勝ち始める。
「おお! 勝った!」
「私だってその前は勝ったわ!」
どんどん熱が上がり、回収され始めたところでボーイが酒の入ったグラスを提供してくる。
カードに夢中になった二人は片手間に飲んだ酒の所為でいつの間にか記憶を失い、気づけば目抜き通りの街道脇で寝ていた。所持金はどこかに消えていた。
「メリッサ! あっち向いてホイやろうぜ」
「なにそれ?」
「こういうゲームでさ」
「負けたら何かあるの?」
「俺が負けたら顔にラクガキしていいよ」
「やる!」
「アンタが負ける事に、服の一部をクソダサい柄に変えてやるよ」
「え! 待って! それはちょっと!」
「じゃーんけん、ポイ」
「いやあああああああ」
二人は、酒を飲んでは有り金を失くし、ギャンブルしに行っては有り金を失くし、時折意味もなくゲームをし、露天でハイカロリーなジャンクフードを食べ歩き、名も知らない街の祭りに参加した。
「メリー見ろよあれ! ……違うわ。ごめん、メリッサ」
「メリーでいいよ」
「え?」
「呼びやすいんでしょ? もうどうでも良くなっちゃった」
私は私。マリーに人生を奪われる事なんてない。
クロがメリーと呼ぶなら、私はメリーでいい。
ストレスの多い生活から逃げ出してしばらくたった頃、メリーはそう思えるようになった。
「ねぇ、本当に言ってるの?」
「まじだよ」
「ちょっと待ってやっぱ怖い」
「大丈夫だって、俺に任せろ」
「いやあああああああ!!」
天気が良いから月を見に行こうと言われれば、メリーも乗り気で頷いた。しかし、魔術で空へ飛ぶとは聞いてなかった。
「だめ! 死ぬ! 無理!」
「死なないって」
「絶対手離さないでね!」
「大丈夫だよ。それよか、ほら月が綺麗だ」
メリーがクロの声に顔を上げれば、空には満月と満天の星が広がっていた。
気づけば恐怖心を忘れて、メリーはもう綺麗な光景から目が離せない。
「こんなに高い所にいるのに、全然まだ遠い」
ゆっくりと月に手を伸ばしてメリーは言う。
「もっと近くに行きたい」
「俺も考えた事あるんだけど、正直魔術がどこまで通用するかわかんねぇからこの星から出たことないんだ」
普段はかっこつかないクロだけど、本当はなんでも出来るとメリーは思っていたから、その言葉には凄く驚いた。
「それに、太陽に照らされて月は光ってるから、近づいてもそんな綺麗じゃねぇよ。ここで観るのが一番」
少し寂しげにクロは言う。
月に照らされたその横顔を見て、メリーは溢れる思いで胸が苦しくなった。
「ねえ、クロ」
「ん?」
「私、クロが好き」
その言葉に、振り返ったクロは言葉も出ずにただただ目を見開いた。
「でもね、私知ってるの。クロが私を好きにならないこと」
それと、私に誰かを重ねて見てる事。
その言葉は、メリーの口から発さられることはなく消えていった。
「でもクロ言ったよね? 好きに生きていいって」
「ああ」
「だから、クロは私を好きにならなくていい。私はクロを好きでいる。それでいいよね?」
「……メリーは、それでいいのか?」
「うん、いいの。クロの言った通りだった。見返す事を目標に生きてたって、いつか虚しさに気づく。好きな事する方が絶対いい。クロとたくさん楽しい事が出来て嬉しかったよ」
だから、私はもう大丈夫。
そう気持ちを込めてメリーは微笑む。
「私、師匠の元でもう一回魔術式勉強しようと思うの」
「それは」
「だって、好きな事するにはお金が必要でしょ? だから、クロ先生にも教えて欲しいなぁ」
その軽口に、精一杯のメリーの強がりをクロは感じたから、目を伏せてそれに応えた。
「先生はやめろよ」
「えー、じゃあクロ様?」
「それもおかしいって」
「えへへ、クロ様お願い」
それが、二人が現実から逃げて楽しんだ最後の日だった。




