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「ごめんなさい」
「いいの、気にしないで」
ベンは、二人の会話を聞きながら胸の中がモヤモヤするのを感じていた。
探索者であるベンは、職員の紹介でビッグボアの糞を採取する仕事を引き受けた。
本来、長期の仕事が多い探索者にとって、近場で短期の仕事と言うのは一種のボーナスに入る。
ベンは、真面目に仕事をしているのが評価されて今回いい仕事を貰ったし、共に紹介を受けたのが同期のケイトだと聞いて、それもラッキーだと思った。
野外での仕事を主とする探索者に、女性は少ない。いたとしても体力の問題で限界を感じ、大半がすぐ辞める。
しかしケイトは女性でありながら、弱音を吐くこと無く男性と同じペースで森の中を歩けるし、事前の調査や道具の手配などを率先してやる事からベンの仲間うちでは気に入られていた。
だが今回、ベンと同行するのはケイトだけではなかった。ケイトと同じ女性探索者のアイシャだ。
アイシャは、ケイトよりも探索者の中で人気が高い。
理由はわかりやすい。年齢が若く、顔とスタイルがいいからだ。
しかし、アイシャは体力も無ければ、仕事も出来ない。男所帯に女性がいると華やかになるのはわかるが、アイシャが人気な事についてベンは納得がいかなかった。
しかも今回、出発前に割り振った仕事をアイシャはケイトに丸投げした事にベンは気づいた。
探索に出てみれば、アイシャが持つべき荷物をケイトが余分に持っていたのもベンは気づいたし、今の状況もアイシャがいなければ起きなかった。
アイシャは、木の根に足を取られて転びそうになった時に、ケイトを掴んで引っ張り巻き込んだのだ。
結果、ケイトは足を捻り、必要のなかった休息をとるはめになった。ケイトは謝り、それをアイシャが受け入れた事もベンにはおかしな事に感じた。
しかし、普段から争いごとを嫌い、穏やかに生きてきたベンはどうしたらいいのわからない。
アイシャに注意するとしても、何と切り出していいのか考えつかず、モヤモヤが増えるいっぽうだった。
「ちーっす」
知らぬ声がいきなり聞こえて、ベン達探索者三人はとっさに身構えた。
どこから現れたのか足音もせず、頭から足先まで真っ黒のその人物はどう見ても怪しい。こんなに深い森にいるのに、背負い袋すら持っていない。
ベンとケイトがアイコンタクトをし腰に携えたナイフに手をかけると、男は両手をあげて声を上げた。
「ストップ! ストップ! 怪しいもんじゃないから! アンタら探索者でしょ? 俺はクロ。アンタらにお願いがあるんだ」
怪しくないという言葉そのものが怪しい。
「てかなに? アンタ怪我してんの?」
クロがそう言うと、淡い光がケイトの足を包み、ケイトが驚きの声をあげた。
「ベン! この男、回復魔術を使ったわ!」
回復魔術。たったスクロール一枚が、ベンの年収の三分の一の値段はする。
探索者の職業柄、危険な場所へ調査に入る時は用意する事がもあるが、ベンは一度も使用した事はない。
そんな高価なものを、簡単に使うこのクロは一体何者なのだろうとベンが思っていると、アイシャが声を上げた。
「もしかして、魔術式者の方ですか?」
その名の通り、術式を扱う者。スクロールや石版職人だ。
「まあそんなとこ」
「何故こんな所に?」
「旅行。それより、怪我したなら飯食った方がいいって。魚獲ってくるから待っててよ」
そう言って、クロは気づけばその場から消えていた。
「本当に回復魔術なのか?」
「ええ、もう歩けるわ。今のうちに逃げる?」
「私悪い人じゃないと思うの。勝手にいなくなったら失礼じゃない?」
お腹を擦りながら言ったアイシャに、ベンは呆れた。だが、アイシャがいては三人で逃げきれない。
過酷な任務では、探索者は仲間内で支え合って生き延びることがある。だから、誰かを置いて逃げる等という行為はご法度だ。ベンは諦めて、その場に腰掛けた。
暫くすると、本当に魚を持ってクロは戻ってきた。魚の内蔵が食べられないというアイシャの言葉にケイトは付き合って、二人で魚を捌き始めた。
少し離れた所でベンはクロと二人きりで、魚を焼いている。
「あ、これお願いしていい? ゴブリン博士が手紙出してくれって頼んできたんだけど」
「ゴブリン博士?」
「いや、こっちの話」
スクロールが本当だとしたら、今この場ではそんな金額は返せない。だから、手紙を出す位いいだろうとベンは受け取った。
なんだか怪しむのにも疲れてしまい、ベンはクロに話しかける。
「なんで魚なんだ? 川まで行く位なら、そこらの兎を仕留める方が早いだろう」
弓も所持していないのに、なんだかそれがクロには出来るような気がしてベンは話した。
「昔ハムスター飼ってたから、動物殺せないんだよ。肉好きな癖に甘えたこと言ってるのはわかってるんだけど」
そう言ったクロは、手を合わせたあと何か呟いて、魚を食べ始めた。
ベンは、二人はもう戻ってくるだろうかと振り返るが、まだ時間はかかるようだ。
アイシャがいなければ、今頃ケイトも一緒に魚を食べていたのに。そう思ったベンは思わずため息をついた。
「何? 食わないの?」
悩みなんてなさそうなクロ。その顔を見ているうちに、気がつけばベンは先程思っていたモヤモヤを打ち明け始めた。
ケイトのこと。アイシャのこと。
「ふうん。ケイトって子が好きなんだ?」
「いや、違う!」
思わずベンは声を荒らげた。
「顔で言うならば、どちらかと言えばアイシャの方が好きなんだ。真面目に頑張っているケイトが虐げられているのが我慢ならないから、どうすべきか悩んでるんだよ」
「へえ」
そう言うと、クロは首を傾げた。
「俺は、ケイトはそんな弱くないと思うけどな」
「…………へ?」
ベンが思わず間抜けな声を漏らした時、パシンと乾いた音が響いた。
振り返れば、ケイトが頬を抑えている。
また何か、アイシャがケイトに八つ当たりしてるのだ。そう思ったベンは、ケイトを守らねばと立ち上がった。
すると、ベンの横からクロがケイトに向かって声上げた。




