1
「あー。まじでビビった……」
そう呟いたクロは、夜明け前の上空にいた。
「正直会ってもいいよ? でも、いきなりあんなスピードで接近してきたら怖ぇじゃん」
クロは、人の気配を察知する魔術を常時発動している。本人曰く、普段は疲れるとの理由で気にしないようにしているが、何かが急に迫ってきたらさすがに気づく。
「最近街に引きこもってたし、たまにはブラブラするか。……って、俺何一人で喋ってんだろ」
咄嗟に退避したのは無差別に選んだ場所。クロがゆっくりと下降していけば、その真下には山があった。
段々と山の詳細がわかる頃に、クロの視界に白い花の群生が映る。
特に花が好きと言う訳でないが、クロは四季の移り変わりを楽しむ習慣のある国で生まれた。
春には薄ピンク色の花弁が舞い散り、夏には太陽を真っ直ぐに見つめる花が咲き、秋には樹の葉が赤く染まり、その葉が全て落ちた頃に時折雪が降る。
それらを楽しむ心を持って育ったからこそ、花の群生が目に入れば自然とクロは見に行こうと決めた。
「わ、すげぇ」
クロが思わず呟いた視界には、夜明け前に淡く光る花が咲き誇っていた。
太陽の光を集め、夜に発光する夜光花の一種のようだ。
クロは、出来るだけ花を踏み潰さないようにしながらその中を歩く。人外レベルで魔術を使うクロから見ても、それは幻想的な光景だった。
暫く歩いていると、クロは自分以外の誰かがいるのに気づく。
無意識にそちらに進めば、夜明けの優しい明かりに照らされたその人が沢山の動物達に囲まれてるがわかった。
鹿、兎、小鳥にリス。身体に白い一枚布を纏わせて、沢山の動物と共に花畑の中で佇んでいる。まるで御伽噺に出てくるお姫様だ。
ふと、その人がクロの気配に気づき顔をあげた。
華奢な身体に、こぼれ落ちそうな程の大きな瞳。
そして、皮膚の色は緑。
「って、ゴブリンかよ!!!!」
勝手な期待を抱いたクロが思わず大きな声を上げると、動物達は一目散に逃げ出した。
ゴブリンは胸元に手を当て、不安げにクロを見つめる。
「いや、ごめん、大きな声を上げて悪かった。けど、ゴブリンにも見境なしに欲情してるこの男怖いみたいなポーズ取られると俺も傷つくんだ……」
言葉が伝わらないのも忘れて、何か言い訳のようにブツブツと早口でクロは呟く。
ゴブリンはその大きな瞳を潤ませて、フルフルと震え出した。
「いや! だから! 男がいつだって悪者だと思うなよ!!」
クロが勝手な思い込みでまた大きな声を上げると、森がざわつき出す。
どこからか現れた、武器を持つ多数のゴブリンにクロは周りを囲まれた。
「グギャー!!」
「グギャー!!」
「グギャー!!」
ゴブリン達が声を上げて威嚇する。石と木で作った簡素な槍をクロに向けるが、距離を取り襲っては来ない。
白い布を纏ったゴブリンが人質の役割を果たしているのだ。
「まじで本当に勘弁してください! 俺の自尊心がもの凄いスピードで傷ついてくから!」
何も解決はしないのにクロが感情のままに喚いていると、ゴブリンを掻き分けて遅れてやってきたらしい何かが声を上げた。
「探索者の方ですか!?」
「……あれ? 人?」
「お願いです! 姫を! 姫を返してください!!」




