8
パタンと、クロが読んでいた本を閉じる。
クロ達は酒場『メロウツリー』に戻ってきた。
しかし、営業はとっくに終了していて、もう少しすれば陽が登り始める時間だ。
「よし、そろそろ話してもらおうか」
レオがワインの入ったグラスを傾けながら言った。クロが後編の本を読み終えるのを、今の今まで待っていたのだ。
「浸らせてくれよ。俺は今猛烈に浸りたい気分なんだ」
レオが溜め息をつくと、クロはやれやれと言った感じで自分のグラスにもワインを注いだ。
「そもそもさ、初めから双子なんていなかった」
「いや、確かに僕は見たぞ」
「こういう事な」
そう言ったクロは二人に分裂していた。
「まさか……」
「俺以外にも偶にいるんだよ、媒介なしに魔術使う奴が。どういう原理か知らんけど。魔力が昂った一時的なもんみたいだから、あの子はもう出来ないだろうな」
そう言って、クロは分身を消した。
「使用人は全員入れ替わって、娘を知っているのは世話していたメイドだけ。地元の人間には、元は双子だった事は知られてるんだから、普通に目の前に現れたら生きてると思うだろうしな。変な偶然が重なった」
「でも、なんでわざわざ分身を作ったんだ?」
「母親と片割れが死んだのに、父親も自分の側から消えた。どうやったら戻ってきてくれるか。そうか、自分が一人だから駄目なんだ、みたいな感じ? 知らんけど」
「愛されたい、か。メイドが一番的を得ていたとは予想外だ」
「まあ、だから初っ端に消えろっつってたのかなって。お前が父親の友達って名乗ったから、バレると思ったんだろ」
「そういうことだったのか」
あれは、中年のメイドが言うような取り憑かれた状態ではなかった。ただの子どもの癇癪だった。
「じゃあ、謎の毒と虫の死骸は?」
「分身の身体が上手く出来てないから、食事が消化できずにその辺で吐いたんだろ? 魔力の塊から出てきたものだから石版みたいに魔力を溜め込んだ食事の残骸だ。ネズミは耐えられても、虫は魔力量に身体が耐えきれずに死んだってとこか」
「あの娘が倒れたのは?」
「魔力が枯渇したからだ。俺ぐらいじゃないと、分身作ったまま生活なんて本当は耐えられない」
「じゃあ、なんで……」
あんな悪役のような真似をしたんだ?
レオはそう言おうとして、やめた。
ラルムが必死に娘を守ろうとする所を、見せて安心させてやりたかったのだ。口には出さないが、このクロという男はそういった人を思いやった行動をするきらいがある。
レオはそんな友人が好きだった。
「なんだよ。気持ちわりいな」
いきなり黙った笑顔のレオに、口悪くクロは吐き捨てた。だが、次の瞬間クロの顔が青ざめていくのがわかりレオは動揺した。
「クロ! どうした!?」
「……え? なんでだ?」
「どうした!? 落ち着け!」
「やばい、アイツがくる」
目が震え、挙動不審になりながらクロは立ち上がる。
「ごめん、俺ちょっと暫く身を隠すわ」
クロの姿は一瞬で消えた。レオがクロの様子がおかしかった事に不安になり立ち上がると、入り口のドアが音を立てて開いた。
「クロさまあー!」
胸を大きく露出した格好の美人が、語尾にハートをつけながら店内にはいってくる。
「なんだ、メリッサか」
「その名前で呼ばないで! 私はメリーなの!」
旧知の仲であるメリーの登場に、レオは安心した。先程のクロの挙動不審の意味がわかったからだ。
「ああ、もういないんだ。残念」
そう言ったメリーはどこからか本を出して、その一ページを破いてテーブルへ乗せた。
その本は、スクロールと呼ばれる一回のみしか使えない魔術が刻まれた紙の媒体を纏めて出来た本だった。
メリーが魔力を注ぎ込むと、部屋中に光が散らばり、ゆっくりとスクロールの元へ終息していく。
「何をしたんだ?」
「ふふふ。クロ様コレクション」
レオが力を失ったスクロールを見れば、黒いもやもやした何かがそこに乗っているのが見えた。
「あーあ。あんまりないや」
それはクロの抜け毛だった。
それを満足そうに小箱に仕舞ったメリーは、ゆっくりと深呼吸をする。
「えへへ。クロ様と同じ空気吸っちゃった」
メリーはド級の変態である。
「レオに仕掛けて置いた魔術がね、反応したの。あなたクロ様と一緒に魔術で移動したでしょ? いいなあ」
「クロに直接かければいいじゃないか」
「クロ様にかけても、すぐ外されちゃうんだもん」
そう言って頬を膨らませたメリーは、完全なるストーカーだった。
「でもいいや。ここ、二階から凄く濃いクロ様の香りがするから、また戻ってくる気がする。私ここに暫く住むわ」
他人からよく話が通じないと思われるレオだが、レオ自身も話が通じないと思う相手がいる。
「ああ! このグラスはもしかして……クロ様が口つけた聖杯……!?」
レオは、心の中でそっとクロに手を合わせた。
二章完結です。
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