94 目醒め
「アラム……あれ持ってるだろ、ヨシノの蜜飴。今すぐあれを一つ俺に寄越せ」
「え、確かに……いつもの癖で今日も持ってるけど。リオン、なんでこんな時にそんなものを……」
「いいから早く! それと、お前もこっちに来て一つ食うんだ。ここまで言えばお前にも分かるだろ? 」
リオンはそうアラムに問いかける。確かに、ここまで言われればアラムにも心当たりはある。ヨシノとアラムが同時に蜜飴を摂取する時、それは【刻印・ミダレザクラ】の発動の時だ。
しかしそれを他のアーサーで試した事は今までにない。あの蜜飴はヨシノの好みの味ではあるらしいのだが、他のアーサーにはかなり苦手な味であるらしかったからだ。どうなるのかは気になっていたが、彼等が嫌がることを無理矢理やらせることはなかった。
アラムは席から立ち上がるとリオンの隣へと駆け寄り、左腰に下げている小さな袋からヨシノの好物である蜜飴を2粒取り出す。リオンはそれをアラムの手から奪い取ると口に含むや否や噛み砕く。不味そうにそれを無理矢理飲み込むと、今度はアラムを急かすように見つめる。
アラムはリオンの意図が分からないままではあったが蜜飴を口に含むと急いで噛み砕き、飲み込む。それを見届けたリオンはアラムの背後へ立つと両腕で抱きつくようにしながら回した両手でアラムの胸ぐらをしっかりと掴む。
「ちょ、リオン!? こんな時に何してんの!? 」
「いいから黙ってろって。 ……ちょっと痛いかもしれんが、我慢しろよな」
「い、痛いってどういう……ぐあぁぁぁぁああっ! 」
突然、アラムの身体に予想もしていなかった激痛が駆け抜けると同時にその全身が光り輝きはじめる。突然目の前で起こる謎の現象から目を離さぬようにして、地区代表達はそれぞれ2人から距離を取るように動く。
アラムの身体に走る激痛は徐々に激しくなっていく。身体の中から何かが分離するような感覚と痛み。全身が焼けるように熱い。そして、すぐにその感覚は単なる比喩ではなく現実のものとなる。
アラムの全身から線と点で構成された模様が一本の長い糸のように溢れ出る。それはやがて体から離れて細長い円卓の上に集約されていき、繭のような塊となり宙に浮かぶ。
徐々にアラムの身体を包む光が小さくなっていくと、彼の体の前に回されたリオンの手の中に消えていく。彼の手の中で動く小さな球は自らに意志があるように繭の方へと形を変えて滑空する。それは繭にぶつかると染み込むようにして繭と同化する。
力なくリオンにもたれかかるアラムは、目の前にある繭が段々と人の形に変化していくのを見逃さなかった。やがてそれは完全に人間の姿となり、目を開く。
自分の身体をくるくると見回すと、ふわふわと浮かびながら嬉しそうに宙返りする。皆は目の前で起こった誰も想像し得なかった現象にただただ夢見心地で息を呑む。
「お疲れさん、アラム。後は任せろ」
「リオン……これは、一体……」
リオンは疲れきったアラムを担ぎ上げると元いた席へと座らせる。倒れそうなほど力が抜けたアラムを学長が後ろから支える。
リオンは謎の人間の方へゆっくりと近寄ると懐かしそうに声をかける。
「久しぶりだな、レオナルド」
「やぁ、感動の再会だねリオン。でも僕はね、同時に全く違う類の感動も味わっているんだよ。君と相棒が文字通り全身全霊をかけた実験によって僕は今、正に……自ら発案した理論と培った科学力によって幽体離脱を成功させた最初の人間になったわけだ。ふふふ、とてもワクワクするよね」
恍惚とした笑みでアラムやリオンの周りを飛び回りながら、レオナルドと呼ばれた光り輝く謎の浮遊生物は淡々とした調子で語り始める。
「光る全裸ってのも役に立ちそうでとてもいいよね。人の眼から何かを隠すには、闇よりも光の方が安全だし素敵だと思わない? ただし、部屋を暗くして眠る時だけは困りそうだ。かなり厚めのまっ黒なかけ布団が必要だね」
「いやほんと、どうでもいいから。みんな申し訳ない、昔からすぐ話が脱線するんだよこいつ」
あの謎の生物がレオナルド……? その場にいた人間は目の前の出来事に呆気にとられていたが、たった2人だけ興味津々で食い入るようにその幽霊レオナルドを見つめていた。アラムと、ガルアリクである。
アラムは力なく机に倒れ込んだ姿勢ではあるものの、精一杯くびをあげてそれから目を離せずにいた。ガルアリクもハルバートを押し退けて画面に頭を擦り付けるようにしながら、未知なる科学で蘇った自分達の英雄を名乗るなにかを見つめていた。
「確かに、それの顔はレオナルドの肖像画によく似ているようだネ。しかし、それが一体なんの証拠になるんダイ? 」
未知の科学に興奮しながらも、意外にもガルアリクの思考は冷静に話を進めようとしていた。むしろ、それを欲する心が彼を冷静な思考へと押し戻した。レオナルドは飛び回るのをやめると、横長の円卓の上に寝転がると両手で頬杖をつき画面を向く。
「えぇと、僕はあのリオンの中に自分の精神データを接続してたんだよね。正確にはこのデータは僕とは別の存在なんだけど。全ての記憶は僕の身体がコールドスリープから目覚めた際には、僕の脳へと直接保存される仕組みになってる。
何が言いたいかっていうとね、とりあえず今までの話は聞いてたんだ。君が聞きたいことには出来る限り答えようと思うよ」
「ではまず一つ。どうしてEarth-er systemは惑星リバイブの言語でしか語らレナイ? 我々の惑星マキナの言葉で書くのでは駄目だったノカ? 」
「よく考えたらわかることだと思うけどな。僕はね、アースを復活させたいんだよ。アーサーの復活がどんな時代に起こるかはわからないけど、アースを滅ぼした張本人達に僕の持てる技術全てを、差し出すわけないじゃない。
この星を選んだのにも、ちゃんと理由があるよ。彼等の先祖はあの戦争で唯一、人間を誰一人として殺さなかった民族なんだよ。正確には真っ先に占領されて、アースを滅ぼすことを念頭に置いていた君たちの組織に脱出用のロケットを作ることを強いられていたからだけれど。それも僕の指揮の下でね。
それでも、彼らは戦いの中で希望を捨てずに生き延びる道を模索していた。これも僕が遺した壮大な実験の一部分なんだよ、彼等の子孫ならきっと僕の望みに賛同する者が計画通りに動いてくれると踏んだ。そして……ほら、ちゃーんと僕がここにいる。でしょ? 」
レオナルドが語る歴史はアラム達が聞いたことのないものだった。しかしガルアリクの表情を見る限りでは、レオナルドが語ることに驚いている様子はない。つまり惑星マキナに伝えられている戦争の歴史との矛盾点はなく、アラム達の祖先が早々に占領された国の人々であることも戦争下のレオナルドの働きも間違いではないらしい。
「フム……なるほど」
ガルアリクはそう呟くとハルバートを画面の方へと引き寄せ、自分は背を向けて歩き出す。慌てたハルバートは振り返ってガルアリクを呼び止める。
「あ、あの……皇帝陛下? どうなさいましたか」
「いやーまぁ、今日のところは何を言ってもダメそうだから私はここまでにシマス。まぁ、どんなに抵抗してもいずれは私が手に入れますケドネ。そいつら、ゼンブ」
そう言ってガルアリクは、本当に部屋を出て行ったようだった。アラムはふらつきながらも立ち上がる。皇帝が去り際に言い残した言葉に少なからず不安はあるが、この状況ではさすがにアーサーのことを説明せざるを得ない。オサも同じことを考えているらしく、立ち上がって動揺する皆に話し始める。
「話し合いどころではありませんね。アラム、そしてリオン。話してもらえますか、アーサーという存在について」




