77 僕も行かなきゃ
「はぁぁ〜〜……とても温かくて、今までの人生で一番の気持ちよさですわ。天にも昇る心地ですわね。私、どちらかと言えば地面の中にいるのですけれど」
砂風呂から聞こえるサーズ・デイの冗談にシェンザーは思わず吹き出してしまい、まだ怒りの収まらないミスズに睨まれてしまった。
サーズ・デイを案内することになったシェンザーとミスズは、早速フェアの目玉イベントである砂風呂ゾーンへと案内していた。こちらとしても必ず満足してもらえる自信があったし、何よりここは早い段階で点検を済ませて時間をかけて準備も整えていたため、安心して案内することができた。
さらにはミスズの粋な計らいにより、【ミザルの湯】本館一階の掃除と修繕がすでに終わってある浴場を歌姫のために開放してくれたようだった。砂風呂から出てきた歌姫は汗を流すために、あっという間に他の女性職員たちに連れられて本館へと入っていった。
「さて……それで、一体何があったんですかぁ? ユーシアさんやフゥさん達の姿も見当たりませんけどぉ」
シェンザーは先程起こった謎の出来事をミスズに話した。突然ドーム内に現れた灰色の雲、天から矢のように降る水粒、そして竜巻……更にはこれまでになかったフゥの暴走。話しているうちにシェンザーは自分の手が震えていた事に気づいた。
「今まで僕たちは……アーサー達の能力によって見せられた自然、その作り物しか知らなかった。心のどこかで自然は科学で制御されたもの……アーサーと人間でなら制御出来る、人間の味方で安全なものだと思っていたんだ。
でも……そうじゃない。自然は人間の味方じゃないし、ましてや敵でもない。ただそこにある惑星の力。美しさや輝きだけじゃない……非力な人間には太刀打ちできないほどの圧倒的な破壊力、その恐ろしさ」
ミスズはいつの間にか怒るのを忘れて、怯えて身体を丸くして座り込んだシェンザーに動揺していた。
「シェンザーさん……アースが怖くなっちゃいましたかぁ? 」
「……ちょっとね。でも、これは必要な感情なんだ。アースを目指すためになくちゃいけない怖さと覚悟さ。自然が豊かな惑星で滅んでいった他の惑星の人たちは、きっとこの怖さを忘れていたんだね。
怖さを忘れていたのはきっと、あの脅威と僕らの祖先は上手く付き合って暮らしていたからだ。だったら僕の科学や技術はアースでならもっと進化させられるかもしれない……そうか、そうだよ」
シェンザーはそうやって自分に言い聞かせながらも、まだ身体は震えたままだった。彼が恐れた自然の猛威さえも、科学により再現された偽りの力であることに心が折れそうなほど、魂が持っていかれそうなほどの恐怖を感じていた。同時に、未知なる世界への探究心と好奇心も彼の心を掴んで離さなかった。
「……やっぱり僕も行かなきゃ、アースへ」
「まぁ、大体の事情はわかりました。一応ドームの空調設備とかの検査も調べないとですね。とりあえず落ち着いてください」
話が一段落したところでサーズ・デイが温泉から出てきた。いつの間にか準備されていたサンディナの民族衣装に身を包んでおり、また一段と美しく見える。ミスズは途端に営業スマイルに変わり、サーズ・デイの方へと擦り寄っていく。
「どうでしたかぁ、うちの自慢の温泉は? せっかくですからお食事も用意させていただきますねぇ! 」
「本当ですの? 嬉しいわ、何から何までありがとうございます」
「いえいえ、コンサート楽しみにしてますぅ。あ、シェンザーさんは早く【ブーストボード】のエリアの再点検に行って下さいねぇ? 」
「あ……そうだね。行ってきます」
ミスズはフゥたちの身を案じてシェンザーを急かす。もちろん、明日の営業時間までに必ず使えるように点検しておけという強いプレッシャーも含まれている。
シェンザーがミスズの言葉に立ち上がって走り出そうとすると、サーズ・デイが彼を呼び止め近寄ってきた。美しい歌姫の顔がかなり近くにある状況に、思わず顔が赤くなり発した声が裏返った。
「な……なんですか? 」
緊張して固まっているシェンザーは、背後でミスズが睨むような視線を向けていることに気がつかない。サーズ・デイは微笑みながらこっそりと彼の耳元で囁く。
「今日はごめんなさいね、私のせいで怒られてしまったんでしょう? 」
「い、いやいや……貴方のせいって訳じゃ……」
「本当にごめんなさいね、でも今日は楽しかったわ。いい曲も出来たしね。あなたもいらっしゃるんでしょう? 私のコンサート。 楽しみにし出てくださいね」




