76 怒りのミスズ、哀しみの歌姫
『もぉぉぉぉぉおっ、シェンザーさぁん!? ほんっとに信じられないですぅっ! 迷子の歌姫を放ったらかしにしてどっかへ行っちゃうなんて!! 待ってて下さいって言ったのにぃ! 』
「ミ、ミスズっ! ごめん、遊んでたわけじゃないんだ。ちょっといろいろ問題が起きちゃってさ……」
『言い訳しないっ! いいから早く戻って来てくださいよぉ! 』
怒れるミスズの大声に、皆思わず耳を塞ぐ。シェンザーは通話しながら慌てて【ブーストボード】を装着しはじめる。フゥも一緒について行くため立ち上がろうとするが、どうやら身体に力が入らないらしい。あれだけの暴走の後だ、かなりのエネルギーを消耗しているのだろう。
「フゥも皆も慌てずにここで休んでからおいでよ、とりあえず僕が先に戻って事情を説明しておくから……皆も落ち着いたら戻ってきてよ。あと、せっかくだからこれ試してみて」
シェンザーはポケットから深緑色の小さな布を3枚取り出して、アーサー達に配り始める。シェンザーの指示で3人はそれをおでこに乗せて砂の上に寝転がる。
「サバクの持っていた、光からアーサーのエネルギーを産み出すフードを参考にして作ってみたシートなんだけど。小さい分効果が少ないから少し時間もかかるけど、ちょっとは楽になると思う」
「ほんと……気持ちいいです」
「確かに、これは温かいねぇ」
フゥに至ってはもう、スリープ状態になって心地よく寝息を立てている。
「ふふ、よっぽど疲れてたんだな。それじゃ、僕は先に戻るよ」
「はいッス、こっちは自分に任せて下さいッス! ……というか、頑張ってミスズさんのお怒りを鎮めて下さいッス」
シェンザーは苦笑いしながら手を振ると、しゃがんで【ブーストボード】を起動する。シェンザーは砂煙を上げて勢い良く滑り出した。
サーズ・デイはその場から動かずにずっと作曲を続けていたらしかった。彼女の身体を囲うようにして浮かぶ半円状に並ぶ鍵盤からは彼女の耳に繋がるような光の線が伸びており、それがイヤホンの役割をしているらしい。オアシスの周囲には先程までの美しい音楽は響いていなかった。
ミスズはサーズ・デイの足元で座り込んで彼女の作曲風景を眺めながら待っていた。シェンザーが2人の元へと勢いよく滑っていく。ミスズは振り返ってシェンザーを見つけるやいなや怒りの表情をあらわに仁王立ちで彼を出迎える。
ミスズのあまりの恐ろしさにシェンザーは【ブーストボード】を急旋回して立ち去りそうになるが、逃げ出したい衝動を堪えて二人の前へと降り立つ。
「さぁて、何か言い残すことはありますか? 」
「ご、ごめんなさい……」
これからいかなる罰を受けることになるのだろうか。がたがたと震えるシェンザーの方へと、突然サーズ・デイが近寄ってくるとシェンザーの足下にしゃがみ込んだ。呆気にとられている二人をよそにサーズ・デイは【ブーストボード】を指差してシェンザーに尋ねる。
「ねえねえ、さっきのお兄さん。その……足に履いてるそれ、なんですの? この敷地で遊べるんですの? 私にも遊ばせてくれませんか? 」
「あ、えと……今日は無理です、ごめんなさい」
「ちょっと、シェンザーさん! せっかくだから使って貰えばいいじゃないですかぁ! 」
「いや、駄目なんだよ。さっき【ブーストボード】の辺りでちょっと不具合があってさ……水浸しで危険なんだよ」
ミスズはその言葉を聞いて少し驚いているようだったが、あそこではアーサー達が遊んでいたことをミスズも知っている。アーサー絡みの事件が起こったことを察したようで、静かに頷き話を合わせる。
「そ、そういうことなら……仕方ないですね。まずは安全第一、歌姫さんがコンサート前に怪我でもしたら大変ですもんねぇ」
「そうねぇ……それなら仕方ないわ。残念、本当に残念ですけど私も大人なので我慢しますわ……」
そう言って彼女は少し俯きながら悔しそうに下唇を噛む。慌ててミスズが頭を下げたので、シェンザーも続けて頭を下げる。いくら休館日で予定外の来訪だったとはいえ、歌姫を楽しませずに帰らせるという訳にも行かないと思い、シェンザーは頭をそっとあげながら恐る恐る提案する。
「あの……【ブーストボード】は無理ですけど、その他の施設でよろしければ僕らでご案内しますよ」




