69 突然の来客
敷地中央に広がるオアシスの光煌めく水際沿いに、二人の位置から少し離れたところに美しい女性が水面を恍惚とした表情で眺めがら立っている。
今日【ミザルの湯】は点検日のため敷地内に入るためには職員の許可証をケービロイドに承認してもらう必要があるはずだ。シェンザーもユーシアもその顔に既視感はあれど挨拶をした覚えがない。服装からしても職員及び【ミザルの湯】関係者という訳ではなさそうだ。
2人は顔を見合わせると、立ち上がって謎の女性の方へと走って行く。女性も自分に向かって走ってくる二人に気づき挨拶する。
「こんにちは。もしかしてここの職員の方ですか? ……噂に聞いていたとおり、ここは素敵なところですわね。懐かしさを覚えるほどですわ」
「あ、それは良かったです。どうもありがとうございます」
褒められて嬉しそうにお礼を言うシェンザーにユーシアはツッコミを入れる。
「もう、シェンザーさんってば! お礼言ってる場合じゃないッスよ! ……あのー、お姉さん。申し訳ないッスけど、今日は整備点検のための休館日なんッス。というか、どうやって入ったんッスか? ここの入り口はケービロイド達がいたと思うんッスけど」
女性の耳にはもうユーシアの言葉は届いていないようで、今度は目を閉じてオアシスの水のせせらぎに聞き浸っているらしかった。ユーシアはムッとして口を開きかけたのだが、何かに気づいたように慌ててポケットをまさぐる。やがてポケットから一枚の紙切れを取り出して目の前の女性の顔と紙切れに印刷された女性の顔を見比べるとシェンザーの方を振り返って叫ぶ。
「こ、こここ……この人ってもしかして、歌姫サーズ・デイッスか!? 」
「ええええええええっ!? ほんとに!? 」
シェンザーは慌ててユーシアに駆け寄ると彼の持っていたコンサートチケットを覗き込み目の前にいる女性と何度も交互に見比べてみる。
「うん……確かに、そっくりだね……」
「な、なんでここに歌姫がいるんッスか? しかも休館日なのに」
ユーシアの問いかけに歌姫はくるりと振り返る。その動作一つ一つが柔らかく華麗で、水面の煌めきと相まってより一層特別な存在に見えた。
「これお借りしたの。私もたまにはのんびりしたくって」
サーズ・デイはにこやかな笑顔で首元にかけられた小さなカードを見せる。それは関係者がケービロイドに見せる通行許可証、それも来客用のものだった。つまり、関係者の誰かから特別な許可をもらいここに入ってきたということだ。
「なるほど……たしかに一般のお客さんがいる時に歌姫が訪れると、それだけで大騒ぎになっちゃうもんね」
「お客様のパニックを避けるためってことッスか……だったら、自分たちが色々と案内するッス! 点検も終わったことッスし! 」
ユーシアが笑顔でサーズ・デイに提案すると、とろけきっていた顔がたちまち宝物を目の前にした子どものように笑顔になった。
「本当によろしいんですか? すごい……こんな素敵な場所を独り占めできて、しかも案内までしていただけるなんて! 」
歌姫の喜びようにユーシアはシェンザーの方をそわそわしながら振り返る。
二人は彼女のことをつい先日まで全く知らなかったのだが、多くの民に支持される歌姫に興味を持って貰えていたのはとても名誉なことだ。ユーシアもこのオアシスに留まらないサンディナの魅力をもっと深く知ってもらいたいのだろう。シェンザーも嬉しそうにゆっくりと頷く。
「そうだね、せっかくだし案内しようか。でも念の為ミスズに連絡しておこうよ、僕らも勝手に動くわけにも行かないし……というか」
そこまで言いかけたが、シェンザーはユーシアを引き寄せて耳打ちした。
「流石に特別なお客様に誰も付き添いなしなんてことはないよね。歌姫さんのこの自由な感じ……多分今頃ミスズも大慌てで探し回ってると思うな……早く連絡入れないとまずいかも」




