28 アーサーを護る光
ヨシノがリオンの頬を思いっきり引っ叩いた。研究所内に鳴り響くイメージとはかけ離れた金属音。アラムはかつてこれほど怒りをあらわにしたヨシノを見たことがなかった。
それはリオンも同様らしかった。リオンは何が起こったかわからないと言う表情だったが、ヨシノに叩かれた頬を撫でながら今何が起こったのかを徐々に理解し始める。
「ヨ……ヨシノ? なんで……」
手を振り上げたまま、涙目になりながらも怒った表情のヨシノを見てリオンは困惑する。
「なんでそんなことするの……ひさしぶりに会えるから……楽しみにしてたのに。リオンの……ばかっ! ばか、ばかばか、ばかぁっ!!」
「ヨシノ……なんでなんだよ。俺はお前を助けるために……くそっ! 」
「きゃあっ! 」
リオンは混乱したままヨシノを強く突き飛ばすと建物を飛び出していく。ヨシノは慌てて立ち上がるとリオンを追いかけて走り出した。アラムは鼻血を拭いながら起き上がって、ふらふらと2人の後を追う。
「よ……ヨシノ? どこにいるんだ、ヨシノ」
「アラム! ……大丈夫? 痛そう……」
「……ちょっと痛いけど大丈夫だよ、それよりもリオンはどこ行った? 」
アラムの問いにヨシノが黙って指をさす。研究所の裏手にある、ワイズオウル地区を覆うドーム状の外壁の前にリオンは立っている。
リオンはゆっくりと壁に歩み寄り、ベンディングシステムを装備した手を壁につける。アラムはその様子を見て慌てて止める。
「リオン、止めろ……! その壁壊して外に出ようとしてるんだろ! そんなことしたらお前……死ぬぞ!」
確かシェンザーと話した時にアーサーの仕組みについて話してくれた。彼らアーサーもまた人間同様、活動するために酸素を取り入れる必要があり、一定量の酸素がなければアーサーとしての機能が停止してしまう身体なのだ。このドームの外に出てしまえば、リオンはすぐに動けなくなってしまうだろう。
「うるさいな! さっきからなんなんだよお前、もう俺なんかに構うな! ……ベンディングシステム起動! 」
「駄目だリオン、止めろぉぉぉっ! 」
アラムの静止も虚しく、リオンはベンディングシステムを起動する。ドームの壁にはたちまち大きな穴が開いてしまう。
途端にドーム内部の空気が外へと一気に流れ出る。その空気の流れに身を任せるようにリオンは歩き始める。アラムとヨシノは流れ出る大気の風に踏ん張り耐えながら、リオンの方を見つめる。
「止めろ!! リオン!! 」
アラムの声はリオンには届かない。リオンはそのまま外へと出て行く。そのままドームの外に広がる真空の世界で、リオンは完全に機能停止……していなかった。
緑色に発光する小さな鳥のような生物がどこからともなく現れ、リオンの周りを飛び回る。リオンの身体を中心に、緑色の光が拡大していく。
リオンはそのまま遠くへと走り出す。アラムは謎の現象に驚きながらも、追いかけようとするヨシノの腕を引いて止める。
あれが何かは分からないが、今は酸素が出ていくのを止めなければならない。策を考えるアラムの背後から二人の人影が飛び出してくる。
「ヒョウガ、スイ! お前らここは危険だ、早く下がって……」
「そりゃあこっちの台詞だぜ、アラムの旦那ァ! ここは俺らに任せといてくれェ! 頼むぜェ、スイ!」
「うん……いくよ! 」
スイが祈るように両手を組むと、足元から水が現れる。その水は勢い良くドームの壁に噴射される。壁を伝うように流れ落ちている水をヒョウガが一気に凍らせる。ドームの穴はなんとか塞がり、空気が漏れ出している様子はない。
ヒョウガとスイ、そしてキオンとユーシアも合流する。
「応急処置だけど、これで大丈夫だろォ。なんでこんな事になってんのか知らねぇがナァ、今回の件は学長には報告して置かなきゃいけねェ。ドーム修復用のゼルは大急ぎで手配するとして、全員一旦ここは解散して……」
立場上、早急に市民の安全を脅かす大穴を塞ごうと思案を巡らせるヒョウガに、ヨシノが慌てて泣きつく。
「待って! リオンが……リオンが外に……」
「ええ!? 一体どういうことなんッスか!? 」
驚いている皆に、アラムが事の顛末を説明する。
「つまり、この大穴はリオンがベンディングシステムっていう装置を使って空けた、ってことッスね」
「これはまた……厄介なことになったわね。どうやって連れ戻す気よ? 」
「そうだな……酸素がないドームの外じゃあ、俺たちが行ったってどうすることも……そもそもアーサーだって酸素がなきゃ起動しないんじゃないのか? どうやってリオンは酸素のない場所で動いてるんだ? 」
加えてアラムは、たった今目撃したリオンの謎の発光現象についてアーサーたちにに問いかける。この疑問に答えを出したのはヒョウガだった。
「ああ……噂だけは聞いたことがあるぜェ。アースの空気を再現し、操るっていう能力のアーサーがいるとかなんとか……」
「アースの空気を再現するアーサー? そんな奴がいるのか? 」
「ああ、博士から聞いたことがある。アーサーの酸素欠乏による機能低下を感知すると、どこからともなく子機が現れ、大気のアーサーから受信した酸素をアーサーに直接送るらしいぜェ。最も、そのアーサーの姿がいつ産まれていつアースを旅立ったのかは知らねぇがなァ」
「その説明なら、アタイも受けたよ。多分全員に伝えられてんじゃないか? 」
ヒョウガとキオンの言葉にスイも同調するように頷く。正直アラムには信じられないような話が続いていたが、確かに大気のアーサーとやらがリオンを護っていたのだとすれば、彼が真空の世界で自由に活動できる事にも納得がいく。
しかし、どちらにせよ現状アラムにはその恩恵を受ける術はない。リオンを追いかける事が出来るのはアーサーだけだ。
どうしたものかと悩んでいるアラムにヨシノが言い放つ。
「アラム。 ヨシノ、リオンを追いかけるの」
「ヨシノ……それは駄目だよ、危険すぎる」
アラムにもヨシノが行くしか方法がないことは分かっていた。
ヨシノがリオンを追うためにはこの穴をもう一度開いて塞ぎ直す必要がある。ヒョウガとスイは穴を塞ぎ、空気漏れがないかを常に警戒していなければならないため、どうしてもこちらに残らなければならない。
それにこの氷を溶かさなければヨシノやリオンは出入りが出来ない。そのためにはキオンは大気の温度を一時的に高温にする必要があり、大気のない外側へ行ってしまってはこの道を開く方法が無くなる。
しかしアラムにとっては、正直大気のアーサーについての話もまだ半ば信用できない。不確かな情報だけで、ヨシノを危険にさらす判断をアラムはどうしても選択する勇気がなかった。心配そうな表情を浮かべるアラムの両手を、ヨシノは優しく握る。
「ヨシノだって……ヨシノだって、アーサーなの。アラム、ヨシノのこと信じて」
アラムはそう言われてハッとする。ヨシノだってアーサーだ。アラムに護られるための存在ではない、彼女にも地球を護る使命のために生まれた存在なのだ。ヨシノを引き留めることはできない。
「……いってくるね、アラム」




