02 輝く桜の便り
「まずいな、こんなことしてる場合じゃない! 」
「落ち着けよ、一体何があったんだ? 」
「僕の友だち、フゥって言うんだけど、その桜色の髪の女の子と同じアースから飛来したアンドロイドなんだよ。そのフゥがさっき連れ去られたんだ、早く追いかけないと」
シェンザーは慌ててクローゼットから白衣を、机の引き出しからは眼鏡を取り出し、土埃で汚れたノースリーブの上から羽織る。
「あと何か使えそうなの……」
そう言って机の上にあったものをいくつか無造作に白衣のポケットにねじ込むと地上へと続く階段を全速力で駆け上がっていく。
「ヨシノ、嬉しいのはわかるけど一旦離れてくれっ。早くあの子を追いかけないと」
言葉が喋れるようになってアラムに抱きつきながら大喜びするヨシノを無理やり引き剥がしてアラムはシェンザーの後を追いかける。
建物の外へ出るとシェンザーは何かの端末を眺めていた。画面にはこの街一帯の簡易的なマップが表示されており、この立入禁止区域となった市街地にの緑の点が光っている。
「シェンザー、それは何だ? 」
「これはミッドナイトイーグルで吹く風を観測するんだ。この緑の点が僕らがいる位置で、フゥの風が吹けばそれがどこから吹いているのかが分かるんだ。
風の発生源に行けば、そこに僕の友達が……」
そこまで言いかけてシェンザーは突然黙った。画面には何の反応もない。フゥの生み出した風が街に吹いていなければフゥの居場所は特定できない。
「くそ、フゥが能力を使ってくれさえすれば……」
シェンザーはその場にしゃがみ込み、悔しそうに唇を噛む。自棄になって端末を地面に叩きつけようとする。
「ちょーっと待った。まだ諦めるのは早いぞ、科学者くん」
そう言いながらアラムは振り下ろそうとしたシェンザーの手を止める。シェンザーは涙を浮かべながら、顔を上げる。
「ここは俺たちに任してよ……ヨシノ、頼んだ」
「任してアラム! 」
アラムは街の上空を指差した。何かが空に浮いている。目を凝らすと、それが少女であることがわかる。シェンザーにはその桃色の髪に見覚えがあった。
「あの子……空を飛んでる……?」
「あいつに言葉を与えてくれたお礼だ、これからいいモノ見してやるよ」
少女は空中でかろやかに踊りはじめる。街の上空を舞いながら天を翔けるその美しい姿は陽光を浴びてさらに輝きを増していく。その姿はさながら空を掴んで舞う花びらのようだ。
やがて回転する彼女の身体から薄桃色の小さな光の粒が放たれて、街中に降り注いだ。その欠片はアラムとシェンザーの元にも降り注ぐ。
「どうよ、シビれるだろ? 」
「なんだこれ、すごく奇麗だ……ねえ、あの子は一体……」
「あの子は【ソメイヨシノ】。シェンザーは始めてだろ、桜の花弁を見るの」
アラムは嬉しそうに空を見上げる。やがて舞い落ちてくる一枚の花弁を上手くキャッチすると、花弁に向かってモールス信号を送る。
「ヨシノの能力の一つに、【サクラダヨリ】ってのがある。この桜の花びらを介してモールス信号を発信する事ができるんだ。……まぁ、本来の言葉の意味とは全然違うらしいんだけどな。まぁ、とにかく……見てろ。吹くぞ、風が」
アラムが発信した『風を起こせ』のモールス信号が街中に舞う花びらを伝播していく。その信号に反応するように、やがて強い風がどこからか吹き荒れる。アラムとシェンザーは不意打ちの強風に思わず倒れ込み、お互いの顔を見合わせて笑った。
端末が激しく震え、風の発生源を示す。二人が画面を覗き込むと、地区の反対側にある一際大きな建物を示していた。
「詳しい話はあとだ、俺は考古学者のアラム。シェンザー、フゥを助け出すなら俺とヨシノが手を貸すぜ」
「本当にいいの? 」
「ああ、俺たちの目的もヨシノの仲間を探すことだからな。ここまできて会わずに帰るなんてごめんだぜ」
「ありがとう、君は良い人だな」
ヨシノが二人のもとへゆっくりと降りてくる。アラムはヨシノを受け止めると、シェンザーの方へと向き直って
「勘違いすんな、これは俺のためだ。俺たちはアーサー専門の研究をしてるんだ。フゥを助け出せたらお前らのこと、ゆっくり聞かせてもらうからな」
「……それなら僕からも二人に聞いてみたいことは山ほどあるよ! 改めてお願いするよ、考古学者アラム。 フゥの救出を手伝ってくれ! 」