19 ユーシアの拳
「なぁ……お前、俺に反撃したことなかったよな。人を殴ることさえ出来ないお前に俺が止められんのかよ」
そう言ってハルバートは氷の槍を地面に叩きつけるようにして振り下ろす。少女は怖がってユーシアの足にしがみつく。
「大丈夫ッスよ、自分が守るッス」
そう言ってユーシアは少女に向かって微笑みながら小さくガッツポーズをする。白いもふもふした生物も、高らかに鳴き声をあげる。
「ハルバート! ハルバート!」
「やっちまえー! ハルバートさん! 」
周りにいた取り巻きたちの、ハルバートへの声援が始まる。取り巻きの叫び声に合わせるように、ハルバートは何度も何度も腕を振り下ろしている。地面に叩きつけられるたびに、その破片が氷の槍を太く大きくしていく。やがて、今朝に見た巨大な腕と同じ位の大きさになった氷の大槍を持ち上げると、ユーシア達に向かって構える。ユーシアは一歩も逃げることなく、拳を天高くつきあげる。
「さぁ……くらいやがれぇっ! 」
ハルバートの氷の槍はユーシアたちを押し潰すように地響きをたててユーシアの上に振り下ろされる。その場にいた誰もがユーシアは潰されてしまったと思ったが、やがて拳とぶつかった場所から槍にヒビが入り粉々に砕け散る。氷塊が大きな音を立てて地面に落ち、白銀の粒が宙を舞う。唖然とするハルバートと取り巻きたちにユーシアは叫ぶ。
「ヒーローは、自分のために人を傷つけたりしないッス。でも今は……この子たちを守らなきゃいけないから……すいませんが遠慮なく行かせてもらうッス」
「な……氷の槍を一撃で砕いた……!? 」
ハルバートのこの認識は正確ではない。ユーシアは槍に一撃を入れて砕いたわけではない、ただ高く拳を構えていただけなのだ。ユーシアが故郷で培った頑丈な身体は、ハルバートの生きてきた世界では想像もできないほどの強靭さだった。
「俺は頑丈なんッス……本当のこと言うとハルバートくんのパンチもキックも、いつも全然痛くなかったんスよね。だからまぁ、自分が標的のうちは放っておいてもいいかなって思ってたんッスけど」
「な……!? そんなはず……そんなはずは……」
ユーシアが数歩跳躍し、一気に踏み込む。叫ぶハルバートの懐へ飛び込むと顔面ぎりぎりに拳を突きだす。ユーシアの突然の気迫にのけぞり、凍った地面に足を取られて倒れ込んでしまう。その様子を見て取り巻きたちは蜘蛛の子を散らすように競技場から逃げ出していった。
ユーシアは構えを解き、一呼吸置いてからハルバートに向かって一礼をする。呆気に取られるハルバートを置いてすたすたと歩き始める。白い生物と青い髪の少女はユーシアの勝利に歓喜し、飛び跳ねながらはしゃいでいる。
「お前はなんで……氷の上で滑らないんだよ! 」
「サンディナの民は過酷な環境で暮らしてるッス。ハルバート君の言う通り貧乏だし惑星を変えてしまうほどの科学力もまだないッスから、僕らが星に合わせて強くなるしかなかったッス。砂漠だろうが氷の大地だろうが、過酷な環境に順応できるのは過酷な環境が育んだサンディナの血のお陰ッス」
それだけ言うとユーシアは少女たちの方に駆け寄り、飛びついてくる二人を抱きしめる。ハルバートはその姿を見ながら悔しさに何度も氷の地面を殴りつける。
あれだけ馬鹿にしていたサンディナの人間に、その能力に不覚を取った。その事実が優等生として生きてきたハルバートには耐え難い屈辱であった。ユーシアにだけは、負けたくない。そんな気持ちが、あろうことか彼の悪意を加速させる。
「……うわぁぁぁぁぁあああっ!! 」




