105 誘導作戦
「おいおい……ちょっと待てよ。うそだろ」
地面から湧き出るゼルを食べれば食べるほど、クロサイの巨大だったその背中が今までよりも大きく逞しく成長していく。【ワイズオウル超高等学院】のプールにさえ入りきらないほどの大きさに育ったクロサイは自分の身体が大きくなるのを気にも留めないようで、ただ黙々と地面から湧き出る餌を食べ続けていた。
「……いや、待てよ。もしかしするとこれは」
クロサイがそれほど食事に集中しているということは、食事をしているその間は周りの事をまるで気にしていない。視界から外れた今こそ絶好のチャンスなのかもしれない。
リオンは足音を立てないようにこっそりとクロサイの方に近づいていく。無我夢中で、一心不乱に食べ続けるクロサイの背中は予想通り無防備で、リオンの身長ほどまで大きくなった後ろ足にも簡単に触れることができた。早速バイザーをつけてクロサイを構成するプログラムについて解析を始める。
「頼む、まだ気づくなよ……」
ゼルをクロサイへと進化させた、いわゆる遺伝子のようなそのプログラムはサバクの構築していたものとかなりよく似た法則で作られているものらしかった。恐らくこれもアーサーの中の誰かが持ち込んだプログラムなのだろう。しかしリオンには、このプログラムがサバンナに搭載されたものではないように思えた。
「……うぉっと! 危ねぇ! 」
クロサイが後ろ足を後方へ蹴り上げるように振り上げた。まだ半分ほどしかプログラムのセキュリティ解析が終わっていない。体制を崩して転倒するリオンの顔前にクロサイの大きな顔が覗き込むようにして顔を突き出していた。
リオンはクロサイを刺激しないようにゆっくりと立ち上がる。しかし、荒ぶるクロサイは自身の額に生えている尖った角をリオンにぶつけるように頭を振るって襲いかかってくる。
リオンも何度も見たケービロイドを破壊するその一撃を予測しており、ベンディングシステムで目の前の地面を掬い上げるようにして跳ね上げる。地面は大きく真上へと突き出して、クロサイの前に壁のように立ち塞がる。
クロサイの激突で大地の壁は簡単に破壊されてしまったが、リオンは大地を目隠しにしてなんとかその一撃を避けることに成功した。粉々になって降り注ぐ破片から頭を守りながらリオンはボソッと呟く。
「多少薄い壁だったとはいえ地面を砕くほどの威力って、あぶなすぎだろ……っていうか、近くで見ると迫力が凄いな。アースの動物」
そのままリオンは体制を立て直して走り出すと、近くに見える小高い丘の上へと登った。高い場所からクロサイの背中へ飛び乗ろうと考えたのだ。迫ってきたクロサイは自分の走りの勢いに任せてその丘へと激突する。体重を乗せたクロサイの激突は丘ごとリオンに激しく揺らし、あまりの衝撃に耐えられずリオンは尻もちをつく。尚も激突を繰り返すクロサイのせいで、まともに立ち上がることすらできない。
「あぶねっ……作戦考え直さないと」
続く激しい揺れに耐えながらアラムは周りを見渡す。サバンナがやってきた方角の奥地に、こことは景色が違う場所がぼんやりと見える。
「あれがサバンナのテラフォーミング地帯か。あそこなら、クロサイの気を逸らせるための何かがあるかもしれない……そうだよ、いきなり倒せなくても捕らえられなくてもいい。誘導作戦くらいなら……」
アラムは少し考えた後、自分の足下に向けてベンディングシステムを起動する。弾かれた地面にぽっかりと穴が出来ると、リオンは躊躇うことなくその穴の中へと飛び込んでいく。
アラムが着地した穴の中には、先程ケービロイドの爆発でできた穴の中と同じように抱えきれないほど大量のゼルが埋まっていた。アラムはそのゼルにプログラミングを開始する。
「すぐにできそうなのは……【ミザルの湯】で使った水に変えるプログラムだな」
ゼルに施したプログラムにより、段々とその姿が液状化していく。効果があった事を確認すると、今度は前方の地面にベンディングシステムを向ける。
「【ミザルの湯】でも味わえない、ウォータースライダーの完成だぜ」
地面に穴が開くと、そこからゼルのプログラミングで生まれた水が激流となって溢れ出す。その流れに乗ってリオンはクロサイの顔の下、そして大きく突っ張った腹の下を鼻先を掠めながらもなんとか通過していく。
「よっしゃ、大成功! このまま行けるとこまでいくぜ」
坂道を過ぎると水の勢いも収まっていく。地響きで何となくはわかっていたが、振り返るとクロサイも後を追いかけてきている。ここまでは作戦通りだ。リオンはクロサイに追いつかれないように慌ててサバンナへと向かって走り出した。




