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第16章 マルカニア国 1 ミッション

 エルトパルト帝国では、3月下旬に、皇帝が転移魔法陣の正式な開通式を執り行い、各地との流通が本格的に始まった。

「転移魔法陣は、ダンジョン暴走の対策が目的ではあるが、各地と帝都を結ぶ交易の拠点ともなることを大いに期待している。」旨の皇帝の御言葉で、各地から特産物を山と積んだ馬車が、順次、帝国に設置された魔法陣に転移してきた。

 このプロジェクトの主役は第二皇子だ。帝都から各地に転移して、その地の関係者の労をねぎらった。


 帝都では、既に試運転の段階から各地の産物が登場しており、商人たちが色めきだっている。産物を取り扱う権益を競っているのだ。そして地方の有力者たちは、帝都との往復を増やし、自分や自領の利益を拡大させようと目論んでいる。

 社会というものは、距離や時間が克服されると、大きな変化が生じるのだ。


 僕は、皇宮の顧問室で、キャロラインをマリエラに紹介した。

「小姉さんのキャロラインだよ。アブラスコで冒険者をしていたんだけど、僕がチンピラに絡まれていたところを助けてくれたんだ。」

「こちらは、マリエラ。一番初めの姉さんで、もう1年半にもなるよ。」

 姉さん同士を紹介するのも変な話だが。皆が共通してフィクションであることを暗黙の了解としている以上、事実としてしまうのが安全だ。


「弟がお世話になりました。」とマリエラ。

「いいえ、あたしの弟ですから。」とキャロラインと負けてはいない。

 マリエラは、皇宮に来てから雰囲気が随分洗練された。キャロラインは、まだキャピキャピだ。新参者だから仕方ないね。これからに期待しよう。


 4月に入り、帝都学園の新年度が始まった。僕は、エミリアのために帝都の屋敷に部屋を用意している。とは言っても、タールダムの領館とここは私設の転移魔法陣で行き来は自由なので、夜は領館に戻るのだ。それでも帝都での生活がメインとなるので、エミリアは、準備に忙しかった。

 だが彼女は嬉しかった。父が亡くなり、すっぱりと諦めていた学園生活が、こうしてできるのだ。彼女は、エメラルドのネックレスを握りしめ、こっそりと感謝の涙を流した。


 こうしている間、皇宮では重大な問題が起こっていた。

 『皇子を使節か・・・。』皇帝は、マルカニア国から送られた書状を見ながら難しい顔をした。『一歩間違えれば、帰っては来れぬな・・・。』


 皇帝は、第二皇子イオラントを呼び出し、こう告げた。

「ミナンデル伯爵領のカルロネ港から、マルカニア国に使節として赴いてほしい。先方から招きがあった。誰か皇子を出さねばならぬ。汝が適任なのだ。」

「表向きは、親交を深めるということだ。だが、マルカニア国では、隣国との紛争の兆しがあるという。当国は、帝国の皇子を人質とし、援軍を要請する気なのかもしれん。」

「危険な任務だ。だが、マルカニア国との交易は重要だ。赴いてもらえるか。」


 皇子は、顔色一つ変えずに、答えた。

「承りました。任務を果たして参ります。私が人質になったときでも、自分にかまわず、帝国の利益のみをお考えください。」

「ただし、一つ条件がございます。アキラ・フォン・ササキ子爵の同行をご許可いただきたい。」と。

 皇帝は、「諾」と返事をした。こうして、イオラントは、マルカニア国に赴くことになった。


『危険を冒せるのは、自分しかいないからな。それに自分に万が一のことがあったとしても、第一皇子と第三皇子がいれば、国は安泰だ。』

 第二皇子は、自分の置かれた立場が、随分危ういことを自覚せざるをえなかった。


 イオラントは、皇帝の御前を退いた後、もやもやした気持ちを消せないまま、マリエラにマルカニア国訪問のことを話した。

『マリエラが同行を嫌がったら、どうしようか。』

 と不安を覚えていたことも、気分が晴れない原因の一つではあった。

 ところが彼女は、開口一番「えっ、異国に行けるのですか。楽しみですわ。」とパッとその顔を輝かせた。

『そうだな。これこそがマリエラの反応だ。心配した自分が愚かだった。』と苦笑いをする皇子であった。


 そのころ、マルカニア国王ヘンデルマンは気分が優れないでいた。隣国のシュワルツ王国が国境付近に新たな築城を行い、軍を集結する準備をしているという。両国は長年にわたり国境で小競り合いを繰り返しているのだ。だが、自国領内で築城することに文句は言えない、いや言っても聞くはずもない。かといって、こちらから先制攻撃するだけの力もない。国境の近くの街の防壁を堅固にし、避難民を受け入れられるように食料等を備蓄するのが関の山だ。

 国王は、「エルトパルト帝国だけが頼りだ。」とつぶやいた。


 カルロネ港からマルカニア国のネイアン港までは、海上で風に乗れば10日ほどかかる。往路は追い風が吹いているので、これでも早い。そこから、国都まで陸上を馬車で10日というところだ。さほど遠いわけではない。船であることを考えなければ、帝都からイポリージまでよりも旅程は短い。


 使節団は、3艘の帆船を連ね、1艘当たり約100名が乗り込む。その船は、全長が50m近くある大型船だ。皇子と上級文官が10名、その他の文官が20名、商人の視察団が20名、船員が100名、あとの150名程度は騎士、兵士、皇子の御側仕えその他の人員である。騎士が乗る馬も連れて行く。

 帝国からの信物は、絹織物、毛織物、宝石などだ。マルカニア国では、1か月ほど親善で各所をめぐることになっている。


 僕は、マリエラから念話であらかじめ話しを聞いていたが、皇宮から顧問として正式に依頼があった。

 顧問室でお茶を飲みながら、担当官は、「・・・ということで、4月下旬に出発の予定です。」と詳細を説明する。

 そして、「ただ、マルカニア国は、隣国との間で国境紛争を起こしており、その最中の使節団の招来ですから、帝国の権威をその紛争解決に利用しようとする意図が明らかなのです。」と懸念を表わにする。


 僕は、「わかりました。馬と馬車は、私がお預かりします。馬車は、6人乗りの特別製のものを10台用意しましょう。あと、腕の立つ従者を2名連れて参りますので、使節団の名簿に加えておいてください。」と伝え、その費用を予算取りしてもらうことになった。

 『シルビア大姉さんとキャロライン小姉さんだよ。これで3姉妹が揃うね。』と自然に笑みが浮かんできた。


 僕はすぐに皇宮御用達の馬車工房に出掛けて、親方と新式馬車の打ち合わせをした。基本構造をどれだけいじれるかの確認とベース作りのお願いだ。

 僕は、サスペンションを加えること、車体は薄く軽量化して魔カニの甲羅で覆うこと、車軸と車輪は金属で包んで強化すること、車輪の外輪には蛇皮を巻くこと、内側は広くし座席は魔羽根のクッションにすることなどの基本設計を伝え、ベースを作ってもらうことにした。


 サスペンションは、今度の馬車は魔カニの甲羅を適当な幅に切断して張り合わせたものを使う。従来型より、機能も耐久性もアップするはずである。また、室内が広くなるので、6人乗りでも詰めれば、その5割増は乗れそうだ。

『まるで、ロールスロイスの装甲車仕様だよ。』

 出発まで3週間もないので、突貫作業となるが、皇宮からの依頼なので最優先だ。


 『海上や馬車の道中を襲われたら、飛び道具が有効かな。』

 僕は、シルビアとキャロラインを誘って、トーリード・ダンジョンの13階層と14階層に潜り、姉さん方に必要な分の弓と矢を手に入れた。

 それにしても、街で2人が並ぶと人の視線を集める。堂々とした美人冒険者だからね。僕も鼻が高いよ。


 需要の多い魔カニの甲羅も在庫が少なくなってきたので、こちらも姉さんたちと一緒にホヴァンスキにワープし、第8層のダンジョンに潜ってたっぷり手に入れてきた。姉さん方は、魔シャコガイの真珠を手に入れてご満悦だったよ。

 僕は、皇子の護衛のために一緒に来られなかったマリエラに、鼈甲と真珠をお土産にした。ジェフに頼んで、首飾りやブレスレットなどいろいろ贅沢に加工をしてもらってね。

 準備は着々だ。


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