11タールダム領のキャロライン
ほぼ1週間ぶりのタールダム領の自宅だ。随分時が経ったような気がするが、実際はそうでもない。経験が凝縮されていたからかなと思う。
早速、領館の皆を食堂に呼び集め、まずはキャロラインのお披露目だ。
「新しい姉さんです。よろしく。」と僕は彼女を紹介する。
「キャロラインです。アブラスコで冒険者をしていました。アキラ様に助手として雇われたのですが、いつの間にか姉になっていました。」と彼女があいさつをした。
キャロラインを見るエミリアの表情が、心持ち微妙であったような気がする。
皆の自己紹介が済んだところで、僕は、土産のバナナの房をボンボンボンとテーブルに並べた。大きくて立派なバナナだ。異人街でバナナを房で吊り下げて売っている店が軒を連ねていたので、店頭で味見をして美味しそうな房を大量に購入した。バナナの叩き売りでも始められそうだ。
「これはバナナといって、イポリージの特産なんだ。手でむけるから便利な果物だよ。」と、皆にその食べ方を教える。
皆は、1本ずつ手に取り「初めて見ます。バナナというのですね。」と皮をむいて食べてみる。そして「美味しい!」との声を漏らした。マリアは、もう2本目に手が出る。
「好きなだけ食べてね。」
『好評だな。向こうでは当たり前の果物なんだけど、これからは転移魔法陣で流通する高級フルーツになるのだよ。』
その後、僕は、キャロラインに領地を案内しに館を出た。速足の徒歩での散策だ。3月も中旬なので暖かくなってきてはいるが、南国のイポリージからの帰還なので寒さを感じる。
山側に少し歩くと、一面の菜の花畑だ。黄色の花がどこまでも広がっていた。そしてミツバチが舞う。
「菜の花は食用油が取れるんだ。蜂蜜もここの特産なんだよ。」と僕は説明する。
「きれいだねぇ。」と真に感嘆する彼女。
『姉さんには、花を愛でる心があったんだ。』新しい発見だった。
そしてその先には、領営のダチョウ牧場がある。ここは、繁殖、販売、貸出、肉・皮・羽根用の成鳥の出荷などをしている。大分増えて、今では500羽以上いる。
「何だこの鳥は? 魔物か!」と彼女が声を上げた。
「ダチョウっていうんだ。魔物じゃないよ。」と僕は管理係のジェフに頼んで、2頭の騎乗用のダチョウを用意してもらった。
「姉さん、乗ってみよう。」と僕が言うと、キャロラインは、「乗れるのかい?」と言いながらも、そこにある台も使わず高い背中に飛び乗って、「いいね。きゃっほう。」とたちまち笑顔になった。
『これがダチョウというものか。乗り心地はいい。顔も可愛い。そして速い。』と彼女は思う。
2人でさんざん牧場を走り回ったあと、ダチョウから降りて、僕らは街に出た。
「へえ、案外都会だね。」とキャロラインは、きょろきょろと周りを眺める。
街を整備し、新しい店が増えている。人口も所得も旅客も増えているのだ。技術を持った移住者たちは、店を構えることも多い。パン、肉、衣料品、工芸品、飲食などの店舗を設備付きで借りられる。それも最初の数か月はフリーである。支援のための融資もある。行商や船便の流通もあって、需要は旺盛なのだ。
工房は、家具、鍛冶、織物、仕立て、武具など、以前からのもあるが、新しいのも増えた。
領の直営のポーション薬局がある。ここでは、中上級の疲労回復、魔力回復、傷怪我治療、疾病治療のポーションが置いてある。並のポーションは、既存店との競合になるので扱わない。直営店は、注意が必要だ。
ここで扱う商品は、効果が高く、それでいて良心的な価格なので、帝都からも買いに来る。だが買占めや転売ができないように、購入制限がかけてある。体力等の回復に即効性があるので、冒険者のお客も多い。ダンジョンの中では、「時は命」なのだ。
超上級ポーションは、注文販売だ。大金貨1枚以上で、症状に応じて処方する。顧客からは、感謝の声が聞こえて来ている。
「寝たきりの生活から解放された!」「子どもの火傷が治った!」「病気で見えなくなった目が見えるようになった!」など重症の病気や怪我でも回復することが口コミで広がり、高価でも結構な注文が入るのだ。
また、領内での重病者や重症者には、領の福祉予算で現物を無償給付する。
冒険者は、ポーションのほかにもお目当てがある。それは武具屋である。ここの武具屋は、ダンジョンのドロップアイテムの加工品が豊富なのだ。魔物の革鎧や槍、短剣、メイス、斧など、珍しいものを置いている。頑張れば買える値段設定をしているので、上を狙う冒険者には喉から手が出るものばかりだ。素材は僕とマリエラが卸している。
僕らは、工芸品店に立ち寄った。店主のジェフは、木、角、石、貝、金属など素材の細工ができる職人だ。アクセサリーや人形などの装飾品や工芸品を作って店で売っている。帝都の工房で見習いをしていたが、一念発起して、当地で独立した腕の良い職人である。家族でフラットボートに乗って移住してきた。「帝都で独立するには、あと10年はかかりましたからね。」と彼は笑う。
僕は、キャロラインのために魔牛の角で作るカメオを注文した。本人の肖像を掘り込むために、ジェフは彼女をスケッチする。
『やっぱりプロは違うよ。デザインが装飾的だ。』
魔牛の角は、やはり僕とマリエラからの貸与品なのだが、使っただけの料金を後払いすればよいことにしてある。湯治などの滞在客や、わざわざ作りにやってくる顧客からの注文が結構多い。富裕層には、贈り物に適しているし、なにせ魔素が豊かなので、健康維持や魔力回復にも効果的なのだ。冒険者も魔力回復を兼ねたお守りに買っていく。
少し大きいサイズのものを注文したので、出来上がりは1週間先だ。
「わーい、楽しみだね。」とキャロラインは燥いでいる。代金の中金貨1枚を先払いして、僕らは店を後にした。
そろそろ昼だ。僕らは、ダチョウ料理店に入った。
「さっきの可愛い鳥、食べちゃうの?」とキャロライン。
「そうなんだ。脂肪が少なくて健康的なんだよ。料理の仕方もいろいろあるから楽しみにしてね。」と僕。
何がいいかなと、肉入りサラダ、ステーキ、カツレツにアップルパイを注文した。
当領の飲食店の料理には、日常使いの薬草がふんだんに含まれている。食べて健康になるのが一番なのだ。
ステーキには、すりおろしたリンゴのソースを合わせてある。草鞋のように大きなカツレツには、トマトを煮詰めたソースだ。カツには酸味が合う。アップルパイは最近の発明だがすこぶる評判がよい。薪窯だと焼けすぎて固くなってしまうので、窯型の熱料理機器の魔道具を使っている。昔は固くなったパイを容器として、中身のシチューだけを食していた。魔道具のあるこの世界は実に便利である。
「美味しいね。」とキャロラインは、元の姿が可愛いかったことをすっかり忘れ、純粋に料理を楽しんだ。
午後は、魔獣のいる湖畔に行ってみることにした。ダンジョン博物館は、まだ工事中なので、出来てからの楽しみだ。
ワープで湖の東側の湖畔に出る。遠方の山々には雪が残るが、森には春の気配が漂う。ひんやりした空気の中に、陽光が心地よい。
「森の空気はいいね。」とキャロライン。
「少し歩けば、魔石の採掘場所だから、行ってみよう。」と、僕は彼女を連れてそちらに向かう。すると、魔角鹿のダイアンが視界に入った。
「ダイアン!」僕が呼ぶと、すぐに駆けてきた。
「姉さん、僕の使役魔獣のダイアンだ。よろしくね。」
「大きいねぇ・・・」と彼女は魔角鹿の体を撫でた。
僕らがダイアンに跨って、採掘現場に行くと、50人くらいの鉱夫たちが作業をしていた。ジャイアントエイプのエレクトスたちやマッドベアのベアドーマたちも掘削や運搬の作業を手伝っている。現物で支給する蜂蜜目当てだ。この魔獣たちは、蜂蜜に目がない。
監督のジャクソンが僕を見付け、「ご視察ですか。アキラ様。」と声を掛ける。
「何か問題はない?」
「順調でさあ。」
確かに順調そうだ。仕事の時間は、朝8時から午後5時まで、昼休みは1時間、日曜日は休みで、雨の日も休みにしている。僕の使役魔獣が一緒なので、魔獣に襲われることもない。力仕事ではあるが、危ない作業ではない。給金も弾んでいるので、実は、ここでは人気の職業なのだ。
僕らは、その先の丘陵地帯をダイアンで走り回り、領館に戻った。「面白かったよう。」と彼女の一言。こうして、キャロラインのタールダム領での初日は終わった。