10 ダイノス
当日、午前7時、第9階層の魔法陣入口に全員集合した。アンドリューとローランドもきっちりだ。時間を守る人って好きだよ。特に南の人って時間にルーズだからな。
皆で魔法陣に入り、すぐに第9階層に到着した。
「これを貸してあげるから、荷物はこれに入れて。」と僕はアンドリューたちにマジックバッグを渡した。アンドリューたちは、驚きながらも自分たちの荷物をそれに入れた。
「マジックバッグを持っている冒険者は、パーティーに引っ張りだこです。固定給と成果に応じた分け前までもらって、余裕の生活をしていますよ。」とアンドリュー。
それはそうなのだろう。皆が荷物を背負わなくて済むうえ、ドロップアイテムも残さず回収できるのだからな。それだけの価値は十分にあるよ。
マジックバッグに加え、防御の腕輪を貸した。あとは、自前の武器で戦えばいい。経験豊かな冒険者なのだからね。あと一つ、速足の中敷きを貸した。これは、足手まといになると困るから、こちらの都合なのだ。神獣たちも召喚した。アンドリューたちの驚き顔は無視して、さあ、出発だ!
洞窟を抜けると、草原が広がる。テラーバードが2、3体ずつ固まっているのが目に入る。ティタニスか。全高3m近くもある巨体である。頭部が異様に大きく、首は太く、くちばしが巨大な斧のようだ。鋭い蹴爪も凶器である。だが、全身の羽根は色とりどりで、それだけ見れば、とてもきれいだ。地面を蹴り、キーキー鳴きながら忙しなく走り回っている。
『首は太いけど、長いので切りやすいかな。蹴爪で蹴飛ばされないようにしないと。』
「姉さん、行こうか。」と僕らは、行く手を遮るティタニスらに駆け寄った。
キャロラインは、ティタニスの蹴りを避け、風のステップで空を舞いながら、魔剣レインブロウを振り回しその首を次々と切り裂く。僕は、羽毛マントで舞いながら、2丁の魔斧でいつものとおり首を落とす。アンドリューとローランドも、さすがにベテランだ。協力して、何体かを倒していた。
戦いに敗れたティタニスたちは、グエ、グエと鳴きながら姿を消し、あとには大量の羽毛がドロップした。
アンドリューたちは、「それにしても、アキラ殿とキャロライン殿の戦い方は、レベルが違いますね。」といいながらも、自分たちの倒した分をマジックバッグに仕舞ってほくほく顔だった。
広い草原を抜けると道の両脇に岩崖だ。スミロドンが両脇から狙ってくるという。スミロドンは、サーベルタイガーの仲間で、短剣のような鋭い犬歯で獲物に止めをさすそうだ。
『いたいた。全長3m近いな。』大きな猫だ。岩崖の途中でこちらの様子を窺っている。茶色の毛で覆われ、斑点の模様があり、尾は短い。なかなか威厳がある。
「行ってくるよ。」
キャロラインは、今度は、ロゴ・トゥム・ヘレの吸盤ムチを手に、風のステップでスミロドンのいる近くまで空を駆けあがった。そして、「イエーイ」とムチを振う。するとムチは長く伸び、魔物の首に巻き付いた。彼女は、魔物が巻き付いたままムチを引き寄せ大きく回して、岩壁にそれを叩きつける。グシャッと魔物が潰れた音が響いた。
『スキュラの魔ティアラが輝いているよ。怪力が出るはずだ。』
地上のスミロドンは、僕とアンドリューたちで片付て、ドロップした毛皮と牙の短剣を回収した。
その後も、同じようにスミロドンたちを倒しながら、岩崖地を抜けた。
次は、オオトカゲのメガラニアか。全長10mを優に超えるという。僕らは、林の中を注意しながら進む。少し開けたところに、獲物を待ち構えているメガラニアが3体見えた。
口から2股の舌がチョロチョロと覗く。このチョロチョロは、ヘビやトカゲが、舌で臭いを嗅ぐためらしい。2股というのは、双方で臭いを感じ立体的に状況を感じとっているそうだ。われわれの位置は既に把握されている。
早速、キャロラインが飛び掛かる。レインブロウを振うが、ガキッと音がして傷は付くが切れはしない。相当硬い皮膚だ。喉や腹は見せないので、なかなか厄介だ。
『姉さん、退避して。』と念話で伝え、僕は、自分の前に3枚の魔法陣を敷いた。1枚当たり直径5mの正方形なので、結構な大きさだ。
「みんな、後方に避難していて!」
そして僕は、「鬼さん、こちら。」とメガラニアをこちらに誘導する。
魔物は、結構な速度だ。コモドドラゴンは時速20kmというから、普通に自転車並みのスピードだ。トカゲは概して足が速い。
こちらを目掛けてやってきた3体のメガラニアは、仲良く3枚の魔法陣に乗る。そして、魔法陣の中央に腹が着面するや否やドッカーンと大音声と共に爆風が起こり、そろってゴロリと仰向けになった。
『さすがに爆死はしなかったな。でも上出来だ。』
「喉笛を切り裂け!」僕は叫んでメガラニアの仰向けになった体に飛び乗り、斧で喉笛をぶった切った。キャロラインも今度は造作もなくレインブロウで喉を切り裂く。あとの弱った1体は、アンドリューたちに任せた。お土産だよ。持っていっていいよ。
ドロップアイテムは、並みの鎧よりも硬いトカゲの皮であった。加工に工夫が要りそうだな。魔エビや海サソリのハサミなら切れるかな。
既に昼過ぎになるが、僕らは、体力回復ビスケットを食べながら休まずに移動する。アンドリューたちは、進行の速度に驚きながらも、ここまで危なげのない戦いをして来られたことに2重に驚いている。「前回は一体何だったんだ?」と。
だが今回が異常なのだ。見たこともない武器の数々、強力な使役獣、戦い方も常人離れしている。「伝説のとおりだった。」彼らは、自分の目でしかと確かめて嘆息した。格が違うと。
さあ、林を抜けてしばらく行くとボス部屋だ。
一呼吸して皆でそこに入る。『デイノスクスか。』全長20mを超えそうな巨大な古代ワニが待ち構えていた。
グワッっと大きく口を開け、鋭い歯を見せる。そして、尾をバシッと叩いて威嚇する。ボスの風格たっぷりだ。皮膚は硬そうだ。ボスだから、さっきのメガラニア以上だろう。爆風の魔法陣でも飛びそうもない。
僕は、試しにデイノスクスの首に飛び乗り、その首に斧を叩きつけた。ガシッ、やっぱり硬いな。魔物は暴れる。僕は振り落とされる前に、飛び降りた。
ガウと威嚇して口を開けたときに火炎球を撃ち込んだが、バックーンと口を閉じると、ボシュッと消える。効いている様子もない。
『ここはチェルニーに任せるか。ピューマはワニの喉笛を噛み切るんだ。』
「チェルニーお願い。」と僕は控えていた神獣に始末をお願いした。
ドスン、ドスンと激しい戦いだ。物凄く迫力がある。デイノスクスは大きな口を開けて、チェルニーに噛みつこうとする。また、自分は噛みつかれないように、体をくねらせ、尾を振り回す。チェルニーは、デイノスクスの右左と飛び跳ねながら首筋に食らいつく機会を狙った。
魔物が神獣を咥えようと大きく口を開けたところに、僕は援護のため特大の火炎球をその口に撃ち込んだ。魔物は、あわてて口を閉じる。その一瞬の隙に、神獣は、ガブンと魔物の首筋に鋭い歯を立てた。
魔物は暴れる。だが、神獣は放そうとしない。激しく暴れるが、首筋を噛みつかれたままで動きが取れない。次第に傷口が広がる。そして、遂にはぐったりして動かなくなり、その姿を消した。すごい戦いだったな。
そこにドロップしたのは、ワニ皮のムチだった。僕はそれを手に取り、ボス部屋の壁を撃ってみた。グワンと音がしてボロボロと壁が崩れる。すごい威力だ。ボスワニの力が体現されているのかもしれない。ありがたくもらっておく。
さて、宝は何かな。これが楽しみなんだよね。
「うん? ワニ?」そこには、銀色に輝く子ワニがいた。
「危なくないかな。」生きているわけではなさそうだ。さりとて、装飾品というわけでもない。僕は子ワニの首と胴を掴んで慎重に箱から出した。
その時、『われに名を付けよ。』と聞こえた気がした。
「よし、ダイノスと名付ける。」するとダイノスは、グワッと一声鳴き、大人しくなった。『これは、返事か。』
僕は思いついて、「大きくなれるかい?」と聞くと、ダイノスは、どんどん巨大化し、ボスワニくらいの大きさになった。そして、「小さく。」というと、先ほどの子ワニに戻った。これは神獣? チェルニーたちの仲間が増えたよ。一緒に収納だ。
僕らは、第9階層を出てから地上に戻り、冒険者ギルドに立ち寄った。
受付で「ギルドマスターのミケーレさんをお願いします。アキラと伝えればお会いいただけます。」と告げた。そして、ほどなくして、応接室に通された。
「昨日はありがとうございました。ところで今日は、どうされましたか。」とギルドマスター。
「ここの皆で9階層を攻略したので、ご報告です。」と僕。
ミケーレは、聞こえた内容が理解できずにしばらく沈黙していたが、突然「何ですって?」と大きな声を上げた。
僕らは、ボスのドロップアイテムを見せて、攻略内容を詳しく説明した。
「そうでしたか。」とマスター。続けて、アンドリューとローランドに向かって、「君たちは、前回のパーティーに参加していたのだったな。違いは何だったのだ?」と聞く。
「実力も武器も全然違います。このお二人は、空を飛んで戦うのですよ。使役獣もすごかったです。あのボスには、普通の冒険者が100人掛かっても勝てやしません。」と彼らが答える。
「そうか。ところで、ドロップの買取希望があればここで受け付けるが、何かあるかい。」とマスターに言われ、アンドリューたちは、「スミロドンの短剣は自分たちで使うから。」と言って、そのほかのドロップアイテムを買取に出した。
それから僕は、彼らからマジックバッグと速足の中敷きの返却を受けた。だが、防御の腕輪は、報酬に上乗せしてあげることにしたよ。真面目な冒険者だったからね。心づけだ。
そのあと、彼らと別れ、僕とキャロラインは、街に出て特産物や珍しいものを麻の大袋や木樽などで大量に買い込んだ。そしてその夜は南国亭に連泊し、翌朝、ワープでタールダム領に戻った。彼女は、瞬間的に移動した先が僕の領地だってことを知り、あらためて驚いていたな。でもね、驚きが続かないのがキャロラインのいいとこなんだ。順応力があるよ。