5 スキュラ攻略
キャロラインは、ホルンゴートを倒してご機嫌になり、チェルニーの背中でも鼻歌を歌っている。
『やっぱり、冒険者だね。戦うと元気になるんだ。姉さんたちと同類だよ。』
しばらくすると、大きな猫の魔物、ロックリンクスの気配を感じた。同じ兜を被っているキャロラインも気配を感じたらしく、「いるね。」と背中から声がした。
『いる、いる。』ロックリンクスは、岩山の上で、僕らを待ち構えていた。
『左右の崖に3体ずつか。』
「姉さん、右のをやって。僕は左をやる。」
「よっしゃー!」とキャロラインは、風のステップでリンクスのところまで空を駆けあがった。そして、「風刃!」と、剣を何度か振るう。
すると、彼女目掛けて一斉に飛び掛かってきた魔猫たちは、その体がきれいに切断されて地に墜ちた。そして、水玉模様の毛皮がドロップした。
僕は、魔羽毛マントで跳びながら、両手の斧で、残りを仕留める。
『見れば見るほどすごいね。キャロライン姉さん。』
『最後は、ロックベアだ。』僕らは、体力回復ビスケットを頬張りながら、先に進んだ。いた! よく見ると、岩と同系色のロックベアが、岩壁の前に5体、並んでいた。
「こいつは、力が強くて、毛皮も岩のように堅いんで、なかなか倒せないんだ。」
「前のときは、魔道具のメイスを持った奴らがいて、そいつらが、少しずつ叩き割った。」とキャロライン。
『魔道具のメイスか。そう言えば、ストックがあったな。マリエラとシルビアの姉さんたちも持っているけど、同じような物だろうか。南のダンジョンは、魔法とか魔武器とかが普通なのかな? 』
「姉さんに渡した剣は、強化ミスリルだから、相当硬い魔物でも倒せると思うよ。やってみて。」と僕が言うと、キャロラインは、何の躊躇もなく、ロックベアたちに近付き、風刃を放った。
カキーン、カキーンと風刃が弾かれる。そしてロックベアが反撃に移るところを、キャロラインは、風に乗って、素早く引き返した。
僕は、「じゃあこれを使ってみて。」と、ストックしておいた魔メイスを取り出し、キャロラインに渡した。帝都のトーリード・ダンジョン第13階層で出たお宝だ。何せ肥料やミスリルを取りに何度も潜ったので、ストックがいくつかある。
「ダンジョン産の魔メイスだよ。伸縮自在だ。これを試して。」と僕が言うや、キャロラインは、メイスを握りしめて、再度、ロックベアに向かって行った。
ガキン、ガキン、ガキンと、キャロラインは、空を舞い、ロックベアたちの攻撃を躱しながらその体を叩き割っていく。
『削れる、削れる。』
ロックベアたちの体は、メイスの打撃で岩が剝がれ、見る間に痩せて来る。そして、「止めだ!」と彼女の威勢の良い声が響くとともに、魔物たちは、その場にドシンと音を立てて倒れた。
『みんな、姉さんが倒しちゃったな。』
そこには、頭部に熊の掌が付いたメイスがドロップした。まるで、ごっつい孫の手だ。
「これこれ、前の時の奴らが持っていたのは、これだよ。」とキャロラインは嬉しそうに言った。
その後、僕も熊の掌メイスの使い心地を試すついでに、ロックベアを何体か倒した。だが掌メイスだけでは倒せない。パンチ力は同じくらいかな。
『魔メイスほどではないけど、十分使えるね。』
そして、いよいよボス部屋だ。
部屋にはボスしかいなかった。そして、話には聞いていたが、この目で見ると実に奇怪であった。
それは、全体が岩で出来ており、上半身はティアラを着けた美しい乙女の姿、腹の周囲に獰猛な顔をした犬の顔が6つ、下半身は蛇の尾で出来た巨大な魔物であった。「スキュラ」と呼ばれているそうだ。
右手に剣を持っている。巨大な岩のうえ、腹から下が醜悪なので、上半身が乙女であっても色っぽくもなんともない。
「姉さん、前の時は、こんなのどうやって倒したの? 」
すると、キャロラインは、「力ずくだ!」と、魔メイスを持って怪物に飛び掛かっていった。
『あっ、弾かれた。』
空中で縦横無尽にいい戦いをしているが、1人では難しい。キャロラインは、盾を剣で激しく撃たれ、こちらまで勢いよく飛んできた。ドゥと地にぶつかる。しかし、防御がかかっているから何ともない。あれっ、という顔をする。
『度胸がいいというか、防御の能力を知らないのに、無謀というか・・・』
「姉さん、まず犬の顔を潰そうか。それから、下半身を狙おう。」
と僕が言うと、「よっしゃー!」と、キャロラインは、再度ボスに挑みかかった。
2人で近寄ると、魔物は剣を激しく撃ちつけてくるが、打ち合わせた戦術通り、一緒になって犬の顔をボコボコにして潰した。そして、次に蛇の尾の下半身を叩き切る。すると下半身がなくなった怪物は、その場にズドーンと勢いよく倒れた。
そこで、僕とキャロラインで首を滅多打ちにし「とどめだ!」と頭を落として魔物を倒した。それにしても、こんなわけのわからない姿をした魔物は初めてだ。
スキュラが倒れた後には、紫色のティアラがドロップした。
『何かな?』と、鑑定すると「怪力になるティアラ」とあった。
『色もそうだけど、これは姉さん用だ。決まっている。』
「姉さん、これを被ると、もっと怪力になれるって。姉さんのものにするといいよ。」僕がティアラを渡すと、キャロラインは、早速、それを頭に着けて微笑んだ。
『うん、似合う。きれいだ。』
さて、宝は何かな。僕がそこに現れた宝箱を開けると、中には、スキュラが振るっていた剣と同じ意匠の剣があった。
「これは、魔剣だね。ちょっと鑑定してみる。」
僕がそれを鑑定すると、「怪力の剣」とあった。怪力尽くしだよ。ここは、キャロライン向きだね。この剣も彼女のものだな。
キャロラインに手渡すと、その手に握られた剣が、その持ち主を待っていたかのように、虹色に輝いた。彼女は、ニコニコしながら、その場で何度もその剣を振り回してみる。
その後、僕らがダンジョンを出た時には、既に日は暮れていた。
「子豚の丸焼きって美味しいね!」キャロラインは、終始ご機嫌だ。
今夜の宿は、前日と同じタヴェルナ亭である。料理も美味しかったので、そこでいただくことにした。次の街オルトマイムに向かうのは、明日でよい。余裕を見て、明後日を設置予定日としてあるのだ。
「アキラの助手になって運が向いてきたよ。」キャロラインは、僕が子爵であることを知ってからも、緊張は最初の時だけで、それを忘れたかのように、その後は平気でアキラと呼ぶ。言葉遣いも変わらない。
『こういうのがいいんだよ。』僕は、気持ちを飾らない人といると安心できる。
『だが、きっとこれで逃した仕事も多いのではないかな。』世の中というのはそういうものだ。
でもよいのだ。これからは僕の姉さんであり、助手でもあるんだからね。
食事も終わり、部屋に戻る。
「この部屋はスイートルームで、個室が3つもあるから、すきな部屋を使うといいよ。」と僕。
「えっ、スイートルームって、新婚が泊まるんじゃないの?」とキャロラインが顔を赤くする。
「何、言ってんだい。貴族が旅行をするときに、お付きの者が一緒の部屋に泊れるように、いくつも部屋が分かれているんだよ。スイートって続きの間のことを言うんだ。」と僕。
「あっ、そうなの。」と言う彼女は、少し残念そうであった。
「お風呂があるから、先に入ったら。」と僕がキャロラインに言うと、彼女は、「背中を洗ってあげるから一緒に入ろう。」と言う。女冒険者って、みんな同じだね。これも文化かな。そう思うと断れない。「いいよ。」と僕は答えた。
大きな背中だ。キャロラインが背負うものって何なのかな。人はそれぞれ違う荷物を背負っている。僕は、こちらの世界に来てから、背負うものが大きく、重くなっていることを感じる。
そんなことを考えながら、キャロラインの背中を流した。傷だらけだ。結構無茶な戦いをするからな。随分と叩かれたり飛ばされたりしたのだろう。よく生きてこられたな、とさえ思う。
「傷だらけだね。キャロライン姉さん。あとでベッドの上でリカバリーをしてあげるからね。」といいながら、僕は、彼女の背中を流した。
そして、風呂から上がり、そのままの姿でベッドまで行き、キャロラインはそこに横になった。僕は、傷跡を優しくさすりながらリカバリーを掛ける。すると傷跡は、淡い光に包まれ、跡形もなく消えていく。彼女は、その様子に最初は驚いていたが、そこに神秘を感じたらしく、敬虔な顔つきで大人しく、されるままにしていた。
『お尻にも打撲の跡だらけだよ。いったい何度飛ばされたんだ。』
僕は呆れながらリカバリーを続けた。
それから僕は、美容ポーションをキャロラインの全身に塗り込んだ。豊かな紫色の髪も艶を取り戻す。肌には潤いと張りが戻り、細かい傷も消えていく。両手で全身にしっかり塗り込める。キャロラインは、時折、「アキラ、くすぐったい。」と笑いながら身体をよじった。
その夜は、僕はキャロライン姉さんに抱き枕にされて一緒に寝ることになった。女冒険者というのは、少年を抱き枕にするのが本当に好きなクリーチャーだ。