3 アブラスコのキャロライン
初めての街だ。夜遅くなったが、決めておいた宿屋タヴェルナ亭に泊る。アブラスコ公爵紹介の一流の宿だ。宿の食堂はまだ開いていた。
「いらっしゃいませ。当店は初めてでしょうか。」と給仕の娘が尋ねる。
「そうだよ。帝都から来たんだ。ここの名産は何?」と聞いてみる。
「はい、こちらの名物は、黒豚料理です。子豚の丸焼き、豚ステーキ、煮込み、豚足、鼻の蒸し物、耳の干物、しっぽ炒めなど、美味しい料理がいろいろございます。いかがなさいますか。」とニコニコして答えた。
『ちょっと、食べ慣れないものもあるな。』
「子豚の丸焼きは、少しでもいただける?」と聞くと、「はい。切り分けてお出ししますので、こちらに来られて、部位をお選びください。」
僕は、子豚が載った台のところまで案内された。薪窯でこんがり焼いている。
「では、ここの部分をこの位の塊でお願いします。皮も付けておいてね。」と両手で300gくらいの塊を作って見せた。
「はい、承りました。」娘は、元気よく返事をした。
子豚の丸焼きが切り分けられ、塊肉が大きな皿に載ってやってきた。
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください。」と、スープとパンにキャベツの酢漬けを一緒に置いていった。
皮はパリパリ、肉はジューシーで美味しい!
『この皮が病みつきになるんだよね。』
やっぱり旅先では、その地方の美味しいものを食べないとな。
腹ごなしに、夜の街に出た。宿の人には、夜の路地は治安が悪いので、絶対に表通りだけを歩くように言われた。それはそうなのだろう。魔道具のあるこの世界では、夜でも結構明るい。表通りは、街灯だけではなく、店々の看板や店頭にも、照明の魔道具が付いている。ネオンほどではないけど、通行人の顔がわかるくらいには明るい。
しかし、一歩路地に入ると、そこが混沌とした世界だということは何となく感じる。
ここは、なかなか歴史のある街のようだ。茶色の煉瓦造りの立派な建物が並んでいる。通りを歩いていると、ふと左手に路地があり、その路地を抜けたところに、また明かりが見える。
『向こう側に行ってみようかな。』と僕は、ついそこを通り抜けようと、路地に入った。しかし、路地を少し入ったところで、僕は、3人の男たちに呼び止められてしまったのだ。
「何だガキか。子どもが夜、こんなところを歩いてんじゃねえよ。」
「金を置いてけば、通してやるぜ。」男たちは、ナイフを片手にアハハと笑う。
どこにでもいるチンピラだろうと、僕は、相手をしないで、そこを通り過ぎようとした。
すると男たちは、「お前、聞こえないのか!」と僕の前に立ちふさがり、大声を上げた。
『うるさいなあ。』と、男たちの始末の仕方を考えていると、僕の後ろから女の声がした。
「何やってんだ。お前ら!」という勇ましい声だ。
振り返ると、長い紫色の髪をポニーテールに結んだ大柄の女が、剣に手を掛け大股に駆けてきた。
男たちは、その勢いに引く。
『冒険者だな、きっと。姉さんのタイプだよ。女冒険者って、雰囲気がよく似ているね。』と僕は感心して、その女を見た。大きいな。シルビア大姉さんくらいの背丈かな。180cmは超えていそうだ。
男たちは、女冒険者の勢いに押されたうえ、剣を目にしてたちまち意気地をなくした。そして、「今日は、大目に見てやるよ。」と捨て台詞を残してその場を去っていった。
『からきし弱い男達だったな。』と僕は男たちの後姿を見送った。
「少年、怪我はないか。」と女冒険者。
『親切な冒険者だな。』
「大丈夫だよ。助かったよ。一杯おごるから、どこかお店を教えて。」と、少年扱いの僕に平然とナンパされた女冒険者は、少し引きながらも、「そうか。じゃあ、ラスコー亭に行こう。」と僕を連れて、路地を出た広場に面した居酒屋に入った。
「僕は、アキラだよ。姉さんは?」
「あたしは、キャロラインだ。冒険者をしている。」
「へえ、すごいね。ここのダンジョンも潜ったの?」
「当然だ。第7階層まで行っている。第7階層は、頭が固くて、大きくて捩じれた角のあるホルンゴートという魔物が出る。角に引っ掛けられたり、頭付きをされると、大怪我をする。それから、ロックリンクスという大猫の魔物もいる。最後は、ロックベアだ。これを30人のパーティーを組んで攻略したんだ。
僕らは、ハーブを漬け込んだリキュールを飲み、この地の名物という鹿やイノシシの串焼きを頬張りながら話を続ける。
だがこの姉さん、いつの間にかリキュールを飲み過ぎて、その場に寝込んでしまった。どうしよう。
翌朝、キャロラインは、目を覚ます。知らない天井だ。知らないベッドだ。「ここはどこだ!」と。
「キャロライン姉さん、目を覚ました?」僕が声を掛けると、キャロラインは、不思議そうな顔をする。
「ヒールしておいたから、毒素は抜けているよ。今日は、暇だから付き合ってくれるって昨日言ってたよね。さあ、朝食を食べにいこうよ。」
僕がそう言うと、彼女は、昨夜の出来事を一所懸命思い出そうとしたのだった。
宿の食堂で朝食のパンとオムレツを食べながら、僕はキャロラインに説明する。
「あたし、何でここにいるのかい?」と彼女。
「手伝ってくれるって言ったあと、寝込んじゃったんで、ここまで負ぶってきたんだよ。」と僕。
「負ぶってだって!」キャロラインの声は思わず大きくなる。
気圧されて、「大丈夫だよ。犬神の隠れ衣を被っていたから、誰も見ていないよ。」と僕。
「そうじゃないよ。何であんたみたいな小さい子にわたしを負ぶれるのかね。」とキャロライン。
『あっ、そこか。』
「でもどうやってここに来たのか覚えたないんでしょ?」と僕。
「それはそうだが・・・。」という彼女に、僕は今日の予定と、明日からは、オルトマイムとイポリージに行くので、同行の助手として、指名依頼をしたいと話した。
キャロラインは、『そう言えば、随分と高級な宿に泊まっているね。話は本当なのか。』と、急に真剣な表情になり、「あんたが、あの転移魔法陣の設置? ダンジョン案内? 指名依頼?」と半信半疑で尋ねる。
僕は、「報酬は弾むよ。イポリージまで行くので大金貨1枚でどうだい?」とその場で大金貨を差し出した。
そして、「このマジックバッグを貸してあげるから、今いる宿は引き払って荷物をまとめて来て。」と、僕は、ストックのマジックバッグを渡した。
するとキャロラインは、そのマジックバッグを手に取り大金貨を入れてみて「何だか、本当の話みたいだね。こんな大金を貰っていいのかい? 」と言いながらも、ニコッと微笑む。そして、「今から急いで荷物をまとめてくるので、ちょっと待っててね。」と言い残し、いそいそと外に飛び出していった。