2 宿場
人目につかないように、エルフの村近くまで戻り、しばらく自由に狩りをさせた。その間に、僕は干し肉をかじりながら早速、仕事に取り掛かる。ポケットから、ミスリル塊と大きめのエメラルドを取り出す。そう、ティアラを作るのだ。僕には、造形の力がある。細かい作業もできるのだよ。成人したての女の子に似合いそうなティアラだ。金だと派手になるので、銀色のミスリルを使うことにする。可愛らしさと落ち着きが同居した、すっきりしたデザインにしよう。鳥と草花をモチーフにし、冠の正面に大きめのエメラルドを配置して、彼女の目の緑色が映えるようにした。そして、貴石に危険の予知力を付与する。
僕は、自分の能力の一部を、一時的または恒常的に物を通して人に付与し、また、それを解除することができるのだ。一所懸命作ったよ。うん、なかなかの出来だね。僕は、高校の美術では、優を取ったのだ。
さて、ファーフナ―も帰って来たし、ティアラも完成だ。これからファーフナ―をどうしようか。街に連れて行くと混乱を招きそうだ。エルフの村にいったん預けるか、そうすると空の移動手段がなくなるな。僕が身に着けた空中浮遊は、スーパーマンみたいに飛ぶ技術ではない。せいぜい数十センチ浮遊して、跳躍の補助や湖の上を移動するようなイメージで利用できるに過ぎない。
ファーフナ―には少しかわいそうだが、空中ポケットに入っていてもらおうか。チェルニーたちもいる。ポケットの中では、時は止まっているので、本人は気にはならないと思う。気持ちの問題だ。
僕は、昼食を終えたファーフナ―に謝りを入れてポケットに収納し、空から確認しておいた宿場町の人気のなさそうな林の中にワープした。ダミーのリュックを背負っている。そこに、ティアラを布に包んで入れておく。そこから、街の中に出た。普通の人たちがいる。感慨深い。まず、エルミナ亭を探しておこう。待ち合わせは、日が暮れたころなので、まだ時間はある。
旅行で外国の街を散策するようで、何だか新鮮だ。露店で食べ物を売っている。おっ、豚の丸焼きだ。切り分けて売っている。あの香ばしく焼けた皮の部分が美味しいのだ。いままでタレなしの野生の獣ばっかり食べていたので、あの美味しそうな皮付きの豚を一切れ食べたい。と、引き寄せられるように屋台に近付いたときに、ハタと気が付いた。
僕は、世界一のお金持ちであっても、ここで使えるお金は一銭も持っていないことに・・・。
金の延べ棒を出すわけにはいかないからなあ。しばらくお預けだ。エルミナ亭を見つけておいて、その後、街の中をぐるぐると、この世界の様子を見て回る。宿場町か。行き交う馬車も多い。客引きがすごいね。そろそろ行こうかと、僕はエルミナ亭の扉の前に立つ。
レンガ造りの高級そうな宿だ。中に入る。ビシッとした格好の支配人と思しき人が僕に近付き、「アキラ・フォン・ササキ様でいらっしゃいますね?」と、話しかけてきた。わっ、話が通っている。さすがだね。僕は、「はい。」と答える。
支配人から、「本日は、公爵様の貸し切りでございます。アキラ様のお部屋も用意させていただいております。」と告げられた。至れり尽くせりだ。そして、「公爵令嬢様がお茶室でお待ちですので、こちらにどうぞ。」と豪華なお茶室に案内された。
お茶室には、令嬢が1人掛けソファに座って、横に立っている先ほどの冒険家風の大きな美女と言葉を交わしていた。壁際に従者とメイドがいる。僕は、支配人に案内され、令嬢に一礼して向かいの長いソファに腰を掛けた。好奇心旺盛な令嬢は、いきなり色々尋ねてくる。
最初は、「ドラゴンはお連れになられていますの。」「どこで捕まえられたのですの。」「ドラゴン使いは、家業なのですの。」と、ドラゴンのことばかりだ。フィクションを交えて適当に答えておく。どんな話でも差支えはなかろう。
この世界では、ドラゴン使いは、いるにはいるが、相当珍しいうえに、ドラゴンに乗るという話は聞いたことがないそうだ。懐いたドラゴンがたまたま大型だったので、乗れたのだ、と僕は答えておいた。ティアラを渡すタイミングを見計らっていたが、会話が一区切りしたところで、僕は傍らに置いたリュックからおもむろにティアラを取り出す。包んだままだ。僕は話を切り出す。
実は、お嬢様に僕からプレゼントがあるのです。と言って、包みをお嬢様の前に置く。「あら、何かしら。」と、包みを開いたエリザベートが固まった。その顔に、驚きと喜びの表情が混じる。傍らの冒険家風のお姉さんも息をのむ様子がうかがえる。よく驚く人だ。表情が豊かでいいね。嫌いじゃないよ。
エリザベートは、「これは・・・?」と、どう対処してよいかわからないといった様子だ。
僕は、「これは、僕の国で採れた材料で作った装飾品です。お世話になる人に差し上げなさいと、母が持たせてくれたものです。」と、いけしゃあしゃあとフィクションを口にする。
「このエメラルドは、ただの貴石ではありません。予知力が付与されており、自分に相応しい人にだけ反応します。よくご覧ください。お嬢様の前で細かく振動するのがお分かりでしょう。」と、僕は説明し、頭に着けるように促した。
エリザベートは、「震えているわ。」と言いながら、ティアラを冠る。その途端、エリザベートは、ティアラが『わたしは、あなたを守るもの。』と宣言した言葉を、脳裏に聞いた。
夜は豪華な食事をご馳走になった。この国はエストルリア帝国ということ、エドモンド公爵領のこと、公爵領には登録人口が60万人もいること、皇帝と皇帝の直轄地である帝都のこと、帝都は登録人口が100万人を超えること、帝都での留学生活、第三皇子と婚約していること、学友でもあること、冬休みに帰省する途中であること、また春になったら帝都の学園に戻ることなど、興味深い話が色々聞けた。
帝政ローマは繁栄期で人口100万人くらいはいたそうだから、帝都はそのくらいの規模か。かなり大きい。エドモンド公爵領も帝都に次ぐ規模だそうで、半端じゃない。統治は大変だろうね。
エリザベートは、食事のときでもティアラを片時も手の届くところから離さなかった。よほど気に入ったんだね。作った僕もうれしいよ。
食事が終わり、僕は、支配人に部屋に案内された。割りと贅沢な部屋である。それにしても、まともなベッドで寝るのは、この世界にきて初めてだ。エルフの村の草木のベッドと、キャンプや遺跡のごろ寝だったからね。寝心地がよい。ベッドの中で、夕食時の会話を思い出し、話に出た第三皇子はキーパーソンの1人だろうな、などと思いながら眠りについた。