第15章 転移魔法陣設置の行脚 1 ミナンデル領の転移魔法陣敷設
帝都の南にあるダンジョンは、ミナンデル、アブラスコ、オルトマイムおよびイポリージだ。
『帝都に近い所から順に飛んでいこうかな。』
最南端のイポリージは、帝都からは、馬車で1か月余り掛かる。最後に行って、そこから転移魔法陣かワープで帰ってくるのが一番早い。
僕は、皇宮の係官にミナンデルに設置の連絡を入れてもらい、当日の未明、ファーフナーに乗って、目立たないように当地に向かった。高速で飛行する。だが、ファーフナーでも2、3時間は掛かる距離だ。
『あっ、ようやく見えてきた。』
冬の日の夜明けは遅い。明けるまでには間に合った。近くに人がいないことを、上空から遠目で確かめて郊外に降り、ファーフナーをバッグに収納し、速足で街中に入る。
まずは、朝食だ。まだ朝は早いが、既に開店している一軒の小さなカフェに入った。
「いらっしゃい。」とマスターらしき男性。
『おや、この香りは? もしかしてコーヒー?』
僕は、「この香りは何ですか。」と尋ねる。
マスターは、「最近、異国から入ってきた「珈琲」という飲み物です。豆を煎って、石臼で粉にして煮出すのです。」と言う。
コーヒーがあるんだ。
「その「珈琲」をください。それから、パンと、ソーセージにオムレツはありますか。」と僕は注文をする。
この世界に来て初めて飲むコーヒーだ。僕は本当はコーヒー党なのだよ。朝の一杯は止められない。早速給仕された珈琲を飲む。
『うん、苦くて美味しい。普通にブラックなのだな。』
少しワイルドなコーヒーを飲みながら、焼きたてのパンに茹でたてのソーセージを挟み、トマトソースをかけて食べる。幸せだ。
聞くと、「珈琲」の豆は、近くの乾物屋にも売っているそうなので、早速帰りに買っていこう。煮出すより、漉した方が香りがよいと思う。帰ってから、試してみるのだ。
食べ終わってカフェを出たが、まだ時間はある。そうだ、ミナンデルには、異国との交流があるカルロネ港があったな。行ってみようか。カフェのマスターに場所を聞いて、行ってみることにした。普通の人でも徒歩で30分程度のところだ。
歩きながら、『港町だな。』と思う。異国との交易があるために、輸入品を扱う店や異国料理の店が目に付く。だが朝早くなので、開いている店はほとんどない。
異国語の表示もあるが、見慣れない文字だ。僕は、知らない言語でも、観念が脳裏に浮かび意味は通じる。『へえ、ここは両替所か。』旅情をそそるね。
港に出ると、大きな外洋船が何艘も停泊していた。船上には、異国の雰囲気を纏った船員が忙しそうに立ち働いている。
『いつか、ここから船に乗って異国に行ってみたいな。』と思いながら、束の間の散策を楽しんだが、そろそろ時間になるので、設置場所に向かった。
設置場所には、アレクサンドロスが待っていた。学園が終わり、領地に戻っていたのだ。伯爵は、今は帝都だという。ダンジョン暴走の備えがメインの目的なので、冒険者ギルドのギルドマスターも臨席している。
「ギルドマスターのフランク・カラブリヤンです。お噂は、兼ねがねお聞きしております。」
「アキラ・フォン・ササキです。お目にかかれて光栄です。」とあいさつを交わした。
アレクサンドロスは、「いつ、こちらに来たんだ。うちに泊ればよかったのに。」と僕に言う。
僕は、「やることが多くてね。今朝着いたんだ。」と答え、「早速、設置しよう。あとで、街を案内して。」と言って、設置を始めた。
決められた場所に、あらかじめ作っておいた、魔カニの甲羅とミスリルを張り合わせた魔法陣を置き、馬車が乗っても動かないように固定する。あとは、操縦盤を設置してその操作方法を教えた。言ってみれば、それだけのことだ。
そして、実際に人や馬車を載せて、帝都の魔法陣と往復してみた。テレパフォンが繋がっているので、連絡しながらの試験運転だ。わかりやすい。
特に問題は生じなかった。アレクサンドロスは、フランクと一緒になって行ったり来たりしていた。大人でも、新しい道具は楽しいよね。
こうして午前中に設置は完了したので、3人で港に出て昼食を一緒にすることにした。
「ここだ。」
アレクサンドロス一押しの高級異国料理店「南出瑠飯店」に入った。
「ここは、中花料理といって、華宋国の料理なんだ。」
『ふーん、日本で見る中華料理みたいだな。』
干しアワビのスープ、貝と野菜の炒め物、カニの辛味炒め、蒸し鳥、素揚げの豚肉の甘酢餡かけ、肉饅頭など、こちらの世界に来て初めての料理だ。ゴマ油かな。調味料も独特のコクがある。懐かしさを感じるよ。ここのお店は、ひいきにしよう。
帝国が交易をしているのは、主に華宋国とマルカニア国の2つだ。
華宋国は、船で北西に30日程行ったところに大きな大陸があり、その沿岸地帯の国だ。文という皇帝が国を統治しているという。文明が高度に発達しており、帝国には真似ができない各種製造技術がある。そこで、文化や技術を学ぶために、帝国からの留学生も多くいるそうだ。
そこからは、絹、調味料、乾物、茶葉、陶磁器、ガラス製品、顔料、植物紙、金属製品、毛皮(熊、虎、銀ぎつね、雪うさぎ)などが主な輸入品となる。
マルカニア国は、南西に50日程のところの、華宋国とは別の大きな大陸にある国で、香辛料、砂糖、オリーブ油、珈琲豆、象牙、ワニ・ヘビ皮、顔料、宝石の原石などを輸入している。王制だが、体制があまり盤石ではなく、時折、内乱や戦争が起こるという。
ほかにも小さな国から貿易船が時折やってくるが、大きな取引ではないとのことだ。
帝国からこれらの国への主な輸出品は、魔石、金、銀、蒸留酒、リキュール、魚醤、魚の塩漬けなどだ。輸入量の方が多いので、貿易収支は赤字が続いている。
他国の話は、これまでほとんど聞かなかった。参考になったよ。
「ところで、当地のダンジョンは、どんなところですか。」と僕は、ギルドマスターのフランクに聞く。
「そうですね。ダンジョンの中で、けたたましい笑い声のあと、どこからともなく急に鎌で襲ってくる大口とか、雨を降らせて人を溶かしてしまうアメフラシなど、特徴的な魔物も多いですね。」
「ですが、海に近いので、イカ、タコ、カニやサメ、エイのような海の魔物がやっぱり多いのではないかと思います。」とギルドマスター。
「高層に潜ってみたいのですが、どなたか案内だけでよいので、紹介していただけませんか。」と僕。
「8階層でよろしければ、私がご案内できます。」とギルドマスター。自分でもパーティーを組んで攻略したことがあるという。
「それでは、今からよろしいですか。少し様子を見るだけですので。」と僕。
フランクは、急なので一瞬驚いたが、「わかりました。今から参りましょう。」ということになった。
昼食を終えて、僕とフランクは、アレクサンドロスと別れてダンジョンに向かった。近くの乾物屋で珈琲豆や中花料理の調味料は仕入れたけどね。
次の設置場所のアブラスコまで、ファーフナーで飛べばここから3~4時間だ。暗くなってから目立たないように出発すればよいので、せっかくの機会を生かしダンジョンの様子を探ろうとしたのだ。
いったん冒険者ギルドに寄り、ギルドマスターとダンジョンに向かった。
「8階層は、先ほどお話しした大口やアメフラシが出ますのでご注意ください。様子を見るだけですぐ戻ってくださいね。アキラ様の他のダンジョンでの攻略成果は聞いてはおりますが、ご案内した手前、申し上げておかなければなりません。」
「わかりました。本日は様子見です。ですが、行けるところまで行ってはみます。」とは言ったが、せっかく来たのに、ボスを倒さないって手はないよね。
こうして、ダンジョンの魔法陣から、僕らは8階層に到着し、ギルドマスターは、仕事があるので、すぐに戻った。
僕は、防具を身に着け、神獣たちを召喚し、チェルニーに跨り、灰色オオカミのヴォルクと大鷲のオペルを斥候に出した。ガーゴイルの魔玉も身に着けているので、周りが360度脳裏に浮かぶ。万全だ。さあ、出発!